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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(六)

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 おちゃめなおじさん店員は愉快そうに笑いながら、あれやこれやと世話をしてくれた。適したプランターの深さだったり、土や肥料の種類だったり、育て方の注意ポイントだったり。妹は楽だなんて言っていたけれど、プランター栽培も難しそうではないか。嘘つきめ。

 わけがわからずぽけーっと聞いていると、おじさん店員はポイントを箇条書きしたメモ用紙までつくってくれた。神様かもしれない。

 おじさん店員に全幅の信頼を置いたヨミたちは、すすめられるままプランターをはじめとした道具も一式揃えた。なかなかのセールススキルをお持ちだ。いい買い物をしたと思わせてくれる。そういう店員は素敵だ。

「いやー、たくさん買いましたね」
「はい、準備万端です。あとは庭に戻って作業するだけですね。ヨミさんがいてくれて本当に助かりました」
「いえいえ、それほどでも」

 非力なふたりは台車を借りて、購入品を車まで移動させることにした。土というのは、なかなか重い。

「これを台車なしで運べと言われたら、腰をぎっくりさせていた気がします。まあわたしは、ぎっくりになったことないですけど」

 まだまだ自分は若い、はず。

「知ってますか、愁くん。ぎっくりって、海外では魔女の一撃とも言うらしいですよ。恐ろしいなあとは思うけど、どんなものなのか一度はなってみたい気もしませんか」
「えええ、そうですか? ぎっくり、僕の母もこの前なったみたいですけど、相当大変だったみたいですよ。しばらくなにもできなかったって言っていたし」
「そう、それです。みんな動けないーって言うじゃないですか。本当にそんな痛いのか、気になって――」

 あ。

「ヨミさん?」

 視界に、黄色の花が飛び込んだ。

「見て、愁くん。ひまわり」

 駐車場の一角に、ひまわりがずらりと並んでいた。一株ごとにビニールポットに入れられている。プランターに植え替えるだけでいいのだから、種から作る野菜よりお手軽だろう。

 黄色が目にまぶしい、大輪の夏の花。

 愁も立ち止まる。

「ひまわりですね」
「うん、ひまわりです」

 ふたりして、その場に立っていた。しばらく黄色を見つめてから、愁は苦笑した。

「ヨミさんも、ひまわり、好きでしたっけ」
「ううん、わたしはそんなに。でも夏だなって感じ、しますよね」
「ナミさんは好きでした」
「うん、あの子は昔からひまわりが好きだった。愁くんは好きですか?」
「うーん、どうでしょう」

 アスファルトの上のひまわりは、そこだけぽっかりと別の空間をはめ込んだみたいに異質だった。浮いている。だから目が離せない。

「帰りましょう、ヨミさん」

 台車を押して歩いて行く愁の寂しそうな背中に、焦燥が募った。このまま愁を帰してはいけない気がした。だからその手首を、今度はヨミがつかまえた。

「ねえ愁くん。買っていきませんか。ひまわり。せっかく夏なんだから、わたし、ひまわりが見たいです」
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