23 / 50
潜入編
23.名ばかりの皇太子(二)
しおりを挟むレオナルド皇太子殿下の執務室に通されたステラは、ドアが閉まると同時に、目の前の光景に小さく息を呑んだ。
「……これは……」
机に顔を伏せ、ぐったりとうなだれているのは、まさしく皇太子本人。そしてそのすぐ脇では、側近のユリウスがこめかみに手をあてて頭を抱え、その隣ではロイクが腕を組んで壁にもたれ、呆れた顔をしていた。
エレオノーラが一歩前に出て報告する。
「ステラをお連れしました」
「ありがとう、エレオノーラ。ご足労感謝するよ」
ユリウスが弱々しく礼を述べ、エレオノーラは一礼して部屋を退出した。
静かになった室内で、ステラは戸惑いながらもおずおずと口を開く。
「あの……どうして、私が……?」
「おっと、僕は失礼しますね。訓練の時間ですから」
ロイクがさっさと立ち上がり、ステラの肩を軽く叩くと、逃げるように部屋を出て行った。
残されたステラは不安げにユリウスを見た。
「……どういうことでしょうか?」
ユリウスは深いため息をつくと、肩をすくめて言った。
「このお方が、君が来たら仕事をすると言ったんだ。だから、君を呼んだまでです」
「……えっ?」
ステラが視線を移すと、レオナルドは机に突っ伏したまま、低くつぶやいた。
「ユリウスがどうしてもって言うから、頑張ろうと思った。でも……無理だ。無理すぎる。この山だぞ、もう……」
彼の前には、まるで塔のように積み上げられた書類の山。見るからに恐ろしい量だった。
「……これは、さすがに……」
「でしょう?」とユリウスが吐き捨てるように言う。
「誰が処理すると思っているんだ。ユリウスがやればいいじゃないか」
「やってます。私は毎晩徹夜です」
「……むぅ」
しばしの沈黙のあと、レオナルドが顔を上げた。ぐしゃっと乱れた髪に、甘えるような目。
「ステラ嬢が、相手をしてくれたら……やる気が出るかもしれない」
「はい?」
「だから、その……隣に座っててくれたり……応援とか……ほら、かわいい笑顔で癒してくれるとか……」
「……それ、メイドに求めることですか……?」
「私に言われても困る」とユリウスがぼやいた。
「とにかく、ステラ嬢。君が納得するまで、このわがまま皇太子のおもちゃになってくれ」
「お、おもちゃって!?どういうことですか!」
「断るなら、公務に支障が出て皇族への不信が広がり……すべて君の責任になる」
「ひどくないですか!?」
「でもそういう理屈だ」
にこにこ顔で脅すユリウスに、ステラは思わず一歩下がる。
(こ、この人が一番こわい……!)
結果、ステラは観念した。
「……わかりました。できる範囲で、協力します」
レオナルドは途端にぱっと顔を明るくする。
「ほんとうか!ステラ、ではまずここに座るがいい!」
「皇太子殿下の膝の上なんて座れるはずがないではありませんか!!」
そんなふうにして、
――ステラの“おもちゃ”としての特別任務が始まった。
「……殿下」
ステラは静かに口を開いた。
「お仕事が……全然減っていませんけど、本当にこのままでよろしいんですか?わたしが来たらやる気になるのではなかったのですか?」
ただ書類の山を眺めていただけのレオナルドが、ステラの声にようやく顔を上げる。ぱっと花が咲くように笑顔になる。
「ステラが来てくれたことは素直にうれしいよ。仕事頑張ろうかなって思える」
その言葉にステラは一瞬たじろぐが、すぐに表情を引き締める。しかし、レオナルドはすぐに仕事に取り掛かる素振りを見せなかった。
「でもなあ……そこまでのやる気が出ないんだよね。だってこの量の書類だよ?たとえば……またステラとデートできるなら、もっとやる気になるかもしれない」
「……っ!」
ステラは、ドキッと胸が跳ねた自分を叱りながら、呆れた顔で返す。
「ただのメイドが皇太子殿下とデートだなんて、あり得ません。おやめください」
「え? 前にしたじゃないか、デート」
「……あ、あれは……殿下が無理やり……っ」
頬をほんのり赤らめて目をそらすステラに、レオナルドは面白そうに微笑んだ。
「じゃあさ、僕の仕事を補佐してくれたら頑張れるかもしれない」
「補佐なら、ユリウス様がいますよね」
横目でユリウスを見ると、彼はひとつ深いため息をつき、肩をすくめて小さくうなずいた。
「……認めたくはないが、少しでも手が動くなら、それもいいだろう」
「……」
ユリウスの呆気ない裏切りに観念したステラは、ようやくレオナルドの机に歩み寄った。
「ですが、その前に……これ、わたしが見てもよろしい書類なんですか?」
ユリウスは眉間を押さえてから、にこっと笑った。
「他言しなければ問題ありませんよ。ただし――もし口外した場合は、どうなるか……分かっていますよね?」
その笑顔があまりに自然だったので、なおさら怖い。ステラは肩を小さく震わせ、背筋を正した。
「……心得ております」
「さすが、優秀だね」
ステラは心の中で、この人が一番怖いわと呟きながら、机の前に立つ。
「では、殿下。お仕事、始めましょうか」
ステラがそう言うと、レオナルドはにんまりと笑った。
「ステラがそばにいて手伝ってくれるなら、頑張るよ」
ステラの前で積み上がった書類の山は、見るだけでげんなりする量だったが、彼女はすぐに気持ちを切り替えた。
ステラの役目は、書類に記載された各貴族からの要望に対して、過去の記録や政策履歴を調べ、情報をまとめてレオナルドに伝えること。そして、必要があれば改善案を提案することだった。
貴族の傾向や土地の特性、経済事情に至るまで、ステラは驚くほど詳細に把握していた。まるで頭の中に書庫でもあるかのように、次々と的確な情報を口にしていく。
「……ステラ嬢って、いったい何者……?」
レオナルドは思わず小声でつぶやいた。
「ただのメイドですけど」
「いや、絶対ちがう」
笑いながら言ったその言葉には、感嘆と、ほんの少しの戸惑いが混じっていた。
そうして、皇太子の机の上から、ようやく一枚、また一枚と、書類の山が崩れていくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~
黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。
待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金!
チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。
「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない!
輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる!
元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる