種を蒔く人

加藤

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種を蒔く人

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「死ぬまで種を蒔き続けなさい」
私はそんな呪いをかけられました。
「一度種を蒔いた所には決して戻ってはいけません。貴方に美しい花を見る資格はありません」
私は人を殺しました。
妊婦を殺しました。
「さあ、行きなさい」
母胎の暖かさを思い出して、ひどく泣きたくなったからです。

私は種を蒔いています。
なぜこの罰を与えられたのか、わかりません。
自分が蒔いた種から咲く花が美しいかどうかも知りません。
罪を嘆く事はしません。
罰せられる事すら私にはありがたいのです。
罰せられることで、私は自らが人である事を生々しく実感しているのです。
種を蒔いている私の顔がどんなに陰鬱でも、痩せた体躯がどんなに惨めでも、私は今、人として罪を受けているのです。
陰鬱に体を引きずって、乾燥した手で種を蒔きます。
それを、いくらでも繰り返します。
日が沈むまで。
あるいは、もっと長い目で見るならば、私の命が尽きるまで。

時は既に夕刻であります。
じめじめと空が曇り、雨が降り始めました。
そのまま、種を蒔きながら直進すると、トンネルに差し掛かりました。
先の見えないトンネルです。
真っ暗なトンネルです。
種を蒔きながら、私はトンネルの中に入りました。
いやに寒く、それでいて湿気があります。
湿気は私にまとわりつきます。
いくらか歩いて、振り返ってみると、入口が見えません。
出口も見えない、完全なる暗闇に、私は放り出されたのです。
私はそっとしゃがみ込みました。
このトンネルは私以上に陰鬱なのです。

もしかしたら、あの妊婦の胎内は、私に殺された瞬間に、これほど鬱々とした暗闇になったのかもしれない。

私の暖かさへの渇望が、一人の幼子を暗闇へ投じたのかもしれない。

その瞬間、私は己が償いの意味を理解しました。
そして、私の短い一生をかけても、償えないことも。
私はうずくまりました。
まるで何かが全体重をかけて私にのしかかっているようなのです。
強烈な吐き気が私を襲います。
けれど、貧相な体躯からは透明な胃液がわずかに出てくるのみです。
惨めでした。何もかもが。
罪を与えられた事を喜んでいた愚かな私が、
身勝手に命を奪った浅はかな私が、
癒えない暗闇を作り出した私が、
そして、美しい花を見る価値のない私が。
生まれてこの方、暖かさを手に入れられなかった。
愚かなことに、自らの手でそれを壊してしまった。
汚らしい涙が、地面に落ちました。
まるで暗闇に溶けていくようでした。
トンネルの中に、私の嗚咽とくぐもった雨の音が響きます。
どれほどそうしていたのでしょう。
雨の音が止んで、私の嗚咽だけが聞こえるようになりました。
私は立ち上がりました。
泣く暇があるのなら、罪を重く抱いた今の私は、この気休めの償いを命ある限りするのです。
無心に歩きました。
手から種を落としながら。
歩きながら、口からは嗚咽が漏れていました。
やがて、トンネルの外が見えてきました。

何事かと思いました。
何かが、宝石のようにキラキラと輝いているのです。

外に出ました。
冷涼な風を、全身で受け止めました。
雨に濡れたアスファルトが、ナトリウム灯の光を受けて輝いているのです。
まるで別世界でした。
私が罪を起こさなかったら、生きていたかもしれない世界。
この向こう側にはもっと美しい世界があるのではないかと思わせました。
じっと向こうをみると、潤む星が撒き散らされたような、そんな道が続いていました。
私は手を伸ばしました。
足を一歩前に踏み出そうとしました。

けれど、アスファルトに種は蒔けないのです。

私はトンネルの中へ消えて行きました。
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