メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

25.メイド長グレタ

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メイド長グレタは、いつも通り無表情を保ちながらも、内心の緊張を隠せずにいた。これまで立ち入ったことのない場所――皇太子レオナルドの執務室へと、侍女長エレオノーラに付き従っているからだ。

「どうぞ、お入りください」

扉が開かれ、グレタは一礼して中へと足を踏み入れる。執務室の奥には、書類に目を通すレオナルド皇太子と、隣でそれを支える側近ユリウスがいた。

しかし、ロイクの姿はない。護衛としてステラの元にいると、これで説明された。

「お呼び立てしてすまない、グレタ殿」

レオナルドが顔を上げ、柔らかな声でそう言った。

「今後も、ステラをメイド業務から抜けさせることが何度かあると思う。彼女の知識と洞察を、私の政務に活かしたいのだ」

その言葉にグレタは神妙に頷く。皇太子の言葉は即ち命令。それに逆らうことなどできはしない。

だが。

「……恐れながら、申し上げます」

グレタは静かに、けれど確固とした声で口を開いた。

「ステラに能力があることは私も認めております。ですが、あまり持ち上げすぎるのはおやめいただきたく存じます」

レオナルドとユリウスが、同時に目を細める。

「嫉妬の目に晒されるような優遇は、彼女のためにはなりません。ステラはあくまで一介のメイドであり、特別扱いは周囲の反発を招きます。……先日も、小さな騒動がありました」

それは、グレタの中にある“保護”の言葉だった。厳しくも正しく、メイド全体の秩序を守ろうとする者の覚悟に基づく提言だった。

「……なるほどな」

レオナルドは少しだけ考え込んだように唇を押し、やがて微笑を浮かべた。

「やはり、君をメイド長にしてよかった」

思わぬ言葉に、グレタの表情がわずかに揺れる。

「推薦してくれたのは、侍女長のエレオノーラだったと聞いている。君の働きと姿勢は、彼女も高く評価していた」

「……!」

横で静かに頷くエレオノーラ。その眼差しは、かつて年若き自分が憧れた存在のままだった。

「君の懸念はもっともだ。だが、それでも私はステラの力を借りたい。彼女が“メイドであるうち”は、君に守ってもらいたいのだ。君になら任せられると信じている」

静かに深く、グレタは頭を垂れた。

「私は、誰も贔屓などしません」

一拍おいて、彼女はきっぱりと続けた。

「他のメイドと同じように接するまでです。公平に、そして必要ならば、彼女を叱責もします」

それが、グレタの“守る”という言葉の意味。

レオナルドもまた、それを理解していた。

「それでいい」

そう応えるレオナルドの声には、深い信頼が込められていた。


グレタに呼ばれ、エレオノーラに付き添われて皇太子殿下の執務室に行ったことは、皇宮中にあっという間に知れ渡った。

「すごいね、ステラ」
「殿下に見込まれるなんて、まるでおとぎ話みたい」

そう称賛する者がいる一方で、ステラの背後では冷たい視線が幾重にも刺さっていた。

「何様のつもり?」
「メイドのくせに皇太子殿下のそばに?」

メイドたちの中には、同じ立場のはずのステラだけが贔屓ひいきされていると感じ、露骨に不満を示す者もいた。侍女の中にも面白く思っていない者はいたが、貴族としての品位を保ち、表立った態度には出さなかった。

廊下を歩いていると、ひそひそと耳に届く声がある。意図的に聞かせるような嘲笑ちょうしょうも。

ステラは、ただ耐えるしかなかった。

「ステラ、大丈夫だよ。気にしないで」

明るく励ましてくれるカレンの言葉が、唯一の救いだった。

ロイクもまた、影ながら支えようとしてくれていた。たびたび姿を見せては、「元気か?」と気遣ってくれた。しかしそれすらも悪意の的となったこともある。

「今度は騎士に色目を使ってるの?」

という、根も葉もない噂が流れはじめたのだ。

そんなある日、洗濯場の裏で怒声どせいが響いた。

「納得できません! どうしてステラだけが特別扱いなんですか!」

一人の若いメイドが、メイド長グレタに詰め寄っていた。

たまたま通りかかったステラとカレン。その声に足が止まる。

「私たちと同じメイドなのに、あの人だけ侍女長様や皇太子殿下に優遇されて……あれじゃ差別じゃないですか!」

メイドはステラの姿に気づくと、ますます語気を強めた。

「どうせ顔が良くて、気に入られてるだけなんでしょう!」

ステラは一言も発せず、ただ視線を下げて耐えていた。何を言っても火に油を注ぐとわかっていたから。

グレタはしばらく沈黙していた。やがて、静かな声で口を開いた。

「あなたの言い分は理解しました」

その声音に、場の空気がぴりりと張りつめる。

「では、伺いましょう。どこが“差別”なのですか?」

メイドは、はっとしたように言葉を詰まらせた。

「ステラが、メイドとしての仕事を怠ったことがありますか?」
「そ、それは……」
「彼女の働きを、あなたも見てきたでしょう? 手を抜かず、与えられた仕事を黙々とこなし、必要とされれば力を尽くしてきた」

淡々とした口調だったが、そこには明確な意思が宿っていた。

「だからこそ、侍女長も殿下も、彼女の能力を評価した。それだけのことです。あなたの言葉は“差別”の訴えではありません。ただの……ひがみです」

グレタの声に怒気はなかった。あるのは、事実だけだった。

「……っ」

何も言い返せなくなったメイドは、顔を赤くしてその場を去っていった。

その場に残されたステラとカレンは、驚いたまま顔を見合わせた。

「メイド長って、意外と優しいんだね」

カレンがぽつりと呟くと、ステラはふっと微笑んだ。

すると――

「サボっていないで、仕事に戻りなさい」

すぐさまグレタの厳しい声が飛んできた。

「は、はいっ!」

2人は小さく跳ねるように返事をし、急いで持ち場へと走っていく。

グレタの後ろ姿を見送るステラの胸は、少しだけ軽くなっていた。
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