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2話:帰還
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当然のことだが、式は中断となった。
だが、参列者は皆奇跡を見にしたと喜んで帰っていったようだ。
ようだと言うのは、女性となったエルヴァンの体調考慮してと言う言い訳で、先に退場したのだ。
帰りの馬車に乗ろうとして、自力で乗ることができなくなっていることにエルヴァンは愕然とした。
それもそうだろう、男性優位のこの国では女性が1人で行動できないような構造になっている。
今のように馬車に乗る時などもそうだ。
誰かが、使用人もしくは伴侶が手を引き腰を引き手伝うのだ。
背が低く、非力になった事を自覚して、ぼんやりしているエルヴァンを、お父様が優しくエスコートして馬車に乗せてくださった。
行きは、私の横にエルヴァン。
向かい合って父が一人で座った。
帰りは、未来の公爵夫人としてお父様の横に座っていただく。
私の態度も婿候補から義母へ対するものへ。
エルヴァンも頭ではわかっているのだろう、ただ心が受け付けないのか、真っ青な顔で、何か言葉を発っそうとして唇を噛んで押しだまる仕草を繰り返していた。
お父様はさりげなく腰に手をずっと回していらっしゃる。
その手はどことなく性的なものをかもしていた。
母が亡くなってから、父にはずっとそういう相手がいなかった。
父もエルヴァンも表情は取り繕っているつもりだろうが、私の目には、父の欲望もエルヴァンの恐怖もよく見えていた。
「エルヴァン、お前を――我が妻として迎える」
改めて宣言された、父のその一言で、馬車の中の空気が凍りついた。
公爵家の家長の言葉。
それは絶対だ。今改めて宣言されて、今やエルヴァンの顔色は白さを通り越して、青みすら感じられた。
かつて「公爵家に婿入りするはずだった男」は、女の身に変えられ、もはや婚約者ではなく、花嫁として扱われることが決まった瞬間だった。
エルヴァンは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめた。否定したい、叫びたい。だが父の言葉に反論はできない。
今の彼には逃げ場は無いのだ。
エルヴァンは喘ぐような呼吸をかろうじてしているような様子だった。
いつだって自信満々。
人を見下す視線しかよこしてこない。
そんな彼の動揺が心地良くて仕方がない。
さらに追い込むために提案してみる。
「お父様。屋敷に戻りましたら、エルヴァン様のお部屋はいかがいたしましょう?
今までのお部屋では差し障りがあると存じます。」
「それもそうだな。」
父は、怪しく動かしていた手を止めた。
エルヴァンはわかりやすく、小さく息を吐いた。
義父となるはずだった人に、腰を撫でられるのはどんな心地がするのだろう。
後で本人に聞いてみるのも楽しいかもしれないと思いながらさらに言葉を重ねた。
「私、思いましたの。エルヴァン様はお父様の妻、つまり公爵夫人になられるわけですし、私の義理の母となられます。
ならば女主人の部屋を使うのがふさわしいかと思います。
それに、お父様はずっとあの部屋を整えていらっしゃったでしょう。
今から客間を用意せずとも、あの部屋でしたらすぐお使いいただけますわ。」
「……そうだな!」
公爵は力強く頷いた。とても良い提案であるかのように。
エルヴァンは思わずイレーネを睨んだが、彼女は柔らかな笑みを浮かべたまま視線を受け流す。
「いえ、それは恐れことです。公爵閣下の奥様への思いが詰まった部屋を俺なんかが使うなんて。」
かつてエルヴァンは父の母への思いを揶揄したことがあった。
確かに一般的に見れば、父の思いは常軌を逸している。
母は亡くなってからも、少なくない公爵夫人のための費用は確保され、毎年のように最新のドレスから下着類小物まで一式用意している。
読みもしない婦人雑誌まで購入されて、部屋に置かれていたりする。
当然部屋の手入れは毎日され、シーツも変えられ、花まで生けられている。
暇を見つけては父はその部屋に入り浸り母を偲んで過ごしているのだ。
エルヴァンは狂気の部屋と馬鹿にしていた。
いずれ自分が公爵となったら、その無駄な費用は最初に削減するとまで私に言ったのだ。
そんな部屋を使うなんて嫌だろう。
必死で言葉を探し、断ろうとしている。
「それに、大切なお母様の思い出が詰まったお部屋を使うのはイレーネ嬢も本当は嫌なのではないでしょうか?
俺は、今までの部屋で充分です。
むしろ、今までの部屋の方が落ち着いて、今後の事などをじっくり考えられるかと思います。
特別な配慮をいただき誠にありがたいのですが、これ以上は心苦しく思います。」
いつも理路整然と話す彼らしくなく、しどろもどろでぼそぼそと反論する。
そんなこと聞くわけないじゃない。
「いいえ、構わないわ。あの部屋はずっと使われないまま手入れを続けていて、いろいろなところに負担をかけていたわ。あなたもそのことを気にしていたじゃない?
だから、あなたが使ってくだされば、問題は解決すると思うの。公爵夫人となるあなた以外にふさわしい人はいないわ。むしろ、私はあなたに使っていただきたいの。お父様。お父様もそうお考えになるでしょう?」
「あ、イレーネの言う通りだな。遠慮深いところが君の美徳だ。
子爵家で苦労してきたと聞いている。
だが、もう立場は違うのだ。
公爵夫人としてふさわしい待遇を自分のものとして受け入れる訓練が必要だ。
なにも心配はいらない。」
「ええ、お父様のおっしゃる通りよ。」
私たちの言葉に観念したようにエルヴァンはぎゅっと目を閉じてしまった。
父は、
「具合が悪いのか?私に寄り掛かると良い。」
と、言ってエルヴァンを引き寄せていた。
より密着する2人を見て、私は忍び笑いを扇の下に隠した。
◆◆
馬車は屋敷に到着した。
先触れが状況を伝えていたのだろう。
使用人が勢ぞろいして私たちを出迎えた。
エルヴァンは父に抱き抱えられるようにして馬車から降りた。
降りた瞬間に皆から拍手やら歓声上がる。
「おめでとうございます。」
「素晴らしい奇跡を受けられたとか。」
「私たち一同、奥様に感謝を。」
皆、笑顔で似たようなことを言う。
祝福の言葉、感謝の言葉、歓迎の言葉。
ただ、笑顔も言葉もどこか嘘くさい。
彼らは、心の中で下住んでいるのだ。
笑っているのだ。
エルヴァンの事を。
彼らが歓迎すればするほどエルヴァンの心は削れていくのだろう。
それがわかっているからこそ、手を止めることもない。
父は、全く気づいていない。
歓迎を歓迎として受け止め、エルヴァンに母の部屋を使わせる事、エルヴァンを女主人として扱うように伝えた。
皆、「もちろんでございます。」とうなづいている。
この本を読んで、もう一度断ろうとするエルヴァンの言葉を遮って、お部屋に案内すると言う侍女の声がした。
女主人とするならば、言葉を遮るのは失礼にあたる。
だが、それを指摘するものは誰もいない。
父も「疲れているだろうから、部屋でくつろぐと良い。」と、言ってエルヴァンをエスコートする。
公爵家で厚遇を受けているはずなのにエスコートされる姿は連行される犯罪者のようだ。
公爵邸の奥。そこにある「女主人の部屋」は、今すぐにでも使える状態になっていた。
亡き夫人がこの部屋を使った事は1度もない。
だが、父の希望でも、夫人がいるかのように整えられていた。
美しい調度品。
ドレッサーには香水と櫛が並び、寝台には真新しいシーツが張られている。
そして、壁一面に、様々な大きさの亡き夫人の肖像画が飾られていた。
父の妻への執着が、部屋の隅々にまで滲んでいた。
「どうだ、気に入ってくれただろう?君の好きな色、好みの調度品を集めたのだ。
いや、勘違いしたな。
君はエルヴァンだった。
生き写しだからついつい勘違いしてしまう。
これが妻の好きだったものだ。
君も気に入ってくれると良い。
今日からは――我が妻として、ここで暮らすと良い。今後の事は何一つ心配しなくていい。」
公爵は誇らしげに言った。
所々、怖い発言があったのにも気づかず。
案の定、エルヴァンは震えていた。
死人の身代わりに愛されるってどういう気持ちなのかしら?
ここは正しく、父の狂愛の檻。
とらわれる彼に、ほんのちょっぴり同情を覚える。
同情以上に胸がすく思いもしているけども。
「お父様。
お部屋の説明はそれほどにして。
エルヴァン様を休ませて差し上げたらいかがでしょう。
堅苦しい男性の衣装を着てさぞ苦しいかと思います。」
「それもそうだな。
気づかなかった。」
「お父様だいぶ浮かれていらっしゃるご様子。
女の事は同性である。私の方がわかることもあります。私にお任せください。」
「さあ、湯浴みの準備を早急になさい。
礼服は脱いでいただいて、湯浴み用の服に着替えさせて。」
「はい。ただいま準備いたします」
控えていた侍女がうやうやしく頭を下げ、それぞれの準備にかかる。
数人が衣装室に数人が浴室へ。
また、数人がお茶をテーブルの上に用意している。
その様子をエルヴァンは落ち着かない様子で見ている。
「今までのエルヴァン様はご自分である程度の事はされていたかと思いますが、公爵夫人となられるのですから身の回りの事は使用人にお任せください。高貴な奥方は何事も自分で行わず、人にやらせるものです。」
「そんな。」
絶句して立ち尽くすエルヴァン。
「さぁ、ほどなくして用意も整うでしょう。
その間お茶でもいかが?
気持ちが落ち着く作用のあるお茶を用意させました。」
「そうだな。何も口にしていないであろう。」
呆然とするエルヴァンも父の目には母生き写しに見えているのだろう。
私の目には、ただ女性化したエルヴァンの姿が見えているのだが。
その人にとって最も魅力的に見える術は、父には、母に生き写しに、私には元のエルヴァンの容貌が女性化したように見える。
確かに、私が見たいのは母の歪む顔ではない。
エルヴァンが屈辱に塗れる姿が見たいのだ。
なんとも不思議なことだが、私にとってはこの上なく都合の良いことだ。
父の横に座らされ、震えるける手でカップを傾ける。
震えすぎてこぼしてしまう。
そんな粗相すら愛おしいのか目を細めている父。
程なくして準備が整い、浴室に連れて行かれるエルヴァン。
叫び声が聞こえて、覗いてみると
「触るな」
怒っている。
「あら、どうなさったの?」
侍女達が言うには、服を脱がされそうになって怒鳴って抵抗したらしい。
「あら、先ほど申し上げました通り、高貴な奥方は、1人で、入浴はもちろん着替えもしませんわ。すべて使用人にお任せください。」
「嫌だ!」
強く抵抗しにらみつけてくる。
「もっと人手を増やしましょう。」
私は、エルヴァンの言葉を無視して命令した。
何人もの侍女が集まり押さえつけて服を脱がす。
「その服はもう使うことがないから破れてしまっても構わなくてよ。」
今日の儀式のために公爵家で用意した礼服。
でも、もうエルヴァンが着る事はない。
抵抗も虚しく、エルヴァンは男物の礼服を剥ぎ取られた。
今のエルヴァンは非力だ。
侍女に叶うはずもない。
本来なら湯浴み用の衣装を身につけて所だが、着せる余裕はないので真っ裸だ。
浴場に連れて行かれると、更に数人の侍女が待ち構えていた。
裸を見られてエルヴァンは真っ赤になっている。
侍女たちに囲まれ、湯桶で湯をかけられ、石鹸の泡で隅々まで擦られる。
「やめろ。やめてくれ!」
その懇願は、聞き入れられるはずもない。
それどころか
「まあ、きめ細かな肌……」
「こんなに形のよい胸……まるで人形のようでございます」
様々な褒め言葉がかけられる。
褒め言葉は褒め言葉だが、悪意がこもっている。それをエルヴァンも感じ取っているのだろう。羞恥と屈辱で耳まで真っ赤になった。
その後、バラの花びらを浮かせた、湯船につかる所までは確認した。
その頃にはエルヴァンはグッタリしていた。
おそらく、体を洗いながら何か悪戯か報復を受けたのであろう。
真っ裸で人の世話を受けるには、信頼が必要だ。
その人に仕えたいと言う忠誠心もいるであろう。
エルヴァンはそのどれもない。
あるのは恨み憎しみ。
非力で無防備になった今、今までの行動のつけをただ受け入れるしかない。
湯浴みから出たエルヴァンは黒の総レースの肌が透けて見えるセクシーなガウンを身につけさせられていた。
繊細な作りのレース。職人の手作り。
素晴らしく高価なものだが、あまりガウンの役目を果たしていない。
本来は寝巻きの上に羽織るものだと思われるが侍女達はこれを用意した。
当然、一悶着あった。
「きれない。」
と、いうエルヴァン。
「裸でお過ごしになりますか?」
と、答える侍女。
何とかやりとりがあってエルヴァンは折れたらしい。
出てきたエルヴァンを見る父は男だった。
確かに黒レースの下から覗く肌は、真っ白で女の私の目から見てもなまめかしく映った。
だが、父は紳士だった。
「疲れているだろうから、今日は1人で休みなさい。」
今日は。今日はとおっしゃったわ。
私は笑い出しそうになるのを堪えた。
近い将来エルヴァンは父と床を共にするのだと宣言されたのだ。
男だったエルヴァンにとって、どれほど耐え難い言葉であろうか。
想像するだけで、ぞくぞくする。
1人、笑いを堪えている私をよそにと進んでいく。
父は部屋を出て行き侍女が寝間着を持ってきた。
エルヴァンは用意された寝巻きを見て、絶句していた。
胸元の大きく開いた、透けるような生地のセクシーなものだった。
「……他には、ないのか」
無駄な抵抗をしようとするエルヴァン。
彼が描けば描くほど、侍女も私も喜ぶことにまだ気づいていない。
侍女が他のものを持ってきてくれる。
だが、どれも何ともセクシーなものだった。
丈の異様に短いもの。
丈はあっても左右に深いスリットが入っているもの。
衣服としての体裁を保っていないものすらあった。
なんと表現して良いのか、布面積がほぼない。
それ以上は、口にすることもはばかられるようなもの。
私は、父が亡き母のためにどのような品を用意していたかは把握していない。
このような服を着せたいと思っている父にちょっと、いやかなり引いていた。
エルヴァンは見せられるたびにじりじりと後ずさり、力なく、首を左右に振っていた。最後に
「裸でお休みになられますか?」
と言われ、初めに見せられた。胸元が開いた透けた寝巻きを身につけていた。
侍女に寝室に連れていかれたのを見て、私も自室に戻った。
エルヴァンは寝てる時も横に侍女が控えていることに我慢ができるだろうか。
貧乏子爵家で苦労したと言うが、その分自由もあったはず。
高位の貴族には高位なりの苦労があることを、これから少しずつ身をもって学んでいって欲しい。
エルヴァンが早く順応できるように、ほんの数秒だけお祈りしてあげた。
◆
翌朝。
私は、この上なく爽やかな気持ちで目覚めた。
様々な問題から解放された。
それは、この上ない幸せだった。
朝日が差し込む。
今日は晴天のようだ。
何気ない風景すらも私の幸福感を上げてくれる。
私は、呼び鈴を鳴らした。
侍女がすぐ来て、
「お目覚めですか?」
と、聞いてくる。
「よく眠れて今日はとても良い気持ちで起きれたわ。
お義母様のおかげね。ご機嫌伺いに行きたいのだけれども、どのような様子かしら?」
侍女の報告によると、エルヴァンはほぼ眠っていないようだった。
夜中、何度も寝返りを打ち、起き上がり、そのたびに侍女に声をかけられ、驚き、
何度も水を飲み、ご不浄に行って、そのたびに悲鳴やうめき声、嗚咽を漏らしていたらしい。
朝は、朝日に照らされた、自分の格好を見て、布団の中に潜り込んでしまったと。
「それは大変ね。まだ現状が受け入れられないのでしょう。おいたわしい事。」
私は、エルヴァンの元へ向かった。
娘となった今は部屋に入っても、誰も何も咎めるものはいない。
「おはようございます。お義母様。ご気分がすぐれないご様子と伺ってお見舞いに参りました。」
私の声に反応してエルヴァンが飛び起きた。
「うるさい!誰がお義母様だ!」
その姿を見て、私は声を上げて笑ってしまった。
「まぁ、その格好がずいぶんお気に召したご様子。
淑女はいつまでもそのような夜の格好でいてはなりませんわ。侍女にデイドレスを持ってくるようにお命じになりました?お命じにならなければずっとそのままですわよ。」
本当は、そのようなこともないのだが、私はわざとらしくデイドレスを持ってくるように命じた。
「早く、女主人としてのお振る舞いを早く身につけられますように願っておりますわ。」
悔しさで拳を握り締めふるわせているエルヴァン。
そう、私はずっとこの姿が見たかった。
もう少し眺めていたかったがそこへ侍女がやってきた。手に抱えているのは、フリフリの子供用デイドレス。
あれは、私が少女だった時のものだ。
「昨夜は、大人びたデザインのお寝巻きを嫌がられたので、可愛らしいものを探しご用意しました。」
「まぁ、懐かしい。私の子供の頃のドレスね。着れるように直すのに手間がかかったでしょう?」
「はい。針子が数人徹夜いたしました。」
「あら?大丈夫なの?」
「奥様のためでしたらと志願者が何人もおりまして。ご希望でしたらば、他の衣装も直す準備が整っております。」
「まぁ、お義母様は皆に慕われておりますわね。」
私たちの茶番を見て
エルヴァンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「こんなもの着られるか!」
「残念でございます。」
侍女は涼しい顔で微笑んだ。
断られる事は織り込み済みなのだろう。
「では、何か他のデイドレスを用意して差し上げて。公爵夫人としてふさわしい装いで。急がないと。このままでは朝食に間に合わないわ。」
「朝食なぞいらん!」
「まぁ、お体の具合でもすぐれませんの?」
「お前は、俺の調子が良いとでも思っているのか!?」
可愛らしい声で、キャンキャン吠えるエルヴァン様。
「どうしたのだ?」
とうとう、父が心配して部屋に入ってきてしまった。
本来、父は夜も一緒に過ごしたかったはずだ。
それを堪えていたのだから私と同じように、エルヴァンの様子の報告を受けていてもたってもいられず、訪ねてきたのだろう。
「お父様。エルヴァン様は体調が優れないそうですわ。私配慮が足りませんでした。何しろ昨日お体が変わったばかりでしたもの。本来なら昨日にでもお医者様に見ていただくべきでしたわ。」
イレーネが心配げに父へ告げる。
公爵は頷き、すぐにお抱え医師を呼び寄せた。
ほどなくして、医師はやってきた。
「嫌だ。診察等受けない。」
布団の中に潜り込むエルヴァン様は駄々っ子のようだった。
侍女に布団を剥がされ、寝台に押さえつけられる。大きく開いた胸元も暴れて巻く上がった裾もそのままで診察を受ける。
エルヴァンの目には羞恥で涙がにじんでいた。
医師はエルヴァンの格好に一瞬たじろいた様子だが、平静を装い、体に手をかざした。
医師は光の魔法の使い手だ。
手からは光を発し、体の隅々までかざして診ていく。
光は完全にエルヴァンの裸体を透かした。
隅から隅まで見られる恥辱。
エルヴァンは顔だけでなく、体も真っ赤に染めた。
その様子も、父と私、侍女達にしっかりと見届けられた。
医師は全身を見てから、父に診断を告げた。
「健康そのもの。女性としても十分成熟しておられる。……すぐにでも子を産めますな。」
医師は、どうやら診察の目的を勘違いしたようだ。
そこまでは求めていなかったのだが、結果、父は喜びエルヴァンの絶望は深まった。
思った以上に良い効果が生まれている。
人生、うまくいく時はとことんうまくいくようだ。
医師の診察が終わり、着替えのために今更ながら父は部屋を出て行った。
ほぼ、全裸を見たのだから、本当に今更なのだが。
「子供用の服以外は、コルセットが必須でございます。初めてでは辛いかと思いますがよろしゅうございますか?」
侍女が淡々と告げる。
エルヴァンは「子供服よりはマシだ」と答えた。
侍女が用意したデイドレスのデザインが落ち着いて見えたのだろう。
だが、ドレスを着る前に苦難があるとは夢にも思っていないであろう。
まず、下着。
当然、女性の下着を身に付けることになる。しぶしぶ身に付けた後、コルセットを締めるのだ。
侍女は容赦なくコルセットを締め上げた。
デザインがおとなしい、体の線を強調するドレス だったのだ。
締め付けなければ身に付けることはできない。
ぎゅうと絞められる度にエルヴァンは息を詰まらせた。
「は……っ、くるしい……!」
思わず弱音を吐く。
笑みを浮かべた侍女たちの手が、さらに紐を引いた。
私は椅子に座り、何も言わずその光景を見つめた。
さすがに、もう少ししたら止めてあげよう。
こんなところで壊れてしまっては、元も子もない。他にも復讐したい人がいっぱいいるのだから
◆
何とかドレスを見にまとったエルヴァンと
朝食の席に着いた。
エルヴァンの息は浅く、顔色は悪い。
「そのドレスもとてもよく似合っている。
君の好きな色を出すのに苦労したのだ。
こうして着てもらえる日が来るなんて。」
うっとりと、そんなことを言ってくる父はほんとに狂ってると思う。
肝心のエルヴァン自身は苦しそうなのに。
父の中ではエルヴァンと亡くなった母が別のものだととことどころ認識できなくなっているようだ。
「あら、お父様。これは亡くなった母が好きだった色で、エルヴァン様の好きな色ではありませんよ?」
「あー、そうだったな。すまない。そのうち君にも好きになってもらえたらと思う。」
父は昨日ない謝罪をしてから、唐突に
「盛大な結婚式を挙げたいと思う。」
と、言ってきた。
エルヴァンの血の気が引いた。
「私は、まだ学生で、最終学年で、卒論もありますし、学業に専念を。」
父は
「学園は退学するしかなかろう。君には、学業よりも淑女の教育を受けねばならん。公爵家婦人として恥ずかしくない振る舞いを身に付けなければならない。心配いらない。退学の手続きも家庭教師の選別も始めている。」
「あの、友人と共同で研究している内容もありますし、突然退学すれば迷惑をかけてしまいます。」
「そのお姿で、共同研究に戻った方が相手にご迷惑をかけてしまうのではないですか?今のエルヴァン様は女性なのですし、研究とは言え異性と過ごすのは問題かと思いますよ。」
「しかし、何の挨拶もなくいなくなるわけには。」
「では、彼らには公爵家から手紙を出そう迷惑料としていくばくか研究資金を提供しても良い。挨拶したいのであれば、結婚式に彼らも呼ぶと良い。そうだな。正式な式と学園関係者を呼ぶ式と複数会行っても良いな。紹介してくださった第4王子の顔も立つ形に収めるにはどうしたら良いかな?
第4王子が取り仕切る卒業パーティーに出資しようか、在学させるわけにはいかないが、卒業式卒業パーティーに来賓として出席することは可能だ。私の妻として同伴させてやろう。それでどうだ?」
次から次へとありえない提案をされる。
使用人たちは冷笑している。
幸せそうな表情なのは父だけだ。
とうとう、耐えきれなくなったのか
エルヴァン椅子ごと床に崩れ落ちた。
「どうしたのだ!!」
父が叫ぶ。
「気絶なさったみたいですわね。お部屋で休ませて差し上げて。あ、お医者様も念のために呼んでみていただくといいわ」
とりあえずは休ませて差し上げないと、まだまだお楽しみの時間はこれからなのだから。
だが、参列者は皆奇跡を見にしたと喜んで帰っていったようだ。
ようだと言うのは、女性となったエルヴァンの体調考慮してと言う言い訳で、先に退場したのだ。
帰りの馬車に乗ろうとして、自力で乗ることができなくなっていることにエルヴァンは愕然とした。
それもそうだろう、男性優位のこの国では女性が1人で行動できないような構造になっている。
今のように馬車に乗る時などもそうだ。
誰かが、使用人もしくは伴侶が手を引き腰を引き手伝うのだ。
背が低く、非力になった事を自覚して、ぼんやりしているエルヴァンを、お父様が優しくエスコートして馬車に乗せてくださった。
行きは、私の横にエルヴァン。
向かい合って父が一人で座った。
帰りは、未来の公爵夫人としてお父様の横に座っていただく。
私の態度も婿候補から義母へ対するものへ。
エルヴァンも頭ではわかっているのだろう、ただ心が受け付けないのか、真っ青な顔で、何か言葉を発っそうとして唇を噛んで押しだまる仕草を繰り返していた。
お父様はさりげなく腰に手をずっと回していらっしゃる。
その手はどことなく性的なものをかもしていた。
母が亡くなってから、父にはずっとそういう相手がいなかった。
父もエルヴァンも表情は取り繕っているつもりだろうが、私の目には、父の欲望もエルヴァンの恐怖もよく見えていた。
「エルヴァン、お前を――我が妻として迎える」
改めて宣言された、父のその一言で、馬車の中の空気が凍りついた。
公爵家の家長の言葉。
それは絶対だ。今改めて宣言されて、今やエルヴァンの顔色は白さを通り越して、青みすら感じられた。
かつて「公爵家に婿入りするはずだった男」は、女の身に変えられ、もはや婚約者ではなく、花嫁として扱われることが決まった瞬間だった。
エルヴァンは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめた。否定したい、叫びたい。だが父の言葉に反論はできない。
今の彼には逃げ場は無いのだ。
エルヴァンは喘ぐような呼吸をかろうじてしているような様子だった。
いつだって自信満々。
人を見下す視線しかよこしてこない。
そんな彼の動揺が心地良くて仕方がない。
さらに追い込むために提案してみる。
「お父様。屋敷に戻りましたら、エルヴァン様のお部屋はいかがいたしましょう?
今までのお部屋では差し障りがあると存じます。」
「それもそうだな。」
父は、怪しく動かしていた手を止めた。
エルヴァンはわかりやすく、小さく息を吐いた。
義父となるはずだった人に、腰を撫でられるのはどんな心地がするのだろう。
後で本人に聞いてみるのも楽しいかもしれないと思いながらさらに言葉を重ねた。
「私、思いましたの。エルヴァン様はお父様の妻、つまり公爵夫人になられるわけですし、私の義理の母となられます。
ならば女主人の部屋を使うのがふさわしいかと思います。
それに、お父様はずっとあの部屋を整えていらっしゃったでしょう。
今から客間を用意せずとも、あの部屋でしたらすぐお使いいただけますわ。」
「……そうだな!」
公爵は力強く頷いた。とても良い提案であるかのように。
エルヴァンは思わずイレーネを睨んだが、彼女は柔らかな笑みを浮かべたまま視線を受け流す。
「いえ、それは恐れことです。公爵閣下の奥様への思いが詰まった部屋を俺なんかが使うなんて。」
かつてエルヴァンは父の母への思いを揶揄したことがあった。
確かに一般的に見れば、父の思いは常軌を逸している。
母は亡くなってからも、少なくない公爵夫人のための費用は確保され、毎年のように最新のドレスから下着類小物まで一式用意している。
読みもしない婦人雑誌まで購入されて、部屋に置かれていたりする。
当然部屋の手入れは毎日され、シーツも変えられ、花まで生けられている。
暇を見つけては父はその部屋に入り浸り母を偲んで過ごしているのだ。
エルヴァンは狂気の部屋と馬鹿にしていた。
いずれ自分が公爵となったら、その無駄な費用は最初に削減するとまで私に言ったのだ。
そんな部屋を使うなんて嫌だろう。
必死で言葉を探し、断ろうとしている。
「それに、大切なお母様の思い出が詰まったお部屋を使うのはイレーネ嬢も本当は嫌なのではないでしょうか?
俺は、今までの部屋で充分です。
むしろ、今までの部屋の方が落ち着いて、今後の事などをじっくり考えられるかと思います。
特別な配慮をいただき誠にありがたいのですが、これ以上は心苦しく思います。」
いつも理路整然と話す彼らしくなく、しどろもどろでぼそぼそと反論する。
そんなこと聞くわけないじゃない。
「いいえ、構わないわ。あの部屋はずっと使われないまま手入れを続けていて、いろいろなところに負担をかけていたわ。あなたもそのことを気にしていたじゃない?
だから、あなたが使ってくだされば、問題は解決すると思うの。公爵夫人となるあなた以外にふさわしい人はいないわ。むしろ、私はあなたに使っていただきたいの。お父様。お父様もそうお考えになるでしょう?」
「あ、イレーネの言う通りだな。遠慮深いところが君の美徳だ。
子爵家で苦労してきたと聞いている。
だが、もう立場は違うのだ。
公爵夫人としてふさわしい待遇を自分のものとして受け入れる訓練が必要だ。
なにも心配はいらない。」
「ええ、お父様のおっしゃる通りよ。」
私たちの言葉に観念したようにエルヴァンはぎゅっと目を閉じてしまった。
父は、
「具合が悪いのか?私に寄り掛かると良い。」
と、言ってエルヴァンを引き寄せていた。
より密着する2人を見て、私は忍び笑いを扇の下に隠した。
◆◆
馬車は屋敷に到着した。
先触れが状況を伝えていたのだろう。
使用人が勢ぞろいして私たちを出迎えた。
エルヴァンは父に抱き抱えられるようにして馬車から降りた。
降りた瞬間に皆から拍手やら歓声上がる。
「おめでとうございます。」
「素晴らしい奇跡を受けられたとか。」
「私たち一同、奥様に感謝を。」
皆、笑顔で似たようなことを言う。
祝福の言葉、感謝の言葉、歓迎の言葉。
ただ、笑顔も言葉もどこか嘘くさい。
彼らは、心の中で下住んでいるのだ。
笑っているのだ。
エルヴァンの事を。
彼らが歓迎すればするほどエルヴァンの心は削れていくのだろう。
それがわかっているからこそ、手を止めることもない。
父は、全く気づいていない。
歓迎を歓迎として受け止め、エルヴァンに母の部屋を使わせる事、エルヴァンを女主人として扱うように伝えた。
皆、「もちろんでございます。」とうなづいている。
この本を読んで、もう一度断ろうとするエルヴァンの言葉を遮って、お部屋に案内すると言う侍女の声がした。
女主人とするならば、言葉を遮るのは失礼にあたる。
だが、それを指摘するものは誰もいない。
父も「疲れているだろうから、部屋でくつろぐと良い。」と、言ってエルヴァンをエスコートする。
公爵家で厚遇を受けているはずなのにエスコートされる姿は連行される犯罪者のようだ。
公爵邸の奥。そこにある「女主人の部屋」は、今すぐにでも使える状態になっていた。
亡き夫人がこの部屋を使った事は1度もない。
だが、父の希望でも、夫人がいるかのように整えられていた。
美しい調度品。
ドレッサーには香水と櫛が並び、寝台には真新しいシーツが張られている。
そして、壁一面に、様々な大きさの亡き夫人の肖像画が飾られていた。
父の妻への執着が、部屋の隅々にまで滲んでいた。
「どうだ、気に入ってくれただろう?君の好きな色、好みの調度品を集めたのだ。
いや、勘違いしたな。
君はエルヴァンだった。
生き写しだからついつい勘違いしてしまう。
これが妻の好きだったものだ。
君も気に入ってくれると良い。
今日からは――我が妻として、ここで暮らすと良い。今後の事は何一つ心配しなくていい。」
公爵は誇らしげに言った。
所々、怖い発言があったのにも気づかず。
案の定、エルヴァンは震えていた。
死人の身代わりに愛されるってどういう気持ちなのかしら?
ここは正しく、父の狂愛の檻。
とらわれる彼に、ほんのちょっぴり同情を覚える。
同情以上に胸がすく思いもしているけども。
「お父様。
お部屋の説明はそれほどにして。
エルヴァン様を休ませて差し上げたらいかがでしょう。
堅苦しい男性の衣装を着てさぞ苦しいかと思います。」
「それもそうだな。
気づかなかった。」
「お父様だいぶ浮かれていらっしゃるご様子。
女の事は同性である。私の方がわかることもあります。私にお任せください。」
「さあ、湯浴みの準備を早急になさい。
礼服は脱いでいただいて、湯浴み用の服に着替えさせて。」
「はい。ただいま準備いたします」
控えていた侍女がうやうやしく頭を下げ、それぞれの準備にかかる。
数人が衣装室に数人が浴室へ。
また、数人がお茶をテーブルの上に用意している。
その様子をエルヴァンは落ち着かない様子で見ている。
「今までのエルヴァン様はご自分である程度の事はされていたかと思いますが、公爵夫人となられるのですから身の回りの事は使用人にお任せください。高貴な奥方は何事も自分で行わず、人にやらせるものです。」
「そんな。」
絶句して立ち尽くすエルヴァン。
「さぁ、ほどなくして用意も整うでしょう。
その間お茶でもいかが?
気持ちが落ち着く作用のあるお茶を用意させました。」
「そうだな。何も口にしていないであろう。」
呆然とするエルヴァンも父の目には母生き写しに見えているのだろう。
私の目には、ただ女性化したエルヴァンの姿が見えているのだが。
その人にとって最も魅力的に見える術は、父には、母に生き写しに、私には元のエルヴァンの容貌が女性化したように見える。
確かに、私が見たいのは母の歪む顔ではない。
エルヴァンが屈辱に塗れる姿が見たいのだ。
なんとも不思議なことだが、私にとってはこの上なく都合の良いことだ。
父の横に座らされ、震えるける手でカップを傾ける。
震えすぎてこぼしてしまう。
そんな粗相すら愛おしいのか目を細めている父。
程なくして準備が整い、浴室に連れて行かれるエルヴァン。
叫び声が聞こえて、覗いてみると
「触るな」
怒っている。
「あら、どうなさったの?」
侍女達が言うには、服を脱がされそうになって怒鳴って抵抗したらしい。
「あら、先ほど申し上げました通り、高貴な奥方は、1人で、入浴はもちろん着替えもしませんわ。すべて使用人にお任せください。」
「嫌だ!」
強く抵抗しにらみつけてくる。
「もっと人手を増やしましょう。」
私は、エルヴァンの言葉を無視して命令した。
何人もの侍女が集まり押さえつけて服を脱がす。
「その服はもう使うことがないから破れてしまっても構わなくてよ。」
今日の儀式のために公爵家で用意した礼服。
でも、もうエルヴァンが着る事はない。
抵抗も虚しく、エルヴァンは男物の礼服を剥ぎ取られた。
今のエルヴァンは非力だ。
侍女に叶うはずもない。
本来なら湯浴み用の衣装を身につけて所だが、着せる余裕はないので真っ裸だ。
浴場に連れて行かれると、更に数人の侍女が待ち構えていた。
裸を見られてエルヴァンは真っ赤になっている。
侍女たちに囲まれ、湯桶で湯をかけられ、石鹸の泡で隅々まで擦られる。
「やめろ。やめてくれ!」
その懇願は、聞き入れられるはずもない。
それどころか
「まあ、きめ細かな肌……」
「こんなに形のよい胸……まるで人形のようでございます」
様々な褒め言葉がかけられる。
褒め言葉は褒め言葉だが、悪意がこもっている。それをエルヴァンも感じ取っているのだろう。羞恥と屈辱で耳まで真っ赤になった。
その後、バラの花びらを浮かせた、湯船につかる所までは確認した。
その頃にはエルヴァンはグッタリしていた。
おそらく、体を洗いながら何か悪戯か報復を受けたのであろう。
真っ裸で人の世話を受けるには、信頼が必要だ。
その人に仕えたいと言う忠誠心もいるであろう。
エルヴァンはそのどれもない。
あるのは恨み憎しみ。
非力で無防備になった今、今までの行動のつけをただ受け入れるしかない。
湯浴みから出たエルヴァンは黒の総レースの肌が透けて見えるセクシーなガウンを身につけさせられていた。
繊細な作りのレース。職人の手作り。
素晴らしく高価なものだが、あまりガウンの役目を果たしていない。
本来は寝巻きの上に羽織るものだと思われるが侍女達はこれを用意した。
当然、一悶着あった。
「きれない。」
と、いうエルヴァン。
「裸でお過ごしになりますか?」
と、答える侍女。
何とかやりとりがあってエルヴァンは折れたらしい。
出てきたエルヴァンを見る父は男だった。
確かに黒レースの下から覗く肌は、真っ白で女の私の目から見てもなまめかしく映った。
だが、父は紳士だった。
「疲れているだろうから、今日は1人で休みなさい。」
今日は。今日はとおっしゃったわ。
私は笑い出しそうになるのを堪えた。
近い将来エルヴァンは父と床を共にするのだと宣言されたのだ。
男だったエルヴァンにとって、どれほど耐え難い言葉であろうか。
想像するだけで、ぞくぞくする。
1人、笑いを堪えている私をよそにと進んでいく。
父は部屋を出て行き侍女が寝間着を持ってきた。
エルヴァンは用意された寝巻きを見て、絶句していた。
胸元の大きく開いた、透けるような生地のセクシーなものだった。
「……他には、ないのか」
無駄な抵抗をしようとするエルヴァン。
彼が描けば描くほど、侍女も私も喜ぶことにまだ気づいていない。
侍女が他のものを持ってきてくれる。
だが、どれも何ともセクシーなものだった。
丈の異様に短いもの。
丈はあっても左右に深いスリットが入っているもの。
衣服としての体裁を保っていないものすらあった。
なんと表現して良いのか、布面積がほぼない。
それ以上は、口にすることもはばかられるようなもの。
私は、父が亡き母のためにどのような品を用意していたかは把握していない。
このような服を着せたいと思っている父にちょっと、いやかなり引いていた。
エルヴァンは見せられるたびにじりじりと後ずさり、力なく、首を左右に振っていた。最後に
「裸でお休みになられますか?」
と言われ、初めに見せられた。胸元が開いた透けた寝巻きを身につけていた。
侍女に寝室に連れていかれたのを見て、私も自室に戻った。
エルヴァンは寝てる時も横に侍女が控えていることに我慢ができるだろうか。
貧乏子爵家で苦労したと言うが、その分自由もあったはず。
高位の貴族には高位なりの苦労があることを、これから少しずつ身をもって学んでいって欲しい。
エルヴァンが早く順応できるように、ほんの数秒だけお祈りしてあげた。
◆
翌朝。
私は、この上なく爽やかな気持ちで目覚めた。
様々な問題から解放された。
それは、この上ない幸せだった。
朝日が差し込む。
今日は晴天のようだ。
何気ない風景すらも私の幸福感を上げてくれる。
私は、呼び鈴を鳴らした。
侍女がすぐ来て、
「お目覚めですか?」
と、聞いてくる。
「よく眠れて今日はとても良い気持ちで起きれたわ。
お義母様のおかげね。ご機嫌伺いに行きたいのだけれども、どのような様子かしら?」
侍女の報告によると、エルヴァンはほぼ眠っていないようだった。
夜中、何度も寝返りを打ち、起き上がり、そのたびに侍女に声をかけられ、驚き、
何度も水を飲み、ご不浄に行って、そのたびに悲鳴やうめき声、嗚咽を漏らしていたらしい。
朝は、朝日に照らされた、自分の格好を見て、布団の中に潜り込んでしまったと。
「それは大変ね。まだ現状が受け入れられないのでしょう。おいたわしい事。」
私は、エルヴァンの元へ向かった。
娘となった今は部屋に入っても、誰も何も咎めるものはいない。
「おはようございます。お義母様。ご気分がすぐれないご様子と伺ってお見舞いに参りました。」
私の声に反応してエルヴァンが飛び起きた。
「うるさい!誰がお義母様だ!」
その姿を見て、私は声を上げて笑ってしまった。
「まぁ、その格好がずいぶんお気に召したご様子。
淑女はいつまでもそのような夜の格好でいてはなりませんわ。侍女にデイドレスを持ってくるようにお命じになりました?お命じにならなければずっとそのままですわよ。」
本当は、そのようなこともないのだが、私はわざとらしくデイドレスを持ってくるように命じた。
「早く、女主人としてのお振る舞いを早く身につけられますように願っておりますわ。」
悔しさで拳を握り締めふるわせているエルヴァン。
そう、私はずっとこの姿が見たかった。
もう少し眺めていたかったがそこへ侍女がやってきた。手に抱えているのは、フリフリの子供用デイドレス。
あれは、私が少女だった時のものだ。
「昨夜は、大人びたデザインのお寝巻きを嫌がられたので、可愛らしいものを探しご用意しました。」
「まぁ、懐かしい。私の子供の頃のドレスね。着れるように直すのに手間がかかったでしょう?」
「はい。針子が数人徹夜いたしました。」
「あら?大丈夫なの?」
「奥様のためでしたらと志願者が何人もおりまして。ご希望でしたらば、他の衣装も直す準備が整っております。」
「まぁ、お義母様は皆に慕われておりますわね。」
私たちの茶番を見て
エルヴァンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「こんなもの着られるか!」
「残念でございます。」
侍女は涼しい顔で微笑んだ。
断られる事は織り込み済みなのだろう。
「では、何か他のデイドレスを用意して差し上げて。公爵夫人としてふさわしい装いで。急がないと。このままでは朝食に間に合わないわ。」
「朝食なぞいらん!」
「まぁ、お体の具合でもすぐれませんの?」
「お前は、俺の調子が良いとでも思っているのか!?」
可愛らしい声で、キャンキャン吠えるエルヴァン様。
「どうしたのだ?」
とうとう、父が心配して部屋に入ってきてしまった。
本来、父は夜も一緒に過ごしたかったはずだ。
それを堪えていたのだから私と同じように、エルヴァンの様子の報告を受けていてもたってもいられず、訪ねてきたのだろう。
「お父様。エルヴァン様は体調が優れないそうですわ。私配慮が足りませんでした。何しろ昨日お体が変わったばかりでしたもの。本来なら昨日にでもお医者様に見ていただくべきでしたわ。」
イレーネが心配げに父へ告げる。
公爵は頷き、すぐにお抱え医師を呼び寄せた。
ほどなくして、医師はやってきた。
「嫌だ。診察等受けない。」
布団の中に潜り込むエルヴァン様は駄々っ子のようだった。
侍女に布団を剥がされ、寝台に押さえつけられる。大きく開いた胸元も暴れて巻く上がった裾もそのままで診察を受ける。
エルヴァンの目には羞恥で涙がにじんでいた。
医師はエルヴァンの格好に一瞬たじろいた様子だが、平静を装い、体に手をかざした。
医師は光の魔法の使い手だ。
手からは光を発し、体の隅々までかざして診ていく。
光は完全にエルヴァンの裸体を透かした。
隅から隅まで見られる恥辱。
エルヴァンは顔だけでなく、体も真っ赤に染めた。
その様子も、父と私、侍女達にしっかりと見届けられた。
医師は全身を見てから、父に診断を告げた。
「健康そのもの。女性としても十分成熟しておられる。……すぐにでも子を産めますな。」
医師は、どうやら診察の目的を勘違いしたようだ。
そこまでは求めていなかったのだが、結果、父は喜びエルヴァンの絶望は深まった。
思った以上に良い効果が生まれている。
人生、うまくいく時はとことんうまくいくようだ。
医師の診察が終わり、着替えのために今更ながら父は部屋を出て行った。
ほぼ、全裸を見たのだから、本当に今更なのだが。
「子供用の服以外は、コルセットが必須でございます。初めてでは辛いかと思いますがよろしゅうございますか?」
侍女が淡々と告げる。
エルヴァンは「子供服よりはマシだ」と答えた。
侍女が用意したデイドレスのデザインが落ち着いて見えたのだろう。
だが、ドレスを着る前に苦難があるとは夢にも思っていないであろう。
まず、下着。
当然、女性の下着を身に付けることになる。しぶしぶ身に付けた後、コルセットを締めるのだ。
侍女は容赦なくコルセットを締め上げた。
デザインがおとなしい、体の線を強調するドレス だったのだ。
締め付けなければ身に付けることはできない。
ぎゅうと絞められる度にエルヴァンは息を詰まらせた。
「は……っ、くるしい……!」
思わず弱音を吐く。
笑みを浮かべた侍女たちの手が、さらに紐を引いた。
私は椅子に座り、何も言わずその光景を見つめた。
さすがに、もう少ししたら止めてあげよう。
こんなところで壊れてしまっては、元も子もない。他にも復讐したい人がいっぱいいるのだから
◆
何とかドレスを見にまとったエルヴァンと
朝食の席に着いた。
エルヴァンの息は浅く、顔色は悪い。
「そのドレスもとてもよく似合っている。
君の好きな色を出すのに苦労したのだ。
こうして着てもらえる日が来るなんて。」
うっとりと、そんなことを言ってくる父はほんとに狂ってると思う。
肝心のエルヴァン自身は苦しそうなのに。
父の中ではエルヴァンと亡くなった母が別のものだととことどころ認識できなくなっているようだ。
「あら、お父様。これは亡くなった母が好きだった色で、エルヴァン様の好きな色ではありませんよ?」
「あー、そうだったな。すまない。そのうち君にも好きになってもらえたらと思う。」
父は昨日ない謝罪をしてから、唐突に
「盛大な結婚式を挙げたいと思う。」
と、言ってきた。
エルヴァンの血の気が引いた。
「私は、まだ学生で、最終学年で、卒論もありますし、学業に専念を。」
父は
「学園は退学するしかなかろう。君には、学業よりも淑女の教育を受けねばならん。公爵家婦人として恥ずかしくない振る舞いを身に付けなければならない。心配いらない。退学の手続きも家庭教師の選別も始めている。」
「あの、友人と共同で研究している内容もありますし、突然退学すれば迷惑をかけてしまいます。」
「そのお姿で、共同研究に戻った方が相手にご迷惑をかけてしまうのではないですか?今のエルヴァン様は女性なのですし、研究とは言え異性と過ごすのは問題かと思いますよ。」
「しかし、何の挨拶もなくいなくなるわけには。」
「では、彼らには公爵家から手紙を出そう迷惑料としていくばくか研究資金を提供しても良い。挨拶したいのであれば、結婚式に彼らも呼ぶと良い。そうだな。正式な式と学園関係者を呼ぶ式と複数会行っても良いな。紹介してくださった第4王子の顔も立つ形に収めるにはどうしたら良いかな?
第4王子が取り仕切る卒業パーティーに出資しようか、在学させるわけにはいかないが、卒業式卒業パーティーに来賓として出席することは可能だ。私の妻として同伴させてやろう。それでどうだ?」
次から次へとありえない提案をされる。
使用人たちは冷笑している。
幸せそうな表情なのは父だけだ。
とうとう、耐えきれなくなったのか
エルヴァン椅子ごと床に崩れ落ちた。
「どうしたのだ!!」
父が叫ぶ。
「気絶なさったみたいですわね。お部屋で休ませて差し上げて。あ、お医者様も念のために呼んでみていただくといいわ」
とりあえずは休ませて差し上げないと、まだまだお楽しみの時間はこれからなのだから。
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