執愛の誓い

皇 英利

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一章 愛のない結婚

(三)

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(とうとうこの時が来てしまった……)

広い寝台の隅に一人で座りながら、フィアンはナイジェルが訪れるのを心許ない気持ちで待っていた。

身体はグランジェ子爵家の女性使用人たちによって隅々まで清潔に磨かれ、何度も櫛を通した長い髪からは薔薇油の芳香が漂っている。

夫となったナイジェルと過ごす初めての夜。落ち着かなくて薄いネグリジェの裾を意味もなくいじっていると、やがてナイジェルが扉を開けて寝室に入ってきた。

フィアンは反射的に立ち上がる。

「あ……」

何か言わなければと思うのに、緊張でなにも言葉が思い浮かばない。

(こういうとき、何を言えばいいのかしら……お待ちしておりました? それとも、今日はお疲れ様でした? ……経験がないからわからないわ)

途方に暮れて無言で突っ立っていると、そんなフィアンの横を白いシャツ姿のナイジェルが通り過ぎ、寝台に身を投げるように寝転がった。

「あー疲れた」

そう呟いてひとつ大きく息を吐き出し、そのまま瞼を閉じてしまう。

フィアンは目を瞬かせた。

「あの、ナイジェル……?」

声をかけると彼は億劫そうに瞼を上げ、本当に疲れた様子で覇気のない声を出した。

「今日は結婚式やら招待客の相手やらで疲れたからもう寝る。君もなにぼーっと突っ立ってるの? 早く燭台の灯りを消して眠れば?」

フィアンはしばらくナイジェルの言ったことを理解できなかった。何回か頭の中で反芻して、ようやくその意味を理解する。

(つまり、今夜は私を抱かないということ……)

てっきり結婚式を終えた夜だから、ナイジェルとそういうことをするのだと思い込んでいた。もちろん彼もそのつもりなのだと。だが違ったらしい。彼にそんな気は全くなかったのだ。

フィアンは唇を噛みしめる。

一人前に緊張したりして、馬鹿みたいだ。

燭台の火をさっさと消して、寝台に潜り込む。

大人が四人寝そべっても十分余裕のありそうな寝台の上では、二人いても一人で寝ているのと変わらない快適さだった。

フィアンはぎゅっと目を瞑って、そのうち訪れるだろう夢の世界をただただじっと待ったのだった。
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