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10話
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演説の翌朝。
王都セラフィエルには、静かな空気が戻っていた。
街路には香の残り香が漂い、広場の石畳はすでに清掃が施され、昨日の出来事など最初からなかったかのよう。
それでも民の口はよく動き、“噂”という形でその記憶を引きずっていた。
「見た? あの令嬢、涙ひとつ見せなかったのよ」
「でも言葉があまりに綺麗で……赦してもいいって、思っちゃったのよね……」
「わたし、むしろ好きになりそうだったわ。ああいう、毒薔薇ってやつ」
誰もが“断罪劇”を語りながら、誰ひとりとして“罪の重さ”を問おうとはしなかった。
──彼女の言葉が、世界を騙したからだ。
*
「拍手、ございましたわね。思ったより少なめでしたけれど」
エヴァリーナは紅茶を口にしながら、そう軽やかに言った。
その傍らで執事クラウスが苦い顔をしていたが、何も言わない。
彼には、令嬢の言葉がただの冗談ではないことが分かっていたからだ。
「“反省”を演じた結果が赦しであるなら……この国の正しさとは、“演技力”のことなのかもしれませんわね」
「ある意味、王都一の舞台女優ということですな。まさか正面から断罪されて、あそこまで喝采を受けた方など初めてです」
「では、次は“助ける側”に立ってみるのも一興かと」
「……は?」
クラウスが眉を跳ね上げる。
エヴァリーナはティーカップを置き、窓の外を眺めた。
春の風が庭園のバラを揺らし、昨日と何も変わらぬ景色の中に、たった一つ違うものがあった。
──彼女は、“断罪されて赦された悪役”になった。
つまり、演技の力でさえ、民の心を揺らすことができると証明した。
「わたくしの言葉に“救われた”などと言い出す者が現れたら、それこそ喜劇ですわね。……でも、それを演じるのも、嫌いではなくてよ?」
「まさか、次は“聖女ごっこ”でもなさるおつもりで?」
「まさか。でも……“嘘の反省”で赦されるのなら、
“嘘の救い”で救われる人がいても、おかしくはありませんでしょう?」
クラウスは絶句し、次の瞬間ふっと笑った。
「……悪魔のような皮肉屋にして、女優にして、救世主……この国はもう、あなたが舞台を降りない限り、平穏にはなりませんな」
「それは何よりですわ。幕が降りた舞台ほど、退屈なものはございませんもの」
令嬢は微笑む。
仮面のまま、香を纏い、優雅に──けれど誰よりも鋭くこの国の構造を見据えながら。
「では次の演目、そろそろ選びませんとね。
今度は、誰を救ってみせましょうか──“反省”よりも“欺瞞”が似合う、この世界で」
王都セラフィエルには、静かな空気が戻っていた。
街路には香の残り香が漂い、広場の石畳はすでに清掃が施され、昨日の出来事など最初からなかったかのよう。
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「見た? あの令嬢、涙ひとつ見せなかったのよ」
「でも言葉があまりに綺麗で……赦してもいいって、思っちゃったのよね……」
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誰もが“断罪劇”を語りながら、誰ひとりとして“罪の重さ”を問おうとはしなかった。
──彼女の言葉が、世界を騙したからだ。
*
「拍手、ございましたわね。思ったより少なめでしたけれど」
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「ある意味、王都一の舞台女優ということですな。まさか正面から断罪されて、あそこまで喝采を受けた方など初めてです」
「では、次は“助ける側”に立ってみるのも一興かと」
「……は?」
クラウスが眉を跳ね上げる。
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「まさか。でも……“嘘の反省”で赦されるのなら、
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仮面のまま、香を纏い、優雅に──けれど誰よりも鋭くこの国の構造を見据えながら。
「では次の演目、そろそろ選びませんとね。
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