高校生とピアニスト

文字の大きさ
11 / 11

11.サボテン

しおりを挟む
あの黒のカットソーが可愛いかどうか、千秋には今ひとつわからなかったが、俊介にはよく似合っていた。シンプルなデザインのそれは、染めた髪や両耳のピアスのせいで逆に目立ちにくくなっている俊介の実は整った顔つきや、しっかりと男らしく成長してきている17歳のしなやかな体躯をよく引き立てた。

その後も、俊介はハンガーにかかった柄物のシャツや、いかにも彼が普段着ていそうなモノクロのプリントが入ったTシャツをあれこれと見ていたけれど、結局最後は千秋が最初に「似合う」と言った黒のカットソーをレジに持っていっていた。

店を出て
「ホントにこれ、大丈夫?」なんて心配そうに眉を寄せて手に持つ紙袋を睨んでいたので
「大丈夫、勢いはないけどセンスだけはいいって昔からよく言われてるから」
と言ってみると
「そらピアノの話だろうが」
と返された。

思えばこんな何気ないやりとりも、他人とするのは初めてな気がして、千秋はなんだかひどく楽しかった。

そのあと2人で立ち寄ったのは、駅前にあるグリーンが多く飾られたカフェだった。
木のテーブルに、白い壁。大きな窓から差し込む光と、小さな鉢植え。
“ナチュラルテイスト”——なんて言葉がぴったりな空間だ。

俊介は、正直普段はちょっと休憩に寄ったところでマックか、よくてドトール程度なのだが、前に一度だけクラスのギャルとこの駅前で過ごした時に、ここへ「エモいから」「チルいから」と絶賛して連れてこられたことを覚えていた。正直、そんなか?とは思ったが、残念ながら静かな店はそこしか知らなかった。

正直、その時は「いうほどか?」と思った。
でも、静かで落ち着いていて、千秋と話す場所としては、まあ悪くない。悪くないどころか、スマートにこんな店に連れて来れた自分を誇らしくすら思う。

千秋は長い足を邪魔そうにしながら向かいの席に座って、テーブルにちょこんと飾られた小さなサボテンの鉢植えをちらりとみている。相変わらず端正な見た目がカフェの背景で今は余計に映えていた。

…うん。違うわ。

やっぱカフェでごめん。

きっとお前は夜景とかの方が似合うんだろう。…いやホテルのラウンジか。
お前を誘ってもいいのは、本来そんなところへナチュラルに連れて行くような奴なんだろうな。
多分、…そう、そいつの仕事はおそらくバイオリニスト。外車に乗ってて、背は千秋より少しだけ高くて、趣味はオペラ鑑賞。名前はアレキサンダー、千秋からの呼び名はアレク……

俊介の脳内で、アレクが千秋の顎を指でクイと持ち上げた頃、店員がオーダーを聞きに来た。

カフェを出ると、まだ外は明るかった。夕方の空は、少しだけ朱を含み始めていて、街路樹の影がアスファルトに柔らかく落ちている。

「千秋は?なんか欲しいもんとかないの?」
俊介が聞く。
「んー…別に……」
と、つぶやいた後に、千秋は静かに「あ」と言う顔をして
「…ああいうサボテンって、どう言うところに売ってるんだろう?」
と、今出てきたばかりの店内のドアを振り返るようにしながら言った。

一瞬、それがあまりに意外な一言で、俊介は目を丸くした…が、すぐに思い出す。
カフェで店員が飲み物を運んできた瞬間、最近の仕事の話をしていた間、俊介にその服どこに着ていくの、なんて聞いてきていた間、そういえば千秋はずっとチラチラとテーブルの上の小さなサボテンを見ていた。

「サボ……え、花屋とかじゃね?」
「花屋」
「あとホームセンターとか」
「ああホームセンター…」
細い顎に手を当てて、何かを深く考え込みながら、九官鳥のように律儀に一つ一つを噛み締めるように復唱する千秋。

「え」

俊介の戸惑いの声が重く、落ちる。

「おま……サボテン……買おうとしてんのか??」

「え、あ、か、買うもんじゃない??あ…タネとか買って? 育てる、みたいな?」

そっか、いのちだもんね…なんて一人で納得したように言っているけど、そう言う話ではない。

「いや、サボテンの種ってなんだよ、逆にそれを売ってるとこを見たことないわ。
ちげえって。普通サボテンなんか急に欲しくなるか?って話だよ」
俊介のツッコミは容赦ない。しかし、それに対しても千秋は悪びれず、まっすぐな顔でこう返すのだった。

「俺ペットとかも特に飼ったことないし、なんか可愛いなと思って…」
その理由がまた派手にズレているのも、小岩井千秋。

「サボテンにペットの役割求めんなよ…あいつも身に余るわ……」

先ほどまで、俊介は正直少しだけ落ち込んでいた。この、美しい男をホテルのラウンジに連れ出せない自分が情けなかった。スーツを着て、薔薇の花束を助手席に乗せ、オペラのチケットを胸ポケットに刺して外車で迎えに来るような男じゃなきゃ、千秋の隣に並ぶのに相応しくないと感じていた。

それがどうだ。

その千秋は今目の前で、花屋に、ホームセンターに、行きたいと言っている。

「あ、や、俊ちゃんが忙しいなら、別に他の日でも構わないんだけど……」

逆にアレクはきっとこんな駅前商業施設の花屋の場所なんて知らなくて、千秋をそこへは連れて行ってやれないはずだ。

「…いいよ、行こうぜ」
スマートに、そう言ったつもりの俊介の口元は情けないほどに緩んでいた。

花屋になら、俊介だってエスコートできた。


花屋は、俊介がシャツを買った駅前モールの1階にあった。
ガラス張りの外観に、白と木目調でまとめられた内装。
一見する花屋には見えない、贈答用のアレンジメントを得意としているのだろう洒落たフラワーショップだった。

店の奥——アクセサリーのように飾られた多肉植物たちのそのまた奥。

そこに、サボテンたちはひっそりといた。

“サボテンを売っている”というより、“おしゃれな器の中に、たまたまサボテンを植えました”といった風情。
植物というよりも、雑貨のような扱いだった。
ガラス瓶に入ったでこぼことした個体、寄せ植え、コーヒーカップのような器に入れられたもの、いくつかあるうちの一つに、千秋の目が止まった。

丸くシンプルな器に入れられた、いかにも、と言った形のサボテンの鉢にそっと静かに、長い指先を添えて持ち上げ、小さく、囁くようにその名前を口にする。

「トゲ太郎……」

「もう名前を…」
俊介の表情はさまざまな感情が起こすなんとも言えない衝撃に、揺れていた。

「いいか……。家で一人でそいつに話しかけたりすんなよ……」
「…しません」
即答したくせに、どこか不穏な間があった。
俊介にはもはや彼がサボテンに話しかけている未来しか見えなかった。



「トゲ太郎、めちゃくちゃいい場所に置いてもらって……」
かくして、小岩井家に連れ帰られた定価1200円のトゲ太郎は、小岩井家のリビングのたっぷりとしたドレープのついたカーテンと豪奢なレースカーテンがかかった広い出窓の中央に、ちょこんとおかれることになった。
千秋の母・夏生がいた頃は花瓶に抱えるほどの花をいけて華々しく飾られていた場所だ。

「ここが1番太陽当たるし……おっきくなるんだよー」
「あ、ほら話しかけた!」
「えぇ…」
「覚悟しとけやトゲ太郎、こいつ、今日から毎朝挨拶してくるからな」
「いやそれはない……」
断言しているが、絶対に、する。

俊介は確信していた。


そうして、トゲ太郎は千秋の元へやってきた。それは外から見ればほんの些細な買い物だったけれど、彼にとっては重要な、日本での生活を始めるための第一歩だったように思う。

「よろしくね、トゲ太郎」俊介が帰った後、窓辺で気持ちよさそうに夕陽を浴びているトゲ太郎に声をかけ、しまった…と千秋は1人で静かに口を塞いだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

情けない男を知っている

makase
BL
一見接点のない同僚二人は週末に飲みに行く仲である。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
続編・番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...