嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

文字の大きさ
29 / 190
九月

修学旅行 1

しおりを挟む


「新学期に入って早々だけど、皆も知ってるように今月は修学旅行があるから。夏休みボケしてる暇はないよ。木曜日までに班ごとの行動計画を提出するように」
 新学期初日のホームルームの冒頭、担任の夏木がクラスを見回して端的に告げた。
 そういえばそうだったなと、他人事のように思い出す。六月という微妙な時期に転入し、修学旅行の係分けにも関わらずに済んだお陰で、実感が乏しい。もうそんな時期なのかとも思うが、考えてみれば夏休み中にそんな会話を小耳に挟んだような気もする。そもそも一学期中も、班分けをしたり行き先の説明を受けたりと、ある程度は情報を得てはいたのに、興味が薄かったためか印象に残っていなかった。
 このホームルーム時間は話し合いに割り当てるそうで、クラスメイトが適当に班ごとに集まる。それをぼんやりと眺めていて出遅れたためか、氷川の席に同じ班の人物が集まってきた。タクシーの乗車定員の都合で一班は基本的に四人だが、このクラスは四の倍数の人数ではなくなってしまったため、三人の班が三つある。どういう配慮か、氷川はその三人の班に属していた。
 周囲の席から椅子を引っ張ってきて、白沢と文月が前と隣に座る。机の上にノートとしおりと筆記用具が増えた。文月がペンを揺らして、僅かに首を傾ける。
「福島って何があるんだっけ」
 修学旅行先は東北地方で、福島県で一泊、宮城県で一泊して、新幹線で帰ってくるコースだ。宿泊場所と現地までの移動手段以外、初日と二日目の全日が自由行動というのが、一般的な内容なのかは分からない。もっとも、考えるのが面倒な生徒用に学校側のおすすめコースもあるにはある。公務員やその他の現地の人々、ボランティアから話を聞き、被災地を見学してボランティア活動を体験するという内容だ。だが生憎、氷川も文月も白沢もそこまで面倒くさがりではなければ、真面目でもなかった。
「野口英世記念館と、白虎隊記念館と、新撰組記念館が有名かな。あと、さざえ堂とか鶴ヶ城とか?」
 すらすらと答える白沢は、福島出身だという。参考にするべく、氷川はペンを構えた。
「お勧めは?」
「んー。温泉? 海鮮も美味いよ」
「それだけじゃ再提出になっちゃうよ……」
「まずコンセプトを決める。明治維新か、偉人の軌跡か、史跡を見学するかだな」
 だらけた氷川と白沢を見かねたのか、文月が方針を打ち立てた。レポートをまとめたりしなければならないことを考慮すると、悪くない着眼点だ。
「氷川、どれがいい?」
「なんでもいいよ。文月くんや白沢くんが行きたいやつで」
「細菌学と明治維新と城のどれが好きだ」
 氷川の返答が投げやりに聞こえたのか、文月がちょっと眉をひそめて問いを重ねる。困って氷川は視線を巡らせた。白沢に訊いてもきっと、なんでもいいとか、温泉がいいとか、頼りにならない答えしか返ってこないだろう。しかし、ここで希望を言えば文月はそうしてしまうだろう。ええと、と呻くと、文月が小さく首を傾けた。さあどうぞ、と促す身振りだ。
「じゃあ……お城? それか、観光地でよくある体験系とか……?」
「体験系って何よ、赤べこでも作るの?」
 白沢が眠そうにまばたきをする。文月がスマートフォンを操作して、目を細めた。
「色々あるみたいだ。蝋燭に絵を描くとか」
「赤い蝋燭と人魚みたいなことにならないといいな」
「ホラーやめてよ。そこでしかできないことって、体験系かなって思ったんだけど」
「まあ、悪くはないな。じゃあ、その方向で行こう。史跡見学と体験系な」
 文月がさらさらとノートに項目を書き込んでいく。速い速度で書かれる文字が達筆で感心した。氷川も別に下手ではないが、走り書きだと相応の崩れ方をしてしまう。
 資料とスマートフォンを駆使して、時代性と回りやすいルートを考えながら三日間の日程を組んでいく。優柔不断なきらいのある氷川とは異なり、文月も白沢も思い切りが良く、ホームルームが終わるころには叩き台が出来上がっていた。
 これなら二人についていけばいいだろう。そんな他力本願極まりない感想を抱いてしまったのは、氷川に主体性が欠けているからだけではないと言うことにしておきたい。とりあえず、定番だが喜多方ラーメンと牛タンは食べようとだけ提案はした。

 九月中旬の平日、朝の七時半に如水学院敷地内の駐車場を出発した五台のバスは、見事に渋滞に巻き込まれた。じりじりと焦げ付くような日差しに焼かれる東側の座席を一瞥して、氷川は目を瞑る。まだしばらく、まともに走りそうにない。場つなぎ程度に流れる民放ラジオは、おそらく誰も聞いてはいないだろう。車内には高揚した空気と、普段よりも少しだけテンションの高い会話のざわめきが満ちていた。
「氷川、寝てんの?」
 唐突に呼ばれて、氷川は目を開いた。前の座席から身体を乗り出して、赤田が覗き込んでいた。氷川が何か言う前に、隣に座る白沢が呆れた顔をする。ちなみに同班の文月は学級委員の指定席があるそうで、保健委員や担任の夏木と共に前方に座っている。
「シートベルトしろよ。危ねえな」
「平気平気。白沢心配性だよね」
 白沢は普段、おっとりのんびりしていて、柔軟だ。その彼が、今は眦を吊り上げている。
「あのね、急ブレーキでもかかったら転がり落ちて頭打つよ」
「まだ当分渋滞抜けそうにないじゃん。何、白沢は俺が邪魔なの?」
「まあまあ、二人とも。白沢くんも赤田くんのこと心配してるんだよね。でも本当、動きそうにないから、ちゃんと掴まってれば平気そうだよ」
「だよね、氷川わかってる!」
 大きな瞳をきらきらと輝かせて、赤田が頷く。白沢が嘆息した。
「しょうがねえな……で、どしたの」
「うん、氷川が中学の時の修学旅行どこだったか聞こうと思って」
 身を乗り出してきたわりに、ささやかな話題だった。だが考えてみれば、彼らは中学からの持ち上がり組だ。余所の世界のことが気になるのも当然かもしれない、
「奈良京都二泊三日。普通の公立中学だったから、行き先も普通だよ」
「へえ、それが普通なんだ」
「多分……え、どこ行ったの?」
 興味深そうに言う白沢に赤田が同意を示した。自分の価値観が不安になり、氷川は彼らを交互に見遣った。んー、と首を傾げて、赤田が口を開く。
「島根広島縦断ツアー」
「中国地方? 遠いね……さすが私立」
「うーん、というか、毎年定番なのよ。理事長が出雲大社に行かせたがるし、そこまで行くなら原爆ドームと資料館は見とけって感じになるっしょ」
「理事長が? 出雲大社好きなのかな……商売繁盛の神様でもあるとか?」
「それもあるけど、理事長、出雲大社教徒いずもおおやしろきょうとだから」
 こともなげに白沢が言うが、私立の恐ろしさに戦慄した。いくら神道でも、理事長の信仰に生徒を付き合わせるのはどうなのだろう。勧誘しなければいいのか?
 氷川が絶句しているというのに、赤田がなんでもないことのように話を続ける。
「あとは安芸の宮島も行ったねー」
 厳島神社は有名だ。朱塗りの鳥居が、満ち潮の時は海の中に入ってしまう、その幻想的ですらある光景は、写真や映像で見たことすらない人はいるまい。確かに都内から出雲大社に行くなら、広島はついでに立ち寄りたくなる距離ではあるが、決して近くはない。
 氷川が黙り込んだのを、行ったことがないせいだと思ったのか、赤田が不安そうな眼差しを向けてきた。
「ごめん、つまんない?」
「や、そんなことないよ。出雲大社も原爆ドームも厳島宮島神社も行ったことないけど、有名だし。話聞くの楽しいよ。俺も行ってみたいって思ってたし」
 早口にならないように気をつけて取り繕うと、赤田が安堵した表情になる。
「本当? 良かった」
「氷川、こいつ鬱陶しかったらそう言わないと分かんないぞ」
 斜め前の席の川口が振り返ったかと思うと、唐突に言ってくる。いつものことながら、彼は赤田に対してなかなかに辛辣だが、それで上手く回っているあたりが面白い。氷川はかぶりを振って否定した。
「本当に楽しいよ。ね、川口くんも一緒だったんだよね、話聞かせてよ」
 分かりやすく話しをねだると、川口が機嫌良さそうに唇の端を上げた。そして、表情とは裏腹の憎まれ口を叩く。
「中学の修学旅行とかろくに覚えてねえっつうの……」
「川口記憶力いいのに何言ってんの」
 川口の隣の丸山が呆れたように言う。気付けば周辺の席のクラスメイトたちも巻き込んで、思い出話に花が咲き、お陰で渋滞に苛つかずに東京駅に着くまでの時間を過ごすことが出来た。寝て過ごすよりは随分、有意義な時間だった。
 バスは、渋滞に巻き込まれはしたものの、九時半には余裕を持って東京駅に着いた。九時半過ぎに発車する東北新幹線に乗車できる時間だ。ぞろぞろと集団で駅構内を移動し、前売りで入手済みの指定席券を片手に新幹線の中をうろつく様は、蟻の行列に似ていた。
 快適な新幹線で移動すること一時間半強、九月中旬の東北の入口福島県は、期待したような快適な気候ではなかった。所詮本州の残暑だ。
 宿泊施設に荷物を預け、行動計画に沿って移動を開始する。福島県では浜通りで被災の爪痕を見るルートも提案されていたが、氷川達は中通りの観光スポットを回る計画を立てた。生徒会長の野分は風評被害に遭った農村を回ると言っていて、観光気分の自分を省みたが、だからといって彼に倣おうとも思わない。文月と白沢が計画を立ててくれたのだし、楽しんでしまっても良いはずだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

処理中です...