女だからって舐めないで

禁書庫の残滓

　図書塔の前には教師たちが集まり、結界の修復に追われていた。
　普段は静かな石造りの塔が、今夜は緊迫した空気に包まれている。

「結界は確かに破られていたわ」
　先生が指先で残滓をなぞると、空気が震えた。
「これは……外部の術式と内部の鍵が同時に使われてる」

「やっぱり裏切り者がいるってことか」
　レオンが剣を握りしめる。

⸻

　塔の奥、禁書庫に足を踏み入れると、重苦しい魔力が漂っていた。
　古びた本棚が並び、その一角に黒い焦げ跡のような痕が残っている。

「ここ……何かを燃やした？」
　私は膝をついて跡を見つめた。

　先生がページの切れ端を拾い上げ、目を細める。
「“血統”に関する記述……？」

　そこには、かすれた文字でこう書かれていた。

──特定の血脈のみが開く扉。

⸻

「血脈……？」
　思わず声が震える。

「まさか、お嬢様……」
　レオンが私を振り返る。

「ふふ♡　なるほどね。狙いはお嬢様の“血”そのものかもしれないわ」
　先生の声が低く響き、背筋がぞくりとした。

⸻

「ど、どういうこと……？　私の血？」
「価値あると感じる人にはあるのよ♡少なくとも私には価値あるわ♡」
「急に価値があるとか言われても。……」

　今まで女だからと冷遇され、疎まれてきた。
　それなのに、今度は“血”のせいで狙われると言われても心の整理がつかない。
　

「リディア」
　レオンが肩に手を置く。
「どんな理由であれ、狙われていいわけがない。……俺が守る」

　先生もまた、私を見つめる。
「同じくよ♡　お嬢様の血はわたしのもの。誰にも渡さない」

　二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。
　その真ん中で、私は息を詰めるしかなかった。

⸻

（女だから冷遇されるのも嫌だった。
　でも……“血”のせいで狙われるなんて、訳が分からなくてもっと嫌だ）

　胸の奥に、新たな決意が芽生えていく。

（なら私が、自分の価値を“利用されない形”で示すしかない……！）