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5話:式、前夜
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屋敷全体が、どこか浮き立つような熱気に包まれていた。
明日はいよいよ、ヴィナと公爵の結婚式なのだ。
屋敷内を使用人たちが忙しく動き回っている。
もちろん人目につくところでは早歩き程度だが、裏では走り回っているのだろう。
隠し切れない忙しい空気感が漏れ出ている
裏門には荷車が列をなしている。
花々や必要な物が搬入され、その対応に追われている者がいるかと思えば、倉庫から特別な時に使う装飾品を出して磨く作業に追われる者もいる。
浮かれた空気の中心にいたのは、公爵自身だった。
「もっと華やかにせよ!」
浮き立つ声で命じる姿に、誰も逆らおうとはしない。
むしろ、こじらせた公爵の思いに応えようと使用人が一丸となって働いた。
何しろこのような事は滅多にないのだから。
私も娘としてその傍らに控えていた。
静かに微笑みをたたえつつ、父の高揚をたしなめる事もせず、全てを傍観した。
ただ、一言
「女神の御導きにふさわしい日となりますように。」
とだけは伝えた。
それが父の行動に拍車をかけたが、それは私の知ったことではない。
私が言わなくても、父は自分のやりたいようにやったであろう。
私は、父から離れ、別室に向かった。
そこでは、また別の戦いが繰り広げられている。
屋敷中が準備に追われながらも祝祭の雰囲気を漂わせる中――ヴィナは家庭教師の老婦人に今までの講義の復習をさせられていた。
明日は公爵夫人として人前に立つのである。
美しく、洗練された振る舞いを見せなければならない。
所詮、付け焼き刃ではあるが
ある程度のレベルに足してもらわなければならない。
今まで以上に厳しく細かい指導を受けるヴィナは心身ともに疲弊していた。
老婦人としては、まだ全然納得いくレベルではないだろう。
だが、花嫁自身の準備も必要である。
最後は妥協してヴィナの身柄は侍女達に引き渡していた。
侍女たちはヴィナの体のマッサージや手のパックなどの手入れを行いながら、明日の段取りについてもう一度説明していた。
朝、起床してから準備の段取り。
式を終えた後の披露の宴の説明。
それから、その後の初夜の段取り。
母の形見だという、艶やかな寝間着。
「ご花嫁様に、ふさわしいものをご用意してあります。」
「ご安心下さいませ。」
安心しろと言われても、全然安心できないであろう。
ヴィナの心中を察するだけで、愉快な気持ちになる。
さらに侍女達は
「なんといっても旦那様がご用意なさったものですから。」
「今まで用意していたものより一層豪華でいっそう女性としての魅力を引き出すデザインになっていましたわ。」
「きっと、旦那様もお喜びになることでしょう。」
「朝まで話していただけないかもしれませんね。」
「そうしたら、待望のお子もすぐ授かることができるかもしれません。」
口々におめでたいこと、楽しみなこと、素晴らしいことであると告げられて引きずった笑を浮かべることしかできないヴィナを私は眺めていた。
「それでは明日は早いですから、もうお休みになりましょう。」
「緊張して寝付けないといけませんから、心が落ち着く飲み物でもお持ちいたしましょう。」
そうやっていくら気づかれてもきっと落ち着かないでしょう。
きっと一睡もできないだろう。
私はあえて指示を出した。
「静かに休ませてあげて。」
よ。
睡眠不足で、途中で気絶してしまわれてはいけない。と事情達は采配した。
今まで誰かが付き添っていたのに、それもやめて無言の状態にしたらしい。
もちろん部屋の外に立っている護影にもそのように通達したらしい。
その夜、寝室周囲だけは静寂に包まれ、外の賑わいとの落差を際立たせていた。
きっと、とてもよく明日のことを考えられるでしょう。
ベッドの中で一睡もできずに、明日への恐怖に震える様を想像していたら私も全く寝れなかった。
翌朝
夜明けと同時に、侍女たちと一緒にヴィナのが寝室へ入った。
「花嫁様、お目覚めのお時間でございます」
真っ青な顔でベッドに横たわっている。ヴィナ。思った通り眠れなかったようだ。
ヴィナが身を起こすよりも早く、時間がもったいないと寝台の上に押さえつけられ肌の手入れが始められる。
温かな蒸し布で顔を拭われ、体を香油で磨かれ、白粉が滑らかに塗られていく。
次に起こされて髪は丹念に櫛で梳かれ、結い上げられていった。
「まあ、なんてお美しい……」
侍女たちは口々にそう囁きながら、まるで完成された工芸品を仕上げるような手つきで動き続ける。
だが、真の試練はそこからだった。
「花嫁様、コルセットをお召しくださいませ」
差し出されたのは、白銀の刺繍をあしらった豪奢なコルセット。
侍女二人がかりで紐を引き絞りヴィナは息を呑んだ。
きつく締め付けられる。
柱にしがみつき必死に耐えている。
「あと少し……もう一段、締めます」
「花嫁様は最も美しい姿でなければなりません」
ぐい、と最後の力が込められ、エルヴァーナの体が仰け反る。
目の前が一瞬、フット、一瞬、意識が遠のいたようで、ふらついた。
それでも侍女たちは手を緩めない。
「見てくださいませ、美しいシルエットができました。まさに理想的ですわ」
「旦那様もさぞお喜びでしょう」
口元に笑みを浮かべながら、彼女たちは仕事を続ける。
ドレスが着せられ、靴が履かされ、鏡の前に立たされたとき――
そこに映るのは、精緻な装飾を纏った「公爵夫人」になる花嫁がいた。
背後で、扉が開く音がした。
父が現れたのだ。
「……見事だ」
公爵は満足げに頷き、声を震わせる。
「これぞ我が妻、これぞ女神の導き!」
私は横に立ち、微笑を浮かべて小さく囁く。
「お父さま……今日から新しい公爵家の始まりですね。どうぞお幸せに。」
私の言葉に、父はうんうんと何度もうなずいた。
明日はいよいよ、ヴィナと公爵の結婚式なのだ。
屋敷内を使用人たちが忙しく動き回っている。
もちろん人目につくところでは早歩き程度だが、裏では走り回っているのだろう。
隠し切れない忙しい空気感が漏れ出ている
裏門には荷車が列をなしている。
花々や必要な物が搬入され、その対応に追われている者がいるかと思えば、倉庫から特別な時に使う装飾品を出して磨く作業に追われる者もいる。
浮かれた空気の中心にいたのは、公爵自身だった。
「もっと華やかにせよ!」
浮き立つ声で命じる姿に、誰も逆らおうとはしない。
むしろ、こじらせた公爵の思いに応えようと使用人が一丸となって働いた。
何しろこのような事は滅多にないのだから。
私も娘としてその傍らに控えていた。
静かに微笑みをたたえつつ、父の高揚をたしなめる事もせず、全てを傍観した。
ただ、一言
「女神の御導きにふさわしい日となりますように。」
とだけは伝えた。
それが父の行動に拍車をかけたが、それは私の知ったことではない。
私が言わなくても、父は自分のやりたいようにやったであろう。
私は、父から離れ、別室に向かった。
そこでは、また別の戦いが繰り広げられている。
屋敷中が準備に追われながらも祝祭の雰囲気を漂わせる中――ヴィナは家庭教師の老婦人に今までの講義の復習をさせられていた。
明日は公爵夫人として人前に立つのである。
美しく、洗練された振る舞いを見せなければならない。
所詮、付け焼き刃ではあるが
ある程度のレベルに足してもらわなければならない。
今まで以上に厳しく細かい指導を受けるヴィナは心身ともに疲弊していた。
老婦人としては、まだ全然納得いくレベルではないだろう。
だが、花嫁自身の準備も必要である。
最後は妥協してヴィナの身柄は侍女達に引き渡していた。
侍女たちはヴィナの体のマッサージや手のパックなどの手入れを行いながら、明日の段取りについてもう一度説明していた。
朝、起床してから準備の段取り。
式を終えた後の披露の宴の説明。
それから、その後の初夜の段取り。
母の形見だという、艶やかな寝間着。
「ご花嫁様に、ふさわしいものをご用意してあります。」
「ご安心下さいませ。」
安心しろと言われても、全然安心できないであろう。
ヴィナの心中を察するだけで、愉快な気持ちになる。
さらに侍女達は
「なんといっても旦那様がご用意なさったものですから。」
「今まで用意していたものより一層豪華でいっそう女性としての魅力を引き出すデザインになっていましたわ。」
「きっと、旦那様もお喜びになることでしょう。」
「朝まで話していただけないかもしれませんね。」
「そうしたら、待望のお子もすぐ授かることができるかもしれません。」
口々におめでたいこと、楽しみなこと、素晴らしいことであると告げられて引きずった笑を浮かべることしかできないヴィナを私は眺めていた。
「それでは明日は早いですから、もうお休みになりましょう。」
「緊張して寝付けないといけませんから、心が落ち着く飲み物でもお持ちいたしましょう。」
そうやっていくら気づかれてもきっと落ち着かないでしょう。
きっと一睡もできないだろう。
私はあえて指示を出した。
「静かに休ませてあげて。」
よ。
睡眠不足で、途中で気絶してしまわれてはいけない。と事情達は采配した。
今まで誰かが付き添っていたのに、それもやめて無言の状態にしたらしい。
もちろん部屋の外に立っている護影にもそのように通達したらしい。
その夜、寝室周囲だけは静寂に包まれ、外の賑わいとの落差を際立たせていた。
きっと、とてもよく明日のことを考えられるでしょう。
ベッドの中で一睡もできずに、明日への恐怖に震える様を想像していたら私も全く寝れなかった。
翌朝
夜明けと同時に、侍女たちと一緒にヴィナのが寝室へ入った。
「花嫁様、お目覚めのお時間でございます」
真っ青な顔でベッドに横たわっている。ヴィナ。思った通り眠れなかったようだ。
ヴィナが身を起こすよりも早く、時間がもったいないと寝台の上に押さえつけられ肌の手入れが始められる。
温かな蒸し布で顔を拭われ、体を香油で磨かれ、白粉が滑らかに塗られていく。
次に起こされて髪は丹念に櫛で梳かれ、結い上げられていった。
「まあ、なんてお美しい……」
侍女たちは口々にそう囁きながら、まるで完成された工芸品を仕上げるような手つきで動き続ける。
だが、真の試練はそこからだった。
「花嫁様、コルセットをお召しくださいませ」
差し出されたのは、白銀の刺繍をあしらった豪奢なコルセット。
侍女二人がかりで紐を引き絞りヴィナは息を呑んだ。
きつく締め付けられる。
柱にしがみつき必死に耐えている。
「あと少し……もう一段、締めます」
「花嫁様は最も美しい姿でなければなりません」
ぐい、と最後の力が込められ、エルヴァーナの体が仰け反る。
目の前が一瞬、フット、一瞬、意識が遠のいたようで、ふらついた。
それでも侍女たちは手を緩めない。
「見てくださいませ、美しいシルエットができました。まさに理想的ですわ」
「旦那様もさぞお喜びでしょう」
口元に笑みを浮かべながら、彼女たちは仕事を続ける。
ドレスが着せられ、靴が履かされ、鏡の前に立たされたとき――
そこに映るのは、精緻な装飾を纏った「公爵夫人」になる花嫁がいた。
背後で、扉が開く音がした。
父が現れたのだ。
「……見事だ」
公爵は満足げに頷き、声を震わせる。
「これぞ我が妻、これぞ女神の導き!」
私は横に立ち、微笑を浮かべて小さく囁く。
「お父さま……今日から新しい公爵家の始まりですね。どうぞお幸せに。」
私の言葉に、父はうんうんと何度もうなずいた。
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