嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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六月

転入二週間:ワンゲル部長エンカウント 4 と それから

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「いくら金があったって、そんな風に使う馬鹿はほとんどいないよ。それに、一方的に支援する関係になったら、仲間じゃなくて上下関係に変わっちゃうから」
「ああ、確かにそうか……けど、仲間ならなおさら、不健全だって言われるようなことに手を染めないようにするべきじゃない? 真っ当にバイトするとか、部の臨時徴収分も特待制度に含まれるように交渉するとかさ」
「スポーツ特待なら、基本的に部の活動費は全般出るんだよ。後から支給されることもあって、そういうのは貸したりとかしてるらしいんだけど……うち、弱小でさ。その特待生は普通の、学力のほうの特待生だったから、部活までは面倒見て貰えなかったらしいんだよね」
「それなら、部活は諦めればよかったのに」
「インターハイ出るのに、人数が足りなくて。どうしても引き止めたかったんだって」
「……なるほど。というかさ、横峰くん」
 状況がおおよそ理解できた所で、氷川は横峰を見上げた。座っていても目線の高さが違って、威圧感がある。けれど今はそれを然程感じなかった。立場が上のせいだろう。
 言い訳ではある。面白い話ではない。ただ、横峰の焦りや、現在の行動は、自分の行いに問題があると感じているからこそなのも理解できてしまっていた。都合よく使われているとは思う。悩みや愚痴は、親しすぎない相手のほうが吐露しやすい。親しい友人ではない氷川が、たまたま、丁度いい所にいただけ。けれど聞いてしまえば、知らないふりも難しい。案外おせっかいなのかなと自嘲気味に考えて、笑みを噛み殺した。そして言葉を待つ横峰に向き合う。
「なんで他人事なの?」
 発端例について言及する所から、彼は第三者目線で、過去形で話すようになった。意味する所を察するのは容易だ。もうばれていると教えてやれば、横峰はあっさり白旗を揚げた。
「十年近く前の話だからさ。俺は外部生だし、当事者とは数えるくらいしか会ったことない」
「やっぱり、ワンゲル部の話なんだね」
「そう。それも、今の部員に経緯を知ってる奴がいないくらいには昔の話」
 なるほど、世襲のようなものかと考えてから、ふと首を傾げた。その経緯と行動には密接な関係性があるはずだ。活動費をまかなえないから、手っ取り早い手段で稼ぐ。活動費の調達に支障がないならば、後ろめたい手段で稼ぐ必要はないはずだ。
「それってつまり……今は必要ないこと、じゃないの?」
「氷川くんってさ、苦労したことないよね」
「いきなり貶される理由が分かんないんだけど」
「水は低い所に流れるものじゃん」
「上善如水?」
 校名の元でもある校訓の故事成語を口にすると、横峰はかぶりを振った。
「楽に稼げる手段が手に入っちゃったら、手放せなくなるってこと」
「それで、横峰くんが元締めみたいなことしてるの? 楽に稼げて、楽しいから」
「……部長の仕事だって言われたんだよ」
「で、部長の仕事だって言って、後輩にもやらせるの? 来年になったら次の部長に、これが部長の仕事だからって元締めさせるの」
 横峰を問い詰めながら、段々馬鹿らしくなってくる。本当なら、こんなに親身に話を聞く必要もない相手だ。援助交際だと噂を立てられては困るから、説明すると横峰は言った。氷川は元より噂を流す気などなかった上、説明は既に聞いている。もう追い出してしまおうか、考えながら、ちらりと時計を見上げた。帰寮してから一時間近く経っている。もうシャワーを浴びて寝たい。シャワールームは各階にあり、このフロアは住民が少ないため大抵空いているのだから。
「ねえ横峰くん。君さ、言い訳するためにわざわざ来たの。違法行為じゃないし、仕方なくやってるんだって、嫌ってる俺に信じて貰ってどうするの」
「それはだから、噂とか、教師に密告とかされないために……」
 言いながら自信がなくなったのだろう、横峰の声は尻すぼまりに掠れた。納得させ、口を閉ざさせるためには、順を追って説明しなければならないとしても、それ以上を明かす必要などない。関係ないと切って捨てればいい。いつもの横峰だったらそうしていたはずだ。では何故、普段と異なる態度を取ったのか。その理由に気付いたのか、横峰が頬を朱に染めた。これは羞恥かもしれない。
 まあ疑問があったからと訊ねたのは自分だしなと苦笑して、氷川は横峰にきちんと視線を合わせた。
「俺は君の話をちゃんと聞いたし、口外しないって約束もする。これ以上、話すことはないと思うけど? 口約束じゃ不安なら誓約書でも書いてあげようか。どうせ信用しないんだろうけど」
 あからさまな皮肉に、横峰が顔をしかめた。
「……帰る。氷川、今日のことは」
「分かってるって、何度も言わせないでよ。気が変わったら困るのはそっちでしょ?」
「……お邪魔しました」
 顔色を変えた横峰が、速やかに腰を上げた。次から面倒なことがあったらこのフレーズを使おう。そう決めて、足早に退室しようとする横峰を見遣った。戸口まで行った彼は、何故かもの言いたげな眼差しを向けてくる。
 助けて欲しいなら、言えばいいのに。そうは思うが、言えない心理も理解はできる。苦しい、助けてくれと言えたなら、氷川はきっとこの学院には来なかった。誰にも何も吐き出せなかったから、溜め込んだ澱に呑まれて身動きが取れなくなった。だから。
 大きく息を吐いて、彼の望んでいるだろう言葉を投げてやる。
「嫌なら、やめなよ。違法じゃなくても、罪悪感があるならやめちゃえばいいでしょ。今の部長は横峰くんなんだからさ」
 横峰は唇を噛み、無言のまま出て行った。音も無く閉まった扉を眺めて、溜息を吐く。自分の声はちゃんと届いたんだろうか。考えて、失笑した。ぐったりと目を瞑る。本当に、疲れた。


 週明けから、横峰は氷川に絡んでこなくなった。嫌味を言わず、睨み付けもせず、あからさまな無視もしないが、かといって親しくするでもない。ただ時折、考え込むように黙り込む。
 横峰の変化にクラスメイト達は首を傾げていたが、氷川も横峰も何も言うことはなかった。それが憶測を呼ぶことは知っているが、説明のしようがないのだから仕方がない。
 今もまた、横峰が氷川の後ろをただ通り過ぎるだけの光景を注視する視線がある。居心地の悪さに身じろいだ肩をぽんと叩かれた。
「おはよう、氷川」
「あー、おはよ、赤田くん、川口くん」
 振り返ると、朝から元気な赤田と、とても眠そうでほとんど目も開いていない川口がいた。彼らは同室だそうで、放っておくと昼まで起きてこない川口を引きずってくるのが赤田の日課らしい。
「川口、机行きな」
 赤田に促された川口が、小さく頷いてよろよろと机に歩いて行く。途中でいくつかの机や椅子に衝突し、二人のクラスメイトにぶつかった。
「毎朝だけど凄いね」
「寝付き悪いんだよね、あいつ。だから寝起きも悪い。それより、氷川どうかしたの」
 強引に話題を切り替えて、赤田が氷川を覗き込む。その瞳に滲む心配そうな色は、氷川と川口、どちらに向けたものだろう。
「どう、って、何が?」
「んー……というか、横峰となんかあった?」
 赤田がちらりと横峰に視線を向ける。彼は静かに教材を眺めていた。
「なんにもないよ」
「そう? でも、なんか……だってさ」
 言いづらそうに赤田は口ごもる。それはそうだ、風当たりが弱くなったとか、嫌がらせをしなくなったとか、どう表現しても口に出しづらい。氷川は軽く笑って、首を振った。
「飽きたんじゃない? あと二週間もしたら期末じゃん、勉強が忙しくてとかさ」
「そうかな」
 赤田が訝しげに首を捻る。普段はぼんやりしているのに、たまに妙に勘の良い所があるから気をつけておかなくては。無礼千万なことを考えながら、曖昧に頷く。
「だと思うけど……」
「そう。でも何かあったら、というか何もなくてもすぐ相談してよ」
「ん、ありがと」
「相変わらず過保護だな、赤田」
 笑みを含んだ声が割り込んで、そちらに視線を向ける。文月が軽く手を上げた。
「おはよう」
「おはよう、文月くん」
「はよ。別に過保護じゃないよ。普通だもん」
 むすっとした表情で赤田が文月に言い返す。だが氷川にも赤田は過保護な人物に見えていた。毎朝川口を叩き起こして引きずって登校することも、ことあるごとに氷川を気に掛けることも、その発露に思える。とはいえ、言い争うようなことでもないので、文月も適当に受け流している。
「はいはい。それより氷川、これ」
 言いながら、文月は鞄から折りたたんだ用紙を取り出し、氷川に手渡す。赤田が返事が適当すぎると騒いでいるのを無視して、三つ折りの用紙を開く。
「生徒会通信……こんなものまで出してるんだ」
「あ、それ知ってる。いつも掲示板に貼ってあるんだよ」
 立ち直りが早い赤田が、氷川の手元を覗き込んで口を挟む。言われてみれば、校内の掲示板にそういうものが貼ってあったことがある気がする。スペースに対して掲示物が多すぎて、一点一点の記憶は曖昧だが。
「そう。でも今回氷川は活動に協力したからな。渡しておくよう頼まれた」
「ああ、この間のボランティア?」
「そう。活動報告と、アンケートのまとめが載ってるから読んでくれって、橘から」
 橘は生徒会の会計の名前だった気がする。参加者と施設側のアンケートをまとめた欄があって、確かに参加者は手元に欲しくなる人もいるだろうと納得した。
「わざわざありがとう」
 今度会ったら橘にも礼を言っておこう。考えながら文月に感謝を伝える。彼はにこりと笑んで頷いた。
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