妹に虐げられましたが、今は幸せに暮らしています

こん

文字の大きさ
6 / 10

6、本当の侯爵

しおりを挟む
 気づけば、エレオノーラは自室のベッドで横になっていた。
 目が覚めたのは、バァンと扉が激しく開く音が聞こえたから。

「よかったわねぇ。お姉さま」

 ノックもなしに、部屋に飛び込んできたのはダニエラだった。使用人に与えられるような狭い屋根裏部屋に、ダニエラは顔をしかめている。
 ろくに日も差さない、調度品も小さなクローゼットがひとつだけ。ベッドも硬く毛布もすりきれて薄い。

「嫁入りが決まったそうじゃない。いいわねぇ。あんなクマみたいな傷だらけの男でも、侯爵さまなんでしょ」

 自分が醜い男の妻にならずに済んで、ダニエラは明らかにほっとしている。

「それにしてもみっともないわね。客人の前で倒れるなんて。夫は猛獣、妻は枯れ枝。面白いわね、結婚式が見物だわ」
「あなたのドレスの刺繍をしていなければ、倒れることはなかったわ」
「言いがかりはやめてちょうだい。お姉さまの仕事が遅いのが原因でしょ。あー、でもよかったわ。あんなブサイクがわたしの結婚相手じゃなくて、ほっとしたわ」

 ダニエラの声がひときわ大きくなった時だった。

「ごえーはブサイクじゃないもん」

 聞き覚えのある幼い声と共に、子どもが部屋に飛び込んできた。

「ごえーは、お父さまをまもってくれるから、きずがあるけど。おねーさんみたいにブサイクじゃないもん」

 ビーズと刺繍糸を買いに行ったときに出会った少女が、エレオノーラの部屋にいた。
 人さし指をダニエラに向けて「おねーさんのほうがブサイクだもん」と念押しのように繰り返している。

「なっ! わたしはブサイクじゃないわよ。いい? 教えてあげる。ブスっていうのは、このエレオノーラのことを言うのよ」
「せいかくは、かおにあらわれるって。お父さまがいってるもん。エレオノーラおねーさんはブサイクじゃないし、おねーさんはちょーブサイクよ」

 ブスとかブサイクとか。子ども同士のケンカのような言い争いが続いている。

「またお会いできてうれしいわ。ラウラさん」
「『さん』はいらないって、ラウラいったよ」
「じゃあラウラ。今日わたしが出会ったのは護衛の方なのね」

 エレオノーラの問いかけに、ラウラがこくりとうなずいた。
 扉は開いたままなのに、ノックの音がした。

「失礼するよ」

 部屋に入ってきたのは、ラウラの父のオリヴェルだった。鮮やかな夏の森を思わせるサマーグリーンの瞳と、涼しげな顔立ちに、ダニエラは目を見開いた。

「すまない、混乱させてしまって。君の父上とはいえ、アディエルソン伯爵は信用ならない人間だ。エレオノーラとの結婚を認めさせてからでないと『やはり婚約は取りやめる』などと言いかねないからな。代理の者に先に様子を見てもらった。ついでに私の見た目も悪いと噂も流させた」
「あんた……あなた、誰なのよ」

 ダニエラはか細い声で問いかけた。
 けれど、これまで金切り声でエレオノーラにもラウラにも、罵声を浴びせていたのだ。
 もう遅い。

「私がオリヴェル・シルヴァだ。初対面で心を開くには、伯爵はあまりにも打算的で、すぐにてのひらを返すから危険なのだ。応接室にいたのは、私の護衛。見た目が厳つい上に、今日は前髪を下ろさせたからな。少々荒っぽく見えるが。目元は優しいのだぞ」
「そーだ、そーだ。おねーさんみたいに、どうもうなめつきじゃないんだからね」

 さすがに言い過ぎたのか、ラウラはオリヴェルにたしなめられた。

「ちょっと待ってよ。あんた……あなたは侯爵よね」
「いかにも」
「じゃあ、結婚はエレオノーラじゃなくてもいいんじゃない? わたしだって伯爵家の娘よ。こんな地味なのを妻にしたら、恥をかくんじゃないの?」

 ダニエラの声は、砂糖の衣をまとっていた。
 オリヴェルは考え込むように、ちいさく首を傾げる。

「確かに恥をかくだろうね」
「そうよ。妹のわたしを選ぶべきだわ」
「君を妻に選んだら、私は見る目がないと大恥をかいてしまう」

 やわらかく微笑むオリヴェルだが、その目は笑っていない。

「母親の大切な形見を踏みにじるような女性を選ぶほど、私の趣味は悪くない。それに君は、横暴な父親から姉を守ることもなく、調子に乗ってさらに虐めたのだろう? 使用人以下の部屋に令嬢が押し込められ、その手が荒れているのを見れば、彼女が家族からどんな扱いを受けてきたのか見ずとも分かる」
「な、なによ……」

「そういえば、明日はパーティーに招待されているのだろう? 義姉に無理をさせたドレスと、自ら踏みつけて壊したブローチをつけて、婿探しに励むのか?」

 ダニエラは顔をまっ赤にした。
 目には涙まで浮かべている。こんなにも悔しそうな義妹の顔を見るのは、エレオノーラは初めてだった。

「いいわよ。あんた以上のいい男を捕まえてやるんだから」

 部屋を走って出ていくダニエラの背中に、エレオノーラは手を伸ばそうとした。

「待って。あのドレスはまだ途中なの。着てはいけないわ」

 その言葉を、ダニエラが聞くことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「妹より醜い」と言われていた私、今から龍の神様と結婚します。〜ウズメの末裔令嬢の結婚〜

麻麻(あさあさ)
恋愛
妹より醜いと呼ばれていた双子の姉私、深子(みこ)と美しい妹の舞華(まいか)2人は天鈿女命の末裔だったが舞の踊り手は妹だった。 蔑まれる中、雷龍(らいりゅう)と言う雷を操る龍が言い伝え通りに生贄同然で結婚の話を聞かされる。 「だったらお姉様がお嫁にいけばいいじゃない」 と言われる中、雷龍がいる場所に生贄のつもりで行くが彼は優しく深子に接してくる。 今作はカクヨムに載せていたものを改題した作品です。

私、いじめなんてしてません!

ばぅ
恋愛
ヴァレンティア王国の妾腹の王女・アリアは、正妃の娘である腹違いの妹ミリアナから「平民の娘」「妾の子」と蔑まれながら育ってきた。 和平の証として、二人は隣国アルメリア王国へ“留学”という名の人質として送り込まれる。 学園、生徒会、夜会―― 人前では“いじめられたかわいそうな妹”を演じるミリアナと、黙ってそれを受け流すだけの「地味で妾腹の姉」。 だがアリアは、もう二度と「予備」として扱われる気はない。 この国で、自分だけの居場所と未来を手に入れるために、静かに盤上の駒を並べ始める。 華やかな王宮と学園を舞台に、妾腹の王女が“悪役”の座を引き受けながらも運命を書き換えようとする、少しダークで甘い物語。 ⚫︎カクヨム、なろうにも投稿中

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!

睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

妖精のいたずら

朝山みどり
恋愛
この国の妖精はいたずら好きだ。たまに誰かの頭の上にその人の心の声や妖精のつっこみを文章で出す。 それがどんなに失礼でもどんなに不敬でも罪に問われることはない。 「なろう」にも投稿しています。

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

処理中です...