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潜入編
33.誘拐事件(一)
しおりを挟む聖剣祭が幕を閉じ、街の喧騒が少しずつ落ち着きを取り戻していく中、皇宮では別の問題が持ち上がっていた。祭りの終わりと同時に、人が消えるという事件が頻発していたのだ。
報告は皇都の周辺にまで広がり、しかも失踪者は女性や子どもが多いという。例年、祭りの頃には似た事件が起こることはあったが、今年の被害は比べ物にならないほどだった。
事件解決の中心に立ったのは、もちろんレオナルドだった。
ある日の朝、カレンに一通の手紙が届いた。封を切り、目を走らせた瞬間、彼女の顔から血の気が引いていく。
「カレン?」
ステラが声をかけると、カレンは無理に笑みを作りながらも、低い声で答えた。
「……今日は仕事、休むね」
そう言ってメイド長グレタの元へ向かい、手続きを済ませると急ぎ足で外出してしまう。
ステラには、なぜカレンが突然出かけてしまったのか見当がつかなかった。
昼食の時間、食堂にはリサとステラの二人きりだった。
「カレンさん、今日はお休みなの?」
リサの問いかけに、ステラは今朝のことを話す。リサもまた、心配そうに眉を寄せていた。
午後、ステラはいつも通りのメイド仕事に取りかかった。洗濯場で衣服を干しながら、隣に並んで軽口を叩き合うカレンがいないことを、思った以上に寂しく感じている自分に気づく。
仕事を終え、自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、慌ただしい足音と共にロイクが駆け寄ってきた。
「ステラ嬢!」
険しい表情のロイクに、ステラの胸に不安が広がる。
「……どうしたんですか?」
「カレンはどこにいる?!」
「今朝、手紙を受け取って……仕事を休んで外出しました」
ステラの答えを聞いた瞬間、ロイクの顔が強張った。彼は小さく息を吐き、低い声で告げる。
「……やはりそうか。被害報告の中に……カレンの妹の名前があったんだ」
その言葉に、ステラの頭の中で点と点がつながっていく。
——今朝の手紙。カレンの蒼白な顔。突然の外出。
あれは妹が失踪したという知らせだったのだ。急いで実家へ戻ったに違いない。
考え込むステラの元に、今度はリサが駆けてきた。
「はぁ、はぁ……ステラさん!」
息を切らせながら、リサはまずロイクに礼を述べ、それから切迫した表情でステラに向き直る。
「カレンさんが急に出かけた理由、わかったの。妹さんが行方不明になったって……」
「わたしも、今ロイク様から聞いたところなんです」
ステラの答えに、リサは胸を押さえて俯いた。どうやら彼女は自分の家の者に調べさせていたようだ。
三人の間に、重苦しい沈黙が落ちる。ステラは拳を握りしめ、真剣な面持ちで口を開いた。
「……わたしにできることはありませんか?カレンのために、何か……」
ロイクはしばしステラを見つめ、やがて小さく頷いた。
「君の知識が、事件解決につながるかもしれない。来てくれ。……時間が惜しい」
そう言ってロイクは歩き出す。ステラもまた強い決意を胸に、その後を追った。
ステラが案内されたのは、皇宮の奥深くにある図書館の一室だった。分厚い扉をくぐると、外の喧騒とはまるで別世界のように静謐で、重厚な空気が漂っている。
室内には誰もいない。しばし待っていると、壁に掛けられた大きな絵画が音もなく開き、その奥からレオナルドが現れた。隣にはユリウスの姿もあった。彼は分厚い資料束を抱えている。
「よく来てくれた」
レオナルドが低く声をかける。
ステラは思わず姿勢を正した。続いてロイクも加わり、四人は円卓に腰を下ろす。
「話すより見てもらった方が早いだろう。ユリウス、全部出せ」
「……全部ですか、殿下」
「そうだ」
不満げに眉をひそめながらも、ユリウスは抱えていた資料を机に並べていく。
その分厚さに、ステラは一瞬だけ息をのんだ。だがためらうことなく手に取り、次々と目を走らせていく。
彼女の記憶力はずば抜けていた。それを生かすために、日頃から膨大な書物を読み込んでいる。おかげで読み進める速度も常人よりはるかに早いのだ。
数刻後、すべての資料を読み終えたステラは、目を閉じて頭の中で事件を整理していった。
消えた女性や子どもたちの名前。消息した日付や時刻。最後に目撃されたときの服装。行方不明になったと思われる場所。
——すべてを脳内に正確に並べ、点と点を結んでいく。
「ステラ嬢の友人の……カレンだったか。彼女の妹の件だが」
レオナルドが静かに口を開いた。
ステラの意識はすぐに一点に絞られる。脳裏に、妹の記録がよみがえった。
——10歳。消えたのは三日前。家の近くに遊びに出かけ、それきり夜になっても帰らず、両親が必死に探したが見つからなかった。翌朝、警備隊に捜索願を提出。その翌日にカレン宛の手紙が出され、今朝ようやく皇宮に届いた、と記載されていた。
「……カレン」
ステラは唇をかむ。
カレンの実家は皇都の東にある小さな村。今回の被害者は皇都内や周辺の村々から報告されているが、共通点は見いだせない。
警備隊が総出で見回りをしても、目撃者も痕跡も残されていない。手がかりは、ほとんどゼロに等しかった。
それでもステラは諦めたくなかった。カレンの妹の命がかかっているのだ。
考えを巡らせるうちに、ふと記憶の底からある話が浮かび上がった。
「——思い出しました。帝国の西にある王国で、八年前……似たような事件があったと聞いたことがあります」
三人が同時に彼女を見る。ステラは小さくうなずき、続けた。
「詳細はわかりません。ただ……人が次々に消える事件があったと。それ以上は……」
「なるほどな」
レオナルドは顎に手を当て、ユリウスに視線を向けた。
「ユリウス。明日までにその王国と事件に関する資料を揃えろ」
「……あ、明日、ですか?」
「そうだ。遅れは許さん」
渋い顔をしつつも、ユリウスは肩を落としてうなずいた。
ステラは自分の発言が、新たな糸口になるかもしれないと感じていた。
——必ずカレンの妹を見つけ出す。そのためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
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