不眠症

加藤

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不眠症

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眠れない。

目を閉じて、暗闇に身を投じる事が出来たらどんなにいいだろう。
願わくば、ベッドの中で死んでいくように。
暖かな毛布の中で、僕は目を閉じる。
時計の針が、隣室の寝返りの音が、自らの呼吸音が、僕の眠りの邪魔をする。
一時間ほどしてようやく、起きている状態が穏やかなものに変わっていく。尖っていた感覚の先、僕の眼前に迫っていたその刃が、丸くなり引っ込んでいく。
そうすると、覚醒と催眠の間を走り回っているような感じがするようになる。
確実に意識はあるけれど、夢の世界すれすれで、それでも睡眠の中に落ち切ることは出来ない曖昧な世界。
この世界で、僕は有意識から逃げ惑う。
真っ黒で大きな爪を持つ。巨大すぎるその敵。僕は恐怖で振り向くことさえ出来ずに、ひたすら真っ直ぐに走っていく。向かっていく先も永遠に続きそうな暗闇だ。
走れなくなって、ボロ雑巾みたいになったら、僕はようやく夢の世界にひきづりこまれる。
大概は悪い夢を見る。過去の夢や、ひどい夢。
そんな夢たちは、ネオン街みたいにギラギラと光って、僕を睨みつけてくる。
夢の中を、僕は「終われ、終われ…」とうなされながら、耳を塞いで歩いていく。
不気味なピエロ、足の生えた傘、大きなお腹を抱えた蜘蛛…。夢の世界の住民が、僕の体をつつきまわす。
やめて、やめて、やめて…。
暗転。僕は眠りについた。
ジリリリン。ジリリリン。
目覚まし時計の音。
朝だ。起きなきゃ。
僕は目を開いて、枕元に手を伸ばした。
しかし、僕の手は空をきる。
そういえば、この部屋目覚まし時計ないんだ。

眠れない。
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