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潜入編
34.誘拐事件(二)
しおりを挟む図書館での話し合いが終わる頃には、外はすでに深い夜に包まれていた。
ステラは夕食を食べ損ねていたため、レオナルドの計らいで部屋に用意された食事をここでとることになった。
「せっかくだから、二人でゆっくり……」
そう思っていたらしいレオナルドの隣に、当然のようにユリウスとロイクも腰を下ろした。
「お言葉に甘えます」
「殿下、私もご一緒して構いませんか」
二人の様子に、レオナルドはわずかに眉をひそめ、不満を隠そうともせず息をついた。
食卓には温かな料理が並び、四人は静かに食事を進めた。
やがて、レオナルドがふと口を開く。
「そういえば、ステラ嬢。……君もまた、皇宮のメイドになったのは“さらわれた”ことがきっかけだったな」
唐突な言葉にステラはスプーンを持つ手を止めた。
「その人物を覚えてはいないか? いつ、どこでさらわれたのか……詳しく教えてほしい。今回の犯人に繋がるかもしれない」
(……!)
ステラの胸が一瞬で冷たくなる。もちろん、そんな過去は存在しない。すべては身分を隠すために作った嘘だったからだ。
「……皇都の近くで……突然、でした。あまり覚えていなくて……」
視線を落とし、なるべく自然に言葉を選ぶ。
沈黙が落ちる。レオナルドの視線が鋭く突き刺さるように感じ、ステラは心臓が耳元で鳴るほどに高鳴るのを必死に隠した。
やがて、レオナルドは短く「そうか」とだけ答え、皿に視線を戻す。
ステラは胸の奥で、かろうじて息を吐いた。
(……なんとか、誤魔化せた)
食事を終えると、レオナルドが椅子から立ち上がる。
「部屋まで送ろう」
「殿下、それはロイクの役目ですが」
ユリウスが眉をひそめ、ロイクも「自分が参ります」と申し出る。
だがレオナルドは一歩も引かなかった。
「命令だ。ついてくるな」
レオナルドは二人を威嚇するように、ステラの肩を抱いた。
「そ、そんな……皇太子殿下に送っていただくなど……」
ステラが慌てて断ろうとするが、レオナルドは微笑だけを返し、聞き入れる気配はない。結局、二人きりで図書館を後にした。
夜の廊下を歩く間、レオナルドは時折、ステラの表情を窺うような仕草を見せた。
(……さらわれた時のことを思い出させてしまったかもしれない。怖がらせていないだろうか……)
そう気遣う視線をよそに、ステラの頭の中は別のことでいっぱいだった。自分の記憶の引き出しを必死に探り、事件とつながる可能性のある断片を探し続けていたのだ。
その様子を見ていたレオナルドは、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「明日から、俺の執務室に出勤してもらおう」
「……え?」
思わず足を止めた。ちょうどステラの部屋の前に差し掛かったところだった。
「この事件が解決するまで、君に力を貸してほしい。今の業務は離れてもらうことになるが……。メイド長には俺から話をつける」
「……わ、わたしが……?」
「そうだ。君の頭の中には、解決のための糸口があるはずだ」
ステラは目を丸くしたまま立ち尽くす。レオナルドはそんな彼女の髪をそっと撫でた。
「しばらく部屋には戻れないだろう。荷物を整理して、必要なものを持ってくるといい。……それと——」
わずかに声を和らげる。
「今夜はゆっくり休め」
そう言って背を向け、静かに去っていった。
残されたステラは、胸の奥がざわつくのを感じながら、自室の扉に手をかけた。
翌朝、ステラは荷物をまとめ、静かに部屋を後にした。必要なものはごくわずか。包みにすれば片手で持てるほどだ。
廊下を歩いていると、角からメイド長のグレタが姿を現した。
「……ステラ」
声をかけられ、ステラは思わず背筋を伸ばした。
「あなたは皇太子殿下の執務室に呼ばれたのだとしても、あくまでもメイド。しかも洗濯係だということを忘れないように」
その厳しい言葉に、ステラは小さく頷いた。
けれど、グレタの視線は柔らかさを帯びていた。
「……覚えておきなさい。いつでも戻ってこられる場所があるのだから」
胸の奥に温かいものが灯り、ステラの足取りは少し軽くなった。
外に出ると、ロイクがちょうど迎えに来たところだった。
「荷物をお持ちしますよ、お嬢さん」
にやりと冗談めかして手を差し出す。
「これだけです」
ステラが差し出した荷物は驚くほど小さかった。
「え、これだけ?」
目を丸くするロイクに、ステラは苦笑して答える。
「もともと部屋には、そんなに置いていませんでしたから」
ロイクは以前ステラの部屋を見たときのことを思い出す。整然としていて、生活感の薄い部屋。確かに必要最低限のものしか置かれていなかった。
執務室に到着すると、すでにレオナルドとユリウスが待っていた。
「よく来てくれた」
レオナルドは笑顔で迎えたが、その隣のユリウスは目の下にくまを作り、不機嫌そのものだった。徹夜で資料を集めていたせいだ。
「ステラ、君の部屋は一階上にある」
レオナルドが執務室の奥にある階段を指さす。
(……階段なんてあったの?)
以前ここに来たときは気づかなかった。
「それと、君の部屋の隣には俺の部屋もある」
「……えっ」
ステラは一瞬固まった。視線をユリウスに向けると、彼は「私は関与していませんよ」という顔をして、そっぽを向いた。
見放された気分のまま、ステラは渋々レオナルドの隣の部屋を使うことになった。
(……絶対に早く事件を解決して、自分の部屋に戻る!)
と、心の中で固く誓った。
やがてロイクは「訓練があるので」と外に出ていった。
残った三人は仕事に取り掛かる。
ユリウスが徹夜で集めた資料を、ステラはひたすら読み進めた。記憶力の鋭さと速読の力で、次々と資料を頭に収めていく。
ステラが読み終えた資料を、念のためにレオナルドも確認する。
読み終わったあと、ステラはしばし目を閉じ、数秒間だけ思考を整理した。
やがて顔を上げ、口を開く。
「……全体の流れを一度整理してみてもいいでしょうか?」
「もちろんだ。そうしよう」
レオナルドがうなずく。
「では、大きめの紙をご用意ください」
ステラの声は、どこか凛としていた。
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