嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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野分彩斗

買い物 2

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「悩んでるんだ」
「何を?」
 脈絡のない言葉に、氷川は眉を寄せた。野分だって考えることは多いだろう。だが、現状は相談事のために設けられたシチュエーションとは思えない。流れ的に恋愛相談だろうか、そんなもの適切なアドバイスなど出来そうもないがと身構えた。
「どこまで言ってもいいか。どこまで分かってて、どこまでなら引かれないか」
 囁くように野分が告げる。潜めた声は常より幾分か低く、濡れたように重い。向けられる視線は射貫くような鋭いもので、氷川は思わず身じろいだ。乾いた唇をぬるい水で湿らせ、逃げるように目を逸らす。
「何の話」
「何の話だと思う?」
 反問につられて視線を上げると、彼は目を細め、人差し指でゆっくり下唇を撫でた。もっと雰囲気のある状況で、相手が女の子だったら、簡単にその気になってしまいそうな声と振る舞いだった。もっともそれは今だけに限らないが。
 氷川は溜息を吐き、顔の半分を指で覆った。
「わかんない、って言ったら嘘ついたことになるのかな」
「さあ? 忘れる程度のことだったのかとは思うけど。その反応だと覚えてるな」
 ちらりと舌先が唇を舐める。好色そうな振る舞いが下品にならないのは流石だが、昼日中から見せられると誤魔化せくなりそうで困った。氷川は苦い声で端的に告げる。
「後夜祭のことでしょう」
「正解」
 忘れてはいない。ただ、意識しないよう、考えないようにはしていた。ヒントをつなぎ合わせて考えてしまえば、身の処し方も検討する必要が出てくる。それはどのような形に落ち着くのであれ、折角出来た友人を失うことと直結していた。
「ノリとか勢いってことにしといたほうがいいのかなって、思ってたんだけどな……ねえ、俺が思うのと野分くんが言ってるのが同じ意味だったら、訊きたいのは俺のほうだよ」
 あくまで核心を避けた話し振りに、同じように遠回しな言い方を選ぶ。鉄板の上でもんじゃ焼きが焦げそうで、生地をかき混ぜた。ふわりと香ばしい香りが立ち上り、色のついた面が顔を出す。
「何が知りたい?」
「冗談なのか、遊びなのか、そのどっちでもないのか。これでも結構悩んだし、考えたんだよ」
「結論は出た?」
「分からない、って結論がね」
 櫛形に切られたトマトを口に入れる。トマトの端から垂れたフレンチドレッシングが、唇の端を汚した。指で拭い、ペーパーで拭き取る一連の動作に強い視線を感じて苦笑する。
「そんなに見られると食べにくいよ」
「意識して貰えたみたいで、何より」
「冗談、じゃない、って意味?」
「かもな」
 野分がもんじゃ焼きをひとくち分箸でつまむ。まるで色気のない場所なのに、野分の声や所作はどうにも艶やかで、氷川は妙に騒ぐ心臓を宥めるのに躍起になっていた。意識したつもりはない。だがこの拍動が緊張の結果なのかどうかも自信がなかった。
「氷川はいつ帰省すんの」
「決めてないけど、いや、話の途中でいきなりどうしたの」
「うん、氷川にはもうちょっと悩んで貰おうと思って。だからその話は置いといて、なあ、二年参り行かね?」
 ドレッシングの絡んだ千切りキャベツが野分の口の中に消える。咀嚼する口元、嚥下する喉の動き、それらから意識して目をそらし、軽く睨んでみせた。
「性格悪いな……二年参りね、大晦日でも保護者なしで深夜に出歩くと、補導される可能性があるんじゃなかった?」
「でも、元旦はご家族と出かけたりするだろ」
「まあ、そうかな。んー、初詣、って言っていいかわからないけど、五日くらいじゃ駄目? それくらいなら絶対寮に戻ってるよ。ただ、あんまり混雑してる所は行きたくないな」
「俺も行列してまでお参りする気はないよ。わかった、なら五日な。適当に見繕っとく。希望の御利益は?」
「その言い方もどうかな……お陰様で困ってることもそんなにないし、あえて言えば野分くんのために天神様にお願い事をするべきなのかなとは思うけど」
 天神様――菅原道真は無実の罪により左遷され、死後には凶事があるたびに道真の祟りと恐れられた人物だ。天満宮に祀られたのは、都の雷害が道真の祟りと考えられたからだ。日本の神は荒ぶる神々でもあり、祀ることで祟りや怒りを治めようとした例は少なくない。その恐ろしい魂が学問成就の神として親しまれているのは、要は道真が優秀な人物だったことに起因する。優れた人物にあやかろうという発想だ。
 野分は勉学の神を詣でるべきだと告げた氷川に、野分が眉をぴくりと動かした。
「氷川さ、時々だけど風当たりきつくない?」
「そうだね」
 煮詰まったもんじゃ焼きを吹き冷まして口に運ぶ。それなりに野分の試験対策に付き合った氷川としては、平均点に色を付けた程度の点数で安心する様子を見せられては面白くない。自分と同じ点数を取れとはいわないが、もう少し華やかな成果を見せてくれたほうが教えた甲斐がある。ただし、野分曰く、平均点を割らないだけで快挙らしいので、あえて言葉にするつもりはないが。
「肯定されたし……うちじゃ生徒会役員や部活の上のほうは基本、成績良くないんだよ。勉強できる奴は受験対策で忙しいし、テストの結果見りゃ満足できる。課外活動は上に行けない奴らのためにあるようなもんだ」
「それは進学校じゃわりとある話だろうけど……野分くんは内部進学?」
 如水は大学付属の名前の通り、大学がメインの学校だ。一定ラインの評定をクリアしていれば希望者全員が推薦で進学できるし、規定の評定を割る生徒はほとんどいないらしい。幾つかの学部の内、理工学部はそれなりに評価が高いものの、優秀な生徒は外部受験するのが普通だった。データで見た内部進学率はおおよそ三割五分程度だった筈だ。辛辣な見方をするならば、学年単位で下から七十人程度の生徒が大学受験をスルーして付属大学に上がっていくと考えることも出来る。他にも推薦を受けたり専門学校へ進む生徒もいるので、全てではないが。
 氷川の、ある意味では礼を失した問いに、野分は特段気にした様子もなく頷いた。
「その予定。エスカレーターって言われるけど、法学部もそうレベル低くないしな」
「法学部志望なの?」
「多分そのうち法務に回されるし、だったら大学で基礎作っとくのが楽かなって」
 てっきり経済系の学部学科志望だと思っていたと聞き返した氷川に、野分があっさり応じる。そういう考え方もあるのかと感心した。
「すごいね、ちゃんと将来のこと考えてるんだ」
「氷川だって考えてるだろ」
「俺はコース通りに歩いてけば食いっぱぐれないってだけだもん、複雑なこと考えてないよ」
 資格を取ること、事務所の仕事を覚えること。氷川のタスクにあるリストはシンプルだ。
「それは俺も変わらないよ」
 賞賛を居心地悪そうに受け流して、野分は食事を再開する。それまでとは打って変わって、踏み込みを避けるように硬化した雰囲気に落ち着かなく座り直し、溜息を飲み込んで箸を持ち直した。
 食事の後はもう少し買い足したいものがあると、セレクトショップを数軒梯子し、最後に寄ったCDショップを出るともう街は薄青く染まっていた。野分が背を震わせ、マフラーをかき合わせる。寒さに弱いのかもしれない。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃなくても帰るしかないだろ」
「そうなんだけど、折角出てきたし温かいものでも食べて帰らない?」
 冬至を過ぎたばかりで夜が早いだけで、時間はさして遅くない。帰寮して寮の食堂で食事をしても全く構わないが、たまには違う日があっても構わないはずだ。幸いにも、寮の門限は教育機関としては驚くほど遅い。
「そうだな、氷川がいいなら」
「たまにはお鍋とか食べたいよね」
「よし、そうしよう」
 別に焼き肉とかでもいいけどという単語は、音になる前に消える。食い気味の返答に、そこまでか、と、笑ってしまった。そして荷物を持ち直す。
「じゃあお鍋ね、どっか行きつけのお店は?」
「さすがにない。探すからちょい待って」
 歩道の端に避けて、野分がスマートフォンを操作する。邪魔そうなショップバッグを引き受けて、氷川は空を見上げた。藍色の天頂は、街の光を映して奇妙に白々しい。
 居酒屋ばっかりだとこぼしながらも、野分はいくつかの店に当たりを付けたらしい。電話を掛けて空席状態を訊ね、予約を済ませて氷川を振り返った。
「お待たせ。なんとかなりそうだよ」
「予約までして貰ってありがと。お店どこ?」
「わりと近いよ、こっち」
 方角を示した野分が、一瞬ためらって氷川のコートの袖を引っ張った。通りには人が多く、はぐれないようにという意図なのはわかる。わかるが、しかし。氷川は空いた手で紙袋を握りしめた。
 女子か、なんて言ったら絶対怒られる。

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