メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

37.誘拐事件(五)

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ステラはクラウスに向き直った。

「……では、わたしはどうすればよいのでしょうか」

レオナルドは険しい顔をしたまま、沈黙を守っている。その横顔をユリウスがちらりと盗み見て、冷や汗を浮かべた。マティアスも空気を読んで黙っていたが、視線はレオナルドに向けられていた。

クラウスはしばらく考え込んでから、静かに口を開いた。

「まず、被害にあっている女性や子どもは、容姿や才能など、際立った特徴を持っている者が多い。そして、さらわれる時間帯は商人が皇都を行き来する頃と重なっている」

クラウスの言葉に一同は耳を傾ける。

「つまり、商人に扮した犯人が、荷物に見せかけて人を運んでいる可能性が高い。皇都や周辺の往来でひとりきりでいれば、さらわれる可能性は大きいということだ」

そこでクラウスはステラを見た。

「だが……訓練も受けていないあなたがおとりになるのは、無謀だ」

ステラは返す言葉を失った。レオナルドは依然として無言。ユリウスは殿下の顔色をうかがい、マティアスも不安げに視線を揺らしている。だが、クラウスは構わず続けた。

「もう一つ、可能性を挙げておこう。容姿端麗な者が狙われているのなら……若い男子も標的となるかもしれない。今回の被害者にはいないが、八年前には男性もさらわれていた」
「……それなら」

ここで、沈黙を破ったのはレオナルドだった。

「その役は、私にぴったりだな」

――沈黙。

全員が冷めた目を向けた。

「……ご自身が容姿端麗だと、自覚がおありだったのですね」

ユリウスが皮肉を言う。クラウスはばつが悪そうに視線を逸らした。マティアスは苦笑して肩をすくめる。

「確かに殿下は容姿端麗ですが……さすがに皇太子殿下におとり役をさせるわけには参りません」

ステラは半ば呆れ、半ば見下すような眼差しをレオナルドに向けていた。

(この皇太子殿下はいったい何を考えているんだ……)

ユリウスが冷静に言う。

「……その役は、ロイクにやらせましょう」
「ロイクか……まあ顔は整っているな」

レオナルドが腕を組んで唸る。

「だが、どちらかというと“かわいい系”ではないか?」

そう言ってユリウスに目を向ける。

「その点で言えば、ユリウス。お前は――」
「…………」
「――おっと、年齢がダメだったな」

レオナルドの小さな反撃。ユリウスのこめかみに青筋が浮かぶ。

「……最終的に、もし男性でおとり役を立てるならロイクにしよう」

クラウスが話を締めくくり、場を落ち着けた。

レオナルドが部屋を出て行くと、重苦しい沈黙が残った。ユリウスは大きくため息をつき、ぽつりと漏らす。

「……殿下、怒ってらっしゃいましたね」
「ええ、怒ってましたね」

マティアスも同調した。ステラも、さっきの殿下の不機嫌そうな横顔を思い出していた。ユリウスが視線を向けてくる。

「……殿下は、かなり拗ねていらっしゃいます。ステラ嬢、追ってさしあげてください」

言われるがまま、ステラは慌てて部屋を飛び出した。残された三人は、その後ろ姿を静かに見送る。

「殿下は……ステラさんをご自身でお守りしたかったのでしょうか」

マティアスが小声でつぶやく。ユリウスは再びため息をつき、肩をすくめた。

「それもあるでしょうが……ただ一緒にいたかっただけかもしれませんね」

クラウスは無言のまま頷いた。三人の間に“手のかかる主人を抱える者同士の共感”が生まれる。

――。

廊下に出たステラは、すぐにレオナルドの背中を見つけた。長い廊下を歩いていくその姿に向かって、小走りで駆け寄る。

だが、勢い余って――何もないところで転んだ。

ドサッ。

「!」

後ろから物音がして、レオナルドが振り返る。

「……おい」

駆け寄ってきたステラが床に座り込んでいるのを見て、思わず口元が緩む。

「ステラ嬢、何もないところで……なにを転んでいるんだ」

レオナルドは差し出した手を、困ったように笑いながら伸ばす。その表情を見て、ステラは少し安心した。

(……いつもの殿下だ)

「ありがとうございます」

ステラは彼の手に自分の手を重ねて立ち上がる。

「もう……怒っていませんか」

おずおずと尋ねると、レオナルドは少し目を逸らした。

「すまない……怖がらせてしまったか」

短い沈黙。ステラはやはりまだ怒っているのかと心配になる。

だが――。

「……やめないか」

小さな声が落ちた。

「え?」

ステラは聞き返す。

「おとり役……やめないか」

レオナルドは真剣な表情を向けてきた。

「別に、ステラ嬢がやる必要はないだろう。他の者に任せればいい」

ステラは息を整えて、彼を真っすぐに見つめた。

「実は……殿下のそばでお仕えしたいと思っているのです。洗濯の仕事も嫌いではありません。でも、今の役目にとてもやりがいを感じています」
「……」
「平民のわたしが、いつまでも殿下のそばにいるわけにはいかないでしょう。でも功績を上げれば、少しは周りに認めてもらえるはず。だから……おとりをかって出たんです」

真摯な思いが、言葉に乗せられた。レオナルドはしばらく黙っていたが、やがて決意を込めた声で言った。

「……わかった。それならば、ステラを必ず安全に戻してやらねばならないな」

真剣な眼差しで彼女を見つめる。

「君の安全を保障できるよう……俺も対策を練ろう」
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