優等生ごっこ

村川

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 相変わらず居心地の悪い思いをしながら一日を終わらせ、課題などで時間を潰してから帰途につく。秋めいてきた風が頬を撫でた。夕暮れも少しずつ早くなってきている。考えてみれば、秋分まで十日を切っていた。
 校門を出た所で、秋内は足を止めた。眉をひそめて、民家の塀にもたれて立つ男達を見遣る。普段はもう少し、駅付近や、その途中で待ち構えているのだが、今日はついに校門前まで来たらしい。何度か、駅までの道筋を変えたり、乗車駅を変えたりしたせいだろうか。
「……今日は随分と豪勢だな」
 皆勤の岩跳びペンギンを含めて、見て分かるだけで七人もいる。これまで三、四人でいることが多かったので、倍だ。
「週明けあたりに台風が通る予報だろ、雨の中で待ちぼうけはキツいし」
「そろそろ頷いてくれるんじゃないかと思ってな」
 とぼけたようなことを言う金髪の肩を軽く叩いて、岩跳びペンギンが言う。秋内は目を眇めた。
「どんな根拠があって? 最初から言ってるけどな、平和的な話なら別にちゃんと聞くって」
「それが言葉だけなのくらい、頭悪い俺らだってわかってんだよ」
「だったら、団体様で待ち伏せするのが無意味なのも学習してくれよ」
 疲れた声でこぼした秋内に、赤毛が舌打ちする。染色でしかない燃えるような赤毛は、根元が黒くて不格好だった。
「無意味か……本当にそうか? そろそろ、肩身も狭くなってきただろ。古巣が恋しくなったんじゃないか」
 金髪の台詞に、秋内はゆっくりと目を瞬いた。
 今まで、彼らが何故、馬鹿のひとつ覚えのように通学路で待ち伏せしているのか、声を掛けてくるだけで暴力を振るおうとしたり、執拗に追いすがってきたりしないのか、不思議に思いはしても真剣に考えては来なかった。近辺の不良や暴力団の目を気にしてでもいるのだろうかと、その程度の所で思考停止していた。だが彼らの目的が、秋内を袋叩きにすることでなかったとしたら、話は変わってくる。
「俺が孤立するように仕向けたって? なんのために」
「俺らより随分と頭良い学校に通ってんだから、考えてみろよ」
「高みの見物なんて陰険な理由じゃねえだろうことくらいは考えなくても分かるけどな……お礼参り、ってわけじゃねえことも」
「それは返事次第、ってやつかね」
 赤毛がゆらりと塀から背中を離した。背中の砂を払いもせずに、首をぐるりと回す。
「端的にどうぞ。つまり?」
 面倒になって、金髪を睨め付ける。リーダー格のペンギン頭よりは、こちらのほうがまだ会話が成立しやすいはずだ。思った通り、金髪は冷静な様子を保ったまま、軽く肩をすくめて見せた。
「睨むなよ、怖いな。こっちも最近人手不足でね? 事情通の人員がいてもいいんじゃね、ってのが上の意向。ご破算なら好きにして良いって言質も貰ってるけどな」
「こんな手の込んだスカウトされるほどの大人物になった覚えはねえんだけど」
「おまえ、跳んだヤツの舎弟みたいなもんだろ。面白いこと知ってんじゃねえの?」
「俺みたいな十把一絡げで使われる駒程度が、そうそう面白いネタ持ってるわけねえっつの。無駄足ご苦労さん、くらいなら言ってやってもいいけど」
 胸の内を素直に告げると、彼らは虚仮にされたと感じたのか頬を朱に染めた。一呼吸のあと、金髪が派手に舌打ちする。
「こっちの誠意は通じなかった、って解釈していいか?」
「誠意を見せて貰った記憶はまるでねえんだが……それが勧誘だってなら、一昨日来いってところかね」
 昭和のごろつきよろしく吐き捨てると、ツートン頭がにやりと唇の端を歪めた。気色ばむ赤毛たちを片手で押し退け、一歩前に出る。
「なら、まあ、返し損ねてた借りを熨斗つけて返させてもらおうか」
「おまえらにびた一文だって貸した記憶はねえんだけど? 押し貸しの親戚の類いか」
「記憶力が悪いな……」
 言うなり、ツートン頭が地を蹴って接近する。秋内は奥歯を噛みしめ、通学鞄を滑り落とした。身を翻して蹴りを避け、拳をかわす。そこからは混戦めいた様相になった。多勢に無勢とはいえ、一人に七人がかりではむしろ効率が悪い。加勢したのは二、三人のはずだが、状況を把握することは難しかった。荒事から遠ざかっていた半年強の間に、筋肉も感性もすっかり<ruby>鈍<rp>(</rp><rt>なま</rt><rp>)</rp></ruby>ってしまったらしい。
 幾度かつま先や拳が皮膚を掠めた。ぐるぐると回るようにして逃げ回り、大ぶりな蹴りを避けて包囲網をすり抜ける。反撃に出てかなう状況ではない。とにかく一刻も早く逃げて身を隠すか、匿ってくれる場所を見つけるしかない。しかし足を進めた先には、高みの見物よろしく背後で待っていた男が行く手を遮っていた。怯んだ隙に横から足を払われ、アスファルトに身体が落ちる。無様に転がった脇腹を足蹴にされ、衝撃で息が詰まった。
「ざまあないな」
 嘲る声が振ってくる、その単純な言葉を理解するのに、一呼吸分の時間を要した。痛みと怒りが脳の中を駆け回っている。
 秋内は確かに彼らを叩きのめしたことはある。それどころか、金銭を巻き上げすらもしたはずだ。しかしそれは、言うなれば組織同士の争いだ。組織を離れた個人を相手に、大勢で取り囲んで恨みを晴らそうというのは潔さがない。
 だが。
 殴られ、蹴られる痛みに、秋内は身体を丸めた。内臓と頭を守るために、必然的に亀のように小さく縮こまる形になる。いつか手に掛けた相手が、次々と浮かんでは消えた。そのほとんどの顔をろくに覚えていない自分に気付いた。
 不良、ヤンキー、暴走族――暴力団の下っ端の子飼いの駒風情が、高潔さや矜恃など持ち合わせているはずがない。自分と同じように。
 罵声と嘲笑、打撃音と、自分の心臓の拍動、それにさらさらと血の流れる音。この感覚には覚えがある。あの時も秋内は無抵抗に殴られ、蹴られるままに任せて、ただ身体を丸めていた。そうして、痛苦の時間が終わることをただひたすらに待っていた。無抵抗でやり過ごす他になかったからだ。けれどあの時と今が違うとしたら、のぼせ上がった愚者は時に、常軌を逸し多摩での攻撃性を見せることだ。どこかで逃げなければ、場合によっては命すら奪われかねない。
 秋内はゆっくりと呼吸を整えた。深刻ではない痛みを意識から外していく。そうすると、気付いたことがあった。取り囲む壁に隙間はないが、その外から近付いてくるものがある。
 車の走行音。人の走る足音。
「そこで何してる!」
 聞き覚えのある男の声が、十数メートル遠くから聞こえた。それでようやく思い出す。そうだ、ここは学校の目の前だ。ぐるりと張り巡らされた校門の影だとしても、不審な動きには違いない。だが果たしてそれで、様子を見に出てくるほどの情熱的な教師がいただろうか。
 タイヤが軋んで車が止まり、開け放たれた車のドアから人が下りるのが聞こえる。ばたばたと駆け寄る足音は三つだろうか。男達は慌てたように暴力を止めて駆け出す。車から降りた三人が秋内の側を駆け抜けて、他の一人がすぐ脇に立ち止まるのが分かった。
「大丈夫? 聞こえる!?」
 すぐ脇に膝をついた男が、焦ったように問いかけてくる。秋内は咳き込みながら小さく頷いた。身体の各所がひどく痛むが、重傷を負った感触はない。
「ああ……大丈夫だ」
「救急車を呼ぶ? 自分の名前は言える?」
 息を整えようとすると、やけに胸が痛んだ。肋骨にヒビくらい入っているかもしれない。細く浅く息を吸い、そっと声帯を震わせる。
「秋内桂輔。ここの学校の一年だ。大した怪我じゃないから救急車はいらない」
「本当に? なら、先生の車で病院に……」
「さっき、警察が走ってった。戻ってきたら話を聞かれる。ここにいたほうがいい」
 サイレンを鳴らさずに駆け付けたのは、捕り物を演じるためだろう。だが、いくら鍛え上げた警官三人でも、大人と同等の体格を持つ高校生くらいの男を七人、捕らえきることは難しいはずだ。いずれこちらに戻ってくるだろう。その時に被害者がいなくては困る。
 胸が動かないように気を付けながら、ゆっくりと息を吐く。まだ身体を動かすことは困難で、顔を上げることは断念した。呻いた秋内を案じて、男の手が背中を優しく撫でる。その温かさに心が痛んだ。
「助かった。警察、呼んでくれてありがとうな……板見」
 ようやく余裕が生まれて、名前を呼ぶ。板見は息を呑み、それからゆっくりと秋内の背を撫でた。
「……気付いてたの」
「声でわかった。張ってたのか」
「帰る時、見覚えのある柄の悪い人がいたから気になって。余計なことだったらどうしようって、思ったけど」
「凄く助かった。おまえが手を出されなくてよかったよ」
 板見は殊更小柄ではないが、荒事にはまるで慣れていない。彼が巻き込まれなくて本当に良かった。それにしてもと、秋内は顔をしかめる。一呼吸ごとに胸に激痛が走る。思いの外、派手にやられた。油断していたつもりはない。多勢に無勢で、逃げ切れなかった。それだけだ。
 しばらくして、パトカーが脇に止まる。二台目ではなく、先程のパトカーをここまで回すのに時間がかかったらしい。果たしてこのあたりは一方通行でもあったかと少し考えたが、徒歩ではそのあたりを気にしないため思い出せなかった。
「すみません、車を停めるのに手間取って。ひどいな……医者に診せないと。事情聴取は手当の後だ。立てますか」
「そう、ですね……ちょっと無理です」
「ストレッチャーがいるか……」
「や、普通に起こして貰えれば平気です。自分で動くのがきついだけで」
「触ったら痛くない?」
「痛いけど、骨まではいってない。無理すれば起きれなくもないとは思う」
 そろそろ少しくらい、身体が動くようになってもいい頃合いだ。そう思って身じろぐと、警官と板見が慌てたように肩を押さえ込んできた。
「待って、何かあったらまずいから無理しないで、ちょっと先生に報せてきます!」
「お願いします。まったく……もし骨が折れてたら、迂闊に動かしたせいで内臓から出血が、なんてこともあるんだ。大人しく寝てなさい!」
 走り去った板見を見送って、警察官が呆れきった調子で叱りつけてくる。こみ上げた笑みのせいでまたも激痛が走り、秋内は渋々と力を抜いた。

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