嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

文字の大きさ
100 / 190
野分彩斗

文化祭 2

しおりを挟む
「まあ大変なことのが多いけど、充実してんだろ。あ、それに役員はさ、後夜祭の花火が保安距離ギリギリから見れるんだよ。他の奴らは離れた場所からしか見れないからな」
「それ危ないからじゃん……」
「でも、圧巻だよ。今まで小火も出したことないからな、そこまで危なくない」
 昨年のことを思い出しているのか、野分が視線を上げた。確かに、花火大会などで打ち上げ場所に近いエリアや、水鏡が美しいスポットなどはそれなりの値段でチケットが売られており、近くから見上げる機会は多くない。それに人混みが苦手な氷川は、そもそも打ち上げ花火を見に行った経験もほとんどない。
 心が揺れたのを読み取ったのか、野分が楽しそうな表情になった。
「ということで、もうしばらく付き合ってくれたら、役員限定エリアに招待するけど?」
 まるで誘うように野分が首を傾げる。氷川はわざと不機嫌な顔を作り、尊大に頷いた。
「わかった。付き合う」
「よし。悪いな」
 氷川が頷くと、野分は満足そうに目を細めた。コップを置き、氷川の頭に手を伸ばす。長い指先がするすると梳くように氷川の髪を撫でた。その慣れない感触に、僅かに肩を竦ませる。そして逃れるように腰を上げた。長机を寄せて作られた、展示スペースに足を向ける。
 机の上には、歴代の生徒会誌が並んでいる。ボードには学院の歴史がまとめられた模造紙が貼り出されていた。
「で、これが本部の展示品?」
 ソファに座ったままの野分に尋ねると、彼は簡単に頷いた。
「そう。ろくに売れないからまた来年に持ち越しだけどな」
「確かに、買う人は少なそうだね」
 A5サイズの冊子は一冊百円と手頃な価格ではあるものの、在校生は皆、配布されて所持している。他校の生徒が欲しがるとも思えず、保護者もまた求めないだろう。需要の所在が不明だ。
 過去の年度のものをぱらぱらとめくっていると、野分がソファからこちらに歩いてきた。
「気になるなら持って行ってもいい」
「そうだね……」
 生徒会の執行部を含めた各委員会の活動報告、部活の活動報告、文化祭、体育祭、三月にある球技大会等イベント事の記録など、一冊でその年度の出来事が追えるようになっている。他の学校で作られているものとさして変わりない内容だろう。挨拶文などもきっちりしていて、それなりによく出来ているが、面白味もない。
 氷川は少し考え、過去四年分の冊子を購うことにした。
「じゃあ、四冊貰おう。四百円でいいよね」
「や、おまえが欲しいなら持ってっていいけど、いるの? 言っちゃなんだが面白味もないぞ」
 自分から進めておいて、野分は不審そうに確かめてくる。そのてのひらに百円玉を四枚押し付け、氷川は冊子を手に取った。
「でも、皆はここにいた時期だもん。野分くんも持ってるんでしょ」
 同じ時間を共有することはできないし、したいと願っているわけでもない。氷川には氷川が歩いてきた道があり、それは決して平坦でも、幸せなものでもなかったが、だからといって捨てて書き換えることは出来ないし、したいとも思わない。ただ少し、寂しい。こんなものでその隙間は埋まらないが、要は気休めだ。
 対価を受け取った野分は、困ったような表情で硬貨を缶に落とし込み、嘆息した。
「まあ、そうな……お買い上げありがとうございます」
「え、不満なの」
「や、売上げ貢献はありがたいさ。そうそう、その意味じゃ昨日のライブもな、よく盛り上がってた」
 思い出したように言われて、氷川は目を見張った。橘と共に体育館のステージイベントに出たのは、確かに昨日の午後だ。クラスメイトを数人見つけはしたが、まさか野分も見に来ていたとは思わなかった。しかし、役員同士は仲がいいから不思議でもないかと思い直す。
「来てたんだね。気付かなかった」
「戸口あたりで見てたからな、気付かなくて当然だ」
「そっか。良かった、最前にいたのに気付かなかったとかじゃなくて」
「前まで行ったら出るのも大変だからな。つい前のほうに行きたくなって困ったよ。おまえ、歌上手かったんだな。生で聴いて実感したわ」
 しみじみと言われて、氷川は苦笑した。修学旅行の一件で多少は歌えることは知られていたとはいえ、改めて言われるとなんとも居心地悪い。所詮素人だ、そこまで大層なものではない。雰囲気に飲まれて上手に聞こえただけだろう。ありがとうと返した声は、我知らず暗いトーンだった。
 氷川がその話題を歓迎していないことがわかったのだろう、野分はそれ以上は何も言わずに、氷川をソファに誘導した。
「応接セットって来客用じゃないの?」
 話を逸らすように訊ねると、野分が口を曲げた。
「客なんて数えるくらいだ」
「そっか、普通のお客さんは本部は用事がないか」
「そう。さっきみたいな迷子の預かりの他は、市議や児童委員が来るくらい。揉め事だって呼び出されるほうがずっと多い」
 疲れたように息を吐く野分の様子が珍しく、氷川はつい観察するような視線を向けてしまう。自分で気付き、取り繕うように話を拾った。
「この学校でも、揉め事なんてあるんだね」
「さすがにこんな日はな。気が立ってるからちょっとしたことでも騒ぎになりやすい。外からの客も行儀が良い奴ばっかりじゃない」
「荒事もあるの?」
 喧嘩、乱闘といった単語を用いることに抵抗があり、曖昧な表現で訊ねる。少し考え、野分はかぶりを振った。
「さすがにそれはない。一発殴るくらいならあっても、それ以上に発展する前に周りが止める」
「それでも全然暴力沙汰がないわけでもないんだね」
 嫌悪感に思わず表情が硬くなる。野分が困ったような顔で氷川の髪を撫でた。
「おまえを派遣したりはしない。そういう話は苦手か?」
「リアルではね」
 慰める仕草に、苦さが胸からこみ上げる。情けないと思うほど自尊心は高くない。暴力は恐ろしいし、怒号は身を竦ませる。野分が痛ましげに眉を寄せた。
「無神経だったな。悪かった」
「俺から訊いたのに、謝って貰うことじゃないよ。話を聞くだけなら平気だし」
 アクション映画は平気で見られるのだ、そういう系統の話題が苦手だとは思われまい。氷川も普段は気にも留めない。少し、嫌なことを思い出してしまっただけだった。
 考えてみれば、今は既に十一月。氷川の身体の細胞の多くは、殴られ蹴られた時のものとは入れ替わっている。恐れているのは身体ではなく、精神だ。見ることも触れることも出来ないというのに、痛みは感じるのだから厄介な話だった。
 野分が軽く氷川の肩を叩き、それから背を撫でた。
「そう言って貰えると助かる」
「うん。心配させちゃってごめんね」
 大丈夫だとアピールして、身体を離す。そして誤魔化すように、先程のボードを指差した。
「それより、あの展示は誰が作ったの?」
 取り繕いもしない話題転換に、野分がひらひらと手を振って応じる。
「平沢と山井。あれは毎年、生徒会の書記の仕事だからな」
 一年生の役員二人の名前と説明に、なるほどと納得する。学校の歴史など、毎年同じものを出しても五年程度は誤魔化せそうだが、真面目に毎年作り替えているらしい。
「じゃあ、野分くんも去年作ったの?」
「ああ。去年も役員だったって話したっけ」
「どうだろ、野分くんじゃなかったら他の人から聞いたのかも。書記だったんでしょう、二年連続で役員やるなんて凄いね」
「一年の間は勉強みたいなもんだから。俺は成績もいまいちで、部活もやってない。生徒会でもやっとけば話の種くらいにはなるかなって程度だし」
 野分は肩をすくめ、あっけらかんと言い放つ。なかなかの激務だろうに簡単に言うものだと、呆れと感心半々に首を傾けた。
 会話の切れ目を狙ったように、戸が叩かれ、開かれる。ノックをするならば役員ではない。滅多にいないという来客らしいと気付いて、慌てて腰を上げた。こんな所に座っていては、体裁が悪い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...