嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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九月

新学期

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 九月に入り、始業式を済ませるとすぐに二学期の授業が始まる。夏期休暇と言ったところで多くの生徒が学院に残り、ほとんどの期間に夏期講習があったから、気分的には一学期と二学期はシームレスに続いている。とはいえ、夏期休暇期間中に帰省していた生徒もいるため、懐かしいと感じる顔ぶれもあった。
 昼休みになって数分、混雑を避けるためにあえてのんびり購買に向かっていると、後ろから来た人物が隣に並んだ。
「氷川くん、購買、学食?」
「こんにちは、横峰くん。購買だよ。横峰くんは?」
「じゃあ俺もそうする。美味いの残ってるかね」
 横峰は氷川に合せて歩調を遅らせ、時間を確かめる。購買部は朝から晩まで開いており、惣菜や軽食の類いは朝、昼、夕方と三回補充される。昼前の補充が昼食用で、量も種類も一番豊富だ。人気のある品物はあっという間に売り切れ、人気のない品物は夕方や翌朝値引きシールと共にレジを通っていく。
 昼休み突入直後の混雑が解消された購買部の食料品売り場は、獣が食い散らかした後のように品物がまばらに散っていた。売店の店員が少しでも見目良くなるように整えているスペースに近付く。惣菜パンとおにぎりと弁当が、それぞれ微妙な感じで残っていた。
「思ったより残ってるね」
 横峰がおにぎりをいくつかと、煮魚の弁当を選ぶ。氷川はのり弁を手に取った。何かのフライと卵焼き、根菜のきんぴらが入っている。ビタミンCが足りない。
「弁当一個だけ?」
 氷川の手元を覗き込んだ横峰が、眉をちょっと上げる。氷川は少しだけ移動して、トマトと胡瓜の白和えを取った。
「これも買ってく」
「健康的だな」
 自分の持った物を見直して、横峰が大根サラダを追加した。
「気にしないと、どんどん不健康な食生活になっちゃうからさ。野菜食べようって思って」
「そうか……」
「夏バテには豚と緑黄色野菜がいいんだって。毎日ダルいし疲れるし、ちょっと気にすることにした」
 最後に飲み物を選び、会計をしてもらう。決済は現金の他、電子マネーが使用できるが、食堂と異なり料金は均一だった。薄っぺらく何も印字されていないレジ袋に昼食を詰めて貰い、廊下に出る。
「どこで食べる?」
「教室戻る」
「だと思った」
「外で食べる季節じゃないからね」
 昼休みの残り時間を確かめて、足取りを速めた。
 まだまだ残暑厳しいこの季節に、屋外で食事をする生徒は少ない。屋上は立ち入り禁止だし、庭園内のベンチは日差しを遮る構造にはなっていない。熱中症予防の観点から、使用は推奨されていなかった。
 生徒や教師とすれ違いながら、昼休みの校内を歩く。なんとなく、夏期休暇中よりも活気があるような気がした。
「なんか、横峰くんと会うの久しぶりだよね」
「やっと謹慎明けたからね」
 ふと思い出して言ったことに、存外重たい返答が来てたじろぐ。その状況に追い込んだのは氷川だ。怒っている気配はないが、そうだねと流すのも、ごめんねと謝るのも違う気がした。
「夏期講習はどうしてたの?」
「部屋で自習。課題やって認め印もらってた」
「そうだったんだ……」
「ぶっちゃけ、通わなくて済んで楽だった。安静にしてたから膝も治ったし」
 氷川の声音が沈んだように感じたのか、横峰がことさら明るい調子で言う。なおのこと返答に困って、何も言えずにいる間に教室に着いた。氷川は自分の席に座り、横峰は前の席に勝手に座る。新学期になっても相変わらず、氷川は窓際最後列のはみ出した席だった。
 買ってきたものを机に広げると、すぐにスペースがいっぱいになった。勉強するにも手狭な机は、複数人数で食事を摂ることを前提に作られていない。
 自律神経を攻撃する冷たい緑茶の蓋を開き、氷川は横峰に目を向けた。カレイの煮付けを箸で取り分けながら、思い出したように口を開く。
「夏山シーズンって短いんだよね」
 唐突な発言に、氷川が目を上げた。横峰は割り箸で器用に骨を抜いている。
「冬山は装備も準備も大変でさ、冬山がいいって人もいるけど、うちの部はどっちかっていうと夏に活動してるから。なのに今年はちょっと色々あって、シーズン中に動けないじゃん? ああ、氷川の所為とかじゃないから気にしないで」
「うん……」
「興味ない?」
「や、聞きたい。聞かせて」
「うん。でね、部活で登れないなら趣味として行こうかって計画立ててるんだって、皆で。顧問の三上先生と、部員と、あとOBにも声かけてるらしくて」
「え、それって部活動になっちゃわない?」
「部費使わないし、名目上は大丈夫だと思う。名目だけは」
 それは駄目なのではないだろうか。ばれたら反省の色がないと処分が重くなったりするのでは。我がことのように不安を覚える氷川とは対照的に、横峰は平然と笑う。
「しょうがないよ、皆、山猿だもん。野球部が活動停止になっても、家で素振りやキャッチボールするのまで規制できないじゃん」
「まあ、そう、かもね」
 無謀だとは思うが、氷川の言うことも理解できる。登山者には至言がある。いわく――何故エベレストに登るのか? そこにエベレストがあるからだ。一般の登山者にもこの応酬は応用できる。何故表銀座や裏銀座を縦走するのか。そこに山脈があるから。実際、部活だろうが趣味だろうが登れれば何でもいいのだろう。
「それ、横峰くんも参加するの?」
「俺は大事を取って留守番だよ。何かあった時に俺まで行ってたら申し開きできないし」
「そう……」
 我知らず、声色が沈んだ。どうしても、横峰の怪我や、ワンゲル部の不自由さを思うと、もっと上手くやれなかったものかと考えてしまう。実際は何もできやしないと理解してはいるが、多少なりとも事情を知っていたのに、最善を尽くしたのかと悔いたくなる。実際は問題が表沙汰にならず、企業とも円満に片を付けられただけでも充分、マシな解決に至れているのだろうが、そこには氷川はろくに貢献していない。
 味のしない胡瓜の白和えを咀嚼していると、横峰が苦笑した。
「なんで落ち込むかな。感謝してるんだよ、本当に。すっきりした」
「ありがとう」
「いやだから、ありがとうは俺じゃん?」
 困ったなと言いながら、横峰が氷川の弁当ケースに唐揚げを一切れ移した。
 とても分かりやすい、慰めの行動だった。

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