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過去と影
しおりを挟む人混みの中で、私は先生の隣を歩きながら、落ち着かない気持ちを抱えていた。
「謹慎解除になって良かったわね……」
ようやく声を絞り出す。
「んまぁ♡ おかげさまで、ね」
先生は扇子で口元を隠し、余裕たっぷりに笑っている。
「でも……あの人が動いたから、なんでしょ?」
気づけば、言葉が棘を帯びていた。
⸻
先生はちらりと私を見て、扇子をぱたりと閉じた。
「昔、少しだけね。助けてあげたの。それでお返しをしてもらったの。それだけ」
「……それだけ?」
「ええ♡ でも、今はもう関係ないわ。わたしには“今のお嬢様”がいるもの」
冗談みたいに軽い口調。
なのにその瞳は、冗談ではない熱を秘めているように見えて──胸がどきんと跳ねた。
(……なんで。なんで先生の言葉ひとつで、こんなに揺れるのよ……)
動揺する自分の気持ちを悟られたくなくて、ついつい早足になってしまう。
「あら、どこに行くの?久しぶりの再会なのに。
」
いつも通りの揶揄う態度にとてもとても苛立ってしまう。
先生が言うほど久しぶりでもない。
それは、あの人のおかげで謹慎期間が短くなったおかげだから。
先生を払いたくて、どんどんどんどん奥に進んでいく。
行くてなんてあるわけがない。
とにかく振り払いたくて、急に方向を変えたりしてどんどん進んでいく。
どれほど進んだろう、学園の端まで来てしまった。
今更戻るのもおかしい。
どうしようかと思いつつも足を進めていると、ふと違和感を感じた。
「……魔力の痕跡?」
壁際に、微かに残る魔力の残滓。
昨日の暴走の時に感じた、あの不気味な揺らぎと似ている。
「お嬢様も気づいたのね」
背後から聞こえたのは先生の声。
彼はもう、視線を鋭くしていた。
「これは偶然じゃないわ。何者かが学院の中にも仕込んでいた……」
⸻
背筋がぞくりと震える。
先日の暴走は、やはり誰かの意図的なものだったのだ。
「……先生、私も一緒に調べたい」
恐怖よりも強い気持ちが口から出る。
先生は一瞬だけ驚いたように私を見つめ──そして柔らかく笑った。
「頼もしいこと♡ じゃあ、お嬢様。ふたりで踊りに行きましょうか、この陰謀の舞台へ」
⸻
先生が差し出した手を、私はぎゅっと握りしめた。
胸の奥に芽生える不安と、同時に燃え上がる決意。
(今度こそ……守られるだけじゃなく、私が隣に並んで戦うんだ)
いつもだったら、からかう言葉で返されたかもしれない。
でも今の先生は黙って私の手を握り返してくれた。
強く、それでいて優しく。
伝わるぬくもり。
先生の優しさ。
どんな言葉よりも雄弁に先生の気持ちを私に伝えてくれるような気がした。
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