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希死念慮と生きるという気持ち

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 私は死のうと思っている。いつとは決めてないけど練炭自殺か、車の排気ガスを車内に入れて死ぬか。それとも、薬物を大量に飲むか、最悪、飛び降り自殺か……。どうしてそんなことをしようかと思っているかというと、人生に嫌気がさした。そもそも、生きる意味を見いだせていない。四十二歳にもなっても。趣味もないし、彼氏もいないし。勿論、独身で子どももいない。

 父は事故死をしており、母は病死した。私は一人っ子だから兄弟姉妹もいない。だから、家族と呼べる人はいない。天涯孤独、絶望的。

 私は持病がある。糖尿病と高血圧とうつ病。きっと、うつ病が悪さをしているのではないかと思う。何でも病気のせいにすればいい。そうすれば私は悪くない。

 私の名前は有沢静子ありさわしずこという。四十二歳。十一月の誕生日がきたら四十三歳。誕生日なんかクソ食らえだ。早くあの世に行く年齢にならないかなと常日頃から思っている。

 別に悪者になるならなってもいい。どうでもいい。私は自暴自棄になっている。それは自覚している。悲しさなんていう気持ちはとうの昔に消え失せた。あるのは一刻も早く死にたい、という気持ち。生きるってなに? 死ぬってなに? 調べてみた。生きるは、人間・動物などが、生命があり活動できる状態にある。 生命を保つ。 生存する。死ぬは、命がなくなること。生命がなくなること。生命が存在しない状態。 機能を果たせないこと、役に立てないこと、能力を行使できない状態、
と書いてあった。

 もし、私が死んだらどうなるだろう? 悲しむ人はいるのだろうか? 家族だったら少しは悲しんでくれたかもしれないけれど、周りは他人ばかり。悲しむ人はいないと思う。友人だって所詮は他人。そう呼べる人は男友達一人だけ。

 私は現在、生活保護を受けている。「病院に行って保険証ありますか?」 の質問に「ないです」と答えると「忘れましたか?」と言われる。とんちんかんなこと言わないで欲しい。「生活保護なので」と私は堂々と言う。私の場合、必要だからもらっている。不正受給ではない。でも、私は思った。死にたい人が生活保護をもらう必要はないと思う。役所に行って受給を止めてもらおうかな。自殺行為だが。でも、私は今にも自殺したい気分。そういう気分が続いている。決していい気分とは言えない。でも、治そうとも思わない。私の人生なんて、終わっている。気分は暗くなるばかり。こんなつまらない気持ちで生きていくのは辛すぎる。

 病院からはうつ病に効く薬を処方してもらっている。死にたい気持ちなのに薬を飲んだところで改善するとは思えない。もし、私の気持ちから死にたい気分がなくなったら、それは奇跡だと思う。薬を飲んでいるのに未だに改善されないのは事実だから。

 前にも自殺を図ったことがある。混ぜるな危険の液体を混ぜて。でも、死ねなかった。今回は確実に死ねる方法にしよう。周りに迷惑をかけてもいいから。飛び降り自殺にするか。飛び降りる場所は私が通院している五階建ての病院の屋上にしようかな。よし、決めた。今から行こう。今は午後二時過ぎ。歩いて行くことにした。歩いて三十分くらいかかった。少し疲れた。歩いて運動になったお陰か、少し死にたい気持ちが軽減された。でも、零になったわけじゃない。だから私はまだ死のうとしている。思ったことがある。今回のように、運動をすれば気分転換にもなって希死念慮も減るように感じられた。もしかして、私は死ぬ運命にないのかな? 生きる運命にあるのかな? でも、こうなりたいとか、ああなりたいという将来に対する展望はない。それなら生きているだけ無駄だから、死んだほうがマシではないかな。

 どうも頑張って生きていこうという強い思いが湧いてこない。うつ病のせいかな。多分そうだろう。ということは、病気がよくなれば生きる気力も湧いてくる、ということか。そうなればいいな。主治医が言うには適度に食事をとり、適度に運動をし、睡眠はなるべく多めにとるようにと言われている。それと、服薬を忘れずに、という話。

 四十二歳になって、子どもは産めないわけではない。でも、超高齢出産だということはわかった上の話。ただ、相手がいない。こんな暗い女は誰も相手にしないか。そう考えても、悲しくすらならない、なぜなら、その通りだから。
 自分のことは全てわかっていると思っている。暗い性格で、ネガティブな思考。外見は太っているし、顔もニキビ面で可愛くない。こんな自分には早くサヨナラしたい。

 男友達にメールを送った。
<私の話を聞いて?>と。
その友達の名は押切博文おしきりひろふみという。優しい男性だと思うけれど、気が弱い。

 少しして博文からメールがきた。
<どうしたの? 今ならいいよ>
私は自分の容姿や性格のことをメールで送った。すると、
<そんなことないって! 気にし過ぎだよ>
と来た。
<私は死ぬ覚悟はできているのさ>
<は? 何言ってるの?>
メールではあるが、博文がポカンとしているのが容易に想像できる。
<五階建ての病院の屋上から身投げしようと思ったけれど、歩いて病院まで行く内に自殺願望が軽減されたからしてないの>
<そうか。まあ、結局その程度なんだよ。本当に死ぬ人は死神に憑りつかれていて死ぬらしいから>
<そうなんだ。でも、私も死にたいよ……>
メールのやり取りは暫く間が空いた。そして、
<静子はうつ病が原因で死にたいんじゃないの?>
というメールがきた。
<そうかもしれないね>
彼は冷静な態度で言った。
<発病してからどれくらい経つ?>
私は必死に思い出そうとしている。
<半年くらいかな>
<僕も医者じゃないから詳しいことはわからないけど、芸能人とかは一年とかで復帰してるよな。きっと、治療に専念してるからよくなるのかも>
<うーん……>
私は腑に落ちない。だって、私だって治療してるし。そんなことを文博に言っても始まらない。だから、それ以降のメールは送らなかった。彼からも来なかったし。主治医に問題があるとか? いや、そんなことはないだろう。私の主治医は中年で年は私に近いと思う。それなのに私は何をやっているのだ。

 診察の時に主治医に年齢を訊いてみた。
「年かい? あんまり言いたくないけど、四十二だよ」
「そうなんだ。私と同い年だ」
主治医は驚いた様子。そんなに驚かなくても。どういう意味だろう?
「あんまり年齢は訊かれないからびっくりしたよ」
先生はそう言った。
「そうなんですね、すみません」
「いや、いいけどね」
心の広い医者だと思った。

 診察で普段思っていることを話した。もちろん、死にたいということも。すると、
「それは、うつ病が主な原因かと思われます。ご自分で病気以外に何か心当たりになることはありますか?」
主治医は真剣な眼差しで私を見ている。私は目をそらさずに、
「ありません」
と即答した。先生は、
「そうですか。少し、入院しますか」
「え! 入院ですか」
「その方が、回復も早いかもしれません。必ず、とは言えませんが」
私は困った。入院かぁ、考えてなかった。
「入院するかどうか少し考えさせてもらえませんか?」
「いいですよ、無理のない方法で」
と先生は言った。
「わかりました」

 自宅に帰って博文にメールを送った。
<今、病院から帰って来た。入院を勧められた。でも、そう言われて私は困っているの。どうしたらいいと思う? 確かに調子悪いけどさ>
夕方になり、メールが返って来た。
<静子はどうしたいの? 入院したいか、したくないか>
的を得ている質問だ。
<正直、したくないよ。自由もきかなくなると思うし。でも、病気を良くする為には入院した方がいいのかな、と思ってみたり>
メールは暫く返って来なかった。判断が難しいからだろう。そして、
<僕なら少し自由を奪われても、病気を良くする方を選ぶけどな>
確かにその通りかもしれない。入院かぁ……。仕方ない、するか。そう思い病院に電話をした。

 入院は明日からすることになった。ケースワーカーと話しをするらしい。調子悪いからあまり動きたくないんだけれどな。入院をする際の説明をしてくれるらしい。

 その説明は明日でもいいらしい。ケースワーカーから病院に何を持って行けばいいか訊いた。下着、服、ズボン、靴下、歯ブラシ、歯磨き粉、体を洗うタオル、バスタオル、タオルなど。それ以外の物は業者が用意してくれるらしい。勿論、お金はかかるけれど。生活保護の私は免許はあるけれど、車がない。だから博文に荷物を運んでもらおうと思っている。夕方にでも頼もう。メールを送った。
<こんにちは。ちょっと頼みがあるんだけど入院することにしたから荷物運んだり、保証人になってくれないかな?>
<ああ、いいよ。保証人かあ、静子は生活保護だから払えないということはないよな?>
私はすぐに返事を送った。
<ありがとう。それはないと思うよ>
<わかった、それなら保証人になってやる>
<うん、助かるわぁ。ありがとね。明日の夕方でいいから頼むね>
私は荷物を大き目のバッグに用意した荷物を凄く面倒だったけれど、入れた。

 そして翌日の午後六時過ぎに博文からメールが来た。
<今から行くわ>
という内容。
<わかったー、まってるね>
十五分くらい経過してピンポーンとアパートのチャイムがなった。きっと博文だろう。玄関に行き、
「はーい」
と返事をした。
「僕だけど」
やっぱり博文だ。鍵を開け、ドアを開いた。
「こんにちは。時間ないからすぐ行こう?」
「あ、ああ。わかった」
「悪いわね、職員が私達の手続きが終わったら帰るらしいから急いでいるのよ」
「僕も仕事から帰ったばかりだから、少し休んでから行きたかったけれど、仕方ないなぁ」
「ごめんね、書類の説明だけで、書くのは明日以降でもいいからさ」
私がそう言うと、
「わかった、大丈夫だよ」
「ありがとう。何だか、調子が悪くなってきた……」
博文は心配そうに、
「大丈夫か?」
言ってくれた。やっぱ、彼は優しい。博文さえ良ければ交際したいんだけど、こんな私じゃ……駄目ね……。告白もしていないのに、フラれた気分。
「うん、何とかね。行こう」
そうして私と博文は外に出てアパートの鍵をかり、入院用のバッグを後部座席に乗せ、私は彼の軽自動車の助手席に乗り、シートベルトをしめた。博文も運転席に乗りシートベルトをしめた。フロントから車を駐車場に停めていたので、バックした。そんな彼が格好良く見えた。今までは博文にそういう目で見たことはないのに、何故かそういう目で見てしまう。私どうしたんだろう? 今までと違う。

 十分くらい走って、病院に着いた。
「よし、着いた」
「ありがとう」
「荷物持つよ」
と博文は言ってくれ、後部座席からバッグを持ち上げドアを閉め、鍵も閉めた。
なかなか頼もしいと感じた。
「行こう」
促してくれた。と言っても博文は院内のことが知らないので、私が先になって歩いた。
受付に行き、
「今日入院することになっている有沢静子です」
そう事務の男性職員に伝えた。きっと、私が来ることを知っていたので待っていてくれたのだろう。優しい病院。
「三階の詰所までご案内しますね」
私達は男性職員の後を付いて行った。エレベーターで三階に行った。それから詰所に行き二十代くらいの若い女性看護師に声を掛けた。
「有沢静子さんが見えました」と。
「有沢さんね、先生から窺っております。一応、持ち物検査をしたいので詰所の中に入って来てもらえますか?」
「はい」
返事をした後、何でそんな検査をするのかな? と思いながら博文からバッグを受け取り詰所の中に入った。
「一緒におられる方は?」
「友達です」
「そう。一応、八時まで面会は出来るのでそれまではどうぞ」
看護師は彼に向かって言った。
「わかりました」

 バッグの中身の検査を終え、
「はい、良いですよ」
と言われバッグを受け取った。
「部屋は三〇二号室なので」
看護師は言った。
「はい、わかりました」
そう言って私と博文は病室に向かった。後ろから女性看護師の声が聞こえた。
「左側の手前のベッドなので」
と声を掛けられた。
「はい」
更に調子が悪くなって来た。早くベッドに横になりたい。荷物を全て出すのを終えてからゆっくりとベッドに横になった。はー、楽ちん。気分は暗いけれど。これからはじっくり治していこうと思う。真っ暗な人生なんてもったいないような気がするし。

 看護師が私のいる部屋にやって来た。
「有沢さん」
「はい」
「明日、午前中検査ありますから。それと、早朝に採血しますので。あと、先生の診察もあります」
看護師はそれだけ言って去って行った。博文は丸い背もたれのない椅子に腰かけている。
「どんな検査だろうな?」
「わからない。それにしても疲れた」
私は心底そう思った。
「僕もう少しいてもいい?」
博文は言った。本心は寝たいから帰って欲しかったけれど、お世話になったからそれは言わなかった。
「うん、いいよ」
博文は、
「今でも死んでしまいたい気分なの?」
訊いてきた。
「うん」
とだけ返事をした。
「そうかぁ……。その気分消えるといいな」
「そうね」
彼は心配してくれている。私にとって唯一の大切な友達。博文は私より四つ上の四十六歳。仕事はIT企業に勤めている。残業は殆どないらしい。何故か独身。でも、バツイチ。訊いたことはないけど、結婚はもうこりごりと思っているのかもしれない。わからないけれど。彼からのうち明け話では、浮気現場を見てしまったらしい。しかも元奥さんは、自宅に男性を呼んで抱かれていたという。確かに最悪。博文が可哀想すぎる、こんないい奴なかなかいないというのに。

 私がもし、博文の彼女なら、浮気なんて絶対しないのに。彼とは以前より関りが増えたお陰か、博文に対する気持ちに変化がある。でも、まずはこのしんどい病気を良くすることだと思っている。果たして良くなるかな。このままはさすがにキツイ。逃げ出したい気分。でも、一体どこに逃げたらいいのかな。現実から逃れることは出来ないと思う。それは、私だけじゃなく、皆同じだと思う。私には希望がある。上手くいくかどうかはわからないけれど、博文に対する気持ちを伝えること。それだけが今の希望。でも、上手くいかなかったら私の人生は更に暗くなると思う。仮にそうなったとしても、それはただ落ち込んでいるだけで病気ではない。だから、生きていかなくてはならない。私は、死にたい、という気持ちがある。でも、死ぬわけにいかない。いくら天涯孤独でも。命が尽きるまで生き続けなければならないと思う。だから、結果がどうであれ、死ぬ、という選択肢はないと思い始めている。生き続けなければならない。それが、どういう形であっても。自殺をする、ということは地獄に落ちることらしい。生前の祖母が言っていた。確かにそうかもしれない。だから、生きる。命がある限り。
                                           (終)
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