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顔合わせ
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「今夜は顔合わせだ」
父の言葉に、私は固まった。
執務室でそう告げられたとき、胸の奥で嫌な予感が跳ねる。
「……顔合わせって」
「サフィール殿の家から使いが来ている。婚約者として正式に挨拶の席を設けるのだ」
婚約。
以前、言い渡されたあの政略結婚の話は私の預かり知らぬ場で進んでいたのだ。
私はぎり、と奥歯を噛む。
「まだ……心の準備が」
「準備など要らん。おまえはただ笑って座っていればよい」
父の冷淡な声が突き刺さる。
──また、それ。
私は一人娘なのに、家のために「物」として扱われる。
⸻
夜。
食堂には煌々と燭台が灯され、食卓にはとっておきの銀器が整然と並んでいた。
素晴らしいご馳走が盛り付けられ美味しそうな匂いが立ちのぼる。
父と母が上座に座り、その対面にはサフィール先生と、その家の使者がいる。
……普段の学院での姿しか知らなかったから、思わず目を奪われてしまった。
紅のローブではなく、漆黒の正装に身を包んだサフィール先生は、どこか貴族らしい風格すら漂わせていたのだ。
「んまぁ♡ やっとお嬢様とゆっくり食卓を囲めるのねぇ」
先生がにこやかに手を振る。
「っ……!」
学院と変わらぬ調子なのに、今夜だけはいつも以上に腹立たしい。
両家の使者たちが楽しそうに見守るなか、私の頬は熱くなるばかりだった。
⸻
食事が進むにつれ、場は和やかな笑いで満ちていく。
ただ一人、私は居心地の悪さでいっぱいだった。
黙って座っているのが、まるで「従順なお人形」のようで。
「……私は、まだ認めていませんから」
ついに我慢できずに口を開いた。
すると、サフィール先生はふっと目を細める。
「いいのいいの♡ 認めなくても、婚約はもう決まってるんだから」
「……っ!」
勝ち誇ったような言い方に、思わず睨みつける。
だが先生は怯むどころか、むしろ優しく囁いた。
「でもね、お嬢様。無理に笑う必要なんてないのよ。あなたはあなたのままでいればいいんだから♡」
──どうしてこの人は、こんな時まで余裕なの。
私だけが焦っているみたいで、余計に悔しいのに。
けれどその夜、初めて「婚約者」として先生と同じ食卓を囲んだ記憶は、不覚にも心に深く残ってしまったのだった。
父の言葉に、私は固まった。
執務室でそう告げられたとき、胸の奥で嫌な予感が跳ねる。
「……顔合わせって」
「サフィール殿の家から使いが来ている。婚約者として正式に挨拶の席を設けるのだ」
婚約。
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私はぎり、と奥歯を噛む。
「まだ……心の準備が」
「準備など要らん。おまえはただ笑って座っていればよい」
父の冷淡な声が突き刺さる。
──また、それ。
私は一人娘なのに、家のために「物」として扱われる。
⸻
夜。
食堂には煌々と燭台が灯され、食卓にはとっておきの銀器が整然と並んでいた。
素晴らしいご馳走が盛り付けられ美味しそうな匂いが立ちのぼる。
父と母が上座に座り、その対面にはサフィール先生と、その家の使者がいる。
……普段の学院での姿しか知らなかったから、思わず目を奪われてしまった。
紅のローブではなく、漆黒の正装に身を包んだサフィール先生は、どこか貴族らしい風格すら漂わせていたのだ。
「んまぁ♡ やっとお嬢様とゆっくり食卓を囲めるのねぇ」
先生がにこやかに手を振る。
「っ……!」
学院と変わらぬ調子なのに、今夜だけはいつも以上に腹立たしい。
両家の使者たちが楽しそうに見守るなか、私の頬は熱くなるばかりだった。
⸻
食事が進むにつれ、場は和やかな笑いで満ちていく。
ただ一人、私は居心地の悪さでいっぱいだった。
黙って座っているのが、まるで「従順なお人形」のようで。
「……私は、まだ認めていませんから」
ついに我慢できずに口を開いた。
すると、サフィール先生はふっと目を細める。
「いいのいいの♡ 認めなくても、婚約はもう決まってるんだから」
「……っ!」
勝ち誇ったような言い方に、思わず睨みつける。
だが先生は怯むどころか、むしろ優しく囁いた。
「でもね、お嬢様。無理に笑う必要なんてないのよ。あなたはあなたのままでいればいいんだから♡」
──どうしてこの人は、こんな時まで余裕なの。
私だけが焦っているみたいで、余計に悔しいのに。
けれどその夜、初めて「婚約者」として先生と同じ食卓を囲んだ記憶は、不覚にも心に深く残ってしまったのだった。
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