メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

24.名ばかりの皇太子(三)

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昼休憩を挟んだ後、執務室には再び静かな緊張感が戻っていた。

レオナルドは昼を境に真剣な面持ちで書類に目を通し始め、ユリウスもついにステラの作業に口をはさむようになる。

「……ステラ嬢、農作物の収穫量減少の件について、君の見解を聞こうか」

午前中は黙々と別の仕事をしていたユリウスが、突然そう問いかけてきた。

ステラは一瞬目を瞬かせたが、すぐに静かにうなずいた。

「はい。寒さによる影響が大きいのは間違いありません。特に皇都から北寄りの地域での被害が深刻です」

ステラは手元の資料をめくりながら、少し考えてから話し始めた。

「南方の列島国家では、逆に暑さに強い作物を作るため、専門機関による品種改良が進められています。寒冷地向けにも、研究機関を設けて寒さに強い農作物を……たとえば麦類などの品種改良が有効かと」
「……それは予算がかかるが、検討の余地はあるな」

ユリウスも静かに頷く。

「他には?」
「寒さで亡くなる人々が増えている件についてですが、平民でも手に入るような簡易暖房器具の開発を行えないでしょうか。燃料効率のよい小型暖炉、あるいは防寒繊維の布製品……平民の生活に寄り添ったものを」

ステラの声は冷静だったが、その中に確かな使命感があった。

「また、病による死者の増加も懸念されています。医療施設や薬の流通が皇都に偏っていることも一因です。地方にも医師を派遣し、巡回治療を制度化できれば、多少でも命は救えるかと」
「……まるで大臣か学者のような意見だな」

レオナルドは苦笑いを浮かべる。だがその表情に、感心と好意が隠しきれなかった。

ユリウスは資料に目を通しながらぽつりと呟いた。

「情報の裏付けがある。発想も、現実に根ざしている。しかも、平民目線……これは使えますね」
「使えるって……」

ステラは思わず苦笑する。彼らの会話に混ざっているのがいまだに不思議だった。

「女性や子どもが行方不明になっている件は、誘拐や人身売買の可能性もあります。地方にも警備隊の巡回体制を整え、街道や宿の監視を強化する必要があるのでは」

「……やはり君は只者ではないね」

ユリウスがじっとステラを見つめる。レオナルドも改めてステラに視線を向け、深く頷いた。

「正直、君がメイドであることがもどかしい。……僕の側に、いつもいてくれたらと思うよ」
「それは……」

ステラは何も言えなかった。

今回、特例として彼女はレオナルドの補佐に就いているだけであり、正式な任務ではない。戻れば、彼女はただの洗濯係のメイドなのだ。

けれど、それでも――

「……お役に立てているなら、よかったです」

控えめに微笑んだステラを、レオナルドもユリウスも、しばし無言で見つめていた。


「ステラを正式に側近に迎えるには……やはり身分がネックだな」

積まれた書類の山が少し減った頃、レオナルドがぽつりと呟いた。

「だから、ユリウス。君の養子にでもしてみては?」
「はい?」

ユリウスは思わず手にしていたペンを落とし、眉をひそめる。

「殿下、それは冗談が過ぎます」
「冗談だよ。でも、名案だと思わないか?」
「……本気で言ってませんよね?」

そのやりとりを聞きながら、ステラもくすりと笑った。

「ユリウス様って、見た目よりずっと老けてらっしゃるのですね。養父だなんて」
「失礼な。私はまだ二十八だ」
「……二十八?」

ステラの目が見開かれる。

「思ったより……いってたんですね」
「いってたんですね、じゃない!」

小さな笑い声が執務室に広がる。

一息ついたステラは、ふと周囲に積まれた書類に目を向けた。

「それにしても、殿下はいつもこの量の仕事をされているのですか?いくら皇太子とはいえ、あまりに多すぎるような……」
「うん。幼い頃からこれが普通だったからな」

レオナルドは肩をすくめる。

「陛下に相談して、負担を分けるわけには?」

ステラの問いに、ユリウスがすぐに応えた。

「陛下も皇后陛下も、国政にはほとんど関与されません。外交関連の公式行事くらいでしょうか。それ以外はすべて、殿下がご担当なさっています」
「……なぜ外交だけ?」

そう聞いたステラに、レオナルドが苦笑を浮かべた。

「俺は、名ばかりの皇太子だからな」

ステラは言葉を失った。

今までの話を聞く限り、名ばかりなのはむしろ皇帝陛下の方だ。けれど、レオナルドの顔にはそれ以上話してほしくないという空気がにじんでいた。

だからステラは、それ以上は踏み込まなかった。

ちょうどその時、扉がノックもなく開いた。

「遅くなりました!」

少し息を切らしながらロイクが戻ってくる。

「ロイク、戻りが遅すぎる」

レオナルドがすかさず苦言を呈した。

「何のためにお前をステラ嬢の護衛騎士に任命したと思っているんだ」
「へっ……護衛、ですか?」

ステラがきょとんとした顔でロイクを見る。

ロイクは視線を逸らし、頭をかく。

「あー……そう、だな。一応、殿下の命令でな」
「ずっと、うろちょろしてたのは……」
「ステラさんが変な奴に近づかれないようにって。だから、つきまとってたわけじゃなくて、その、任務だから……!」
「ふふっ」

ステラは思わず吹き出した。

「そんなに必死に言い訳されると、つきまとわれてた気分になります」
「うっ……」

ロイクは真っ赤になってそっぽを向く。

そんな2人のやり取りを見て、ユリウスは溜息をつきながらも笑い、レオナルドは書類に目を戻しつつ、そっと口元を緩めた。
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