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潜入編
38.おとり捜査(一)
しおりを挟む事件解決に向けての準備は着実に進んでいた。この日も、執務室にはレオナルド、ステラ、ユリウス、クラウス、マティアスが集まっていた。マティアスが報告を切り出す。
「グランツハイト王国の大臣と話をつけました。王国側でも対策を講じてくれるそうです。首謀者が王国の人間だと判明し、激しい怒りを示していました。帝国に迷惑をかけたと謝罪の意まで……謝礼金まで送られてきました」
「謝礼金とは、また露骨ですね」
ユリウスが小さく皮肉を口にする。
一方で、レオナルドも独自に動いていた。腕の立つ令嬢を抱える家々に声をかけ、力を借りようと試みていたのだ。しかし結果は惨憺たるものだった。
――狙われているのは平民ばかり。
貴族の娘たちは、自らの命を危険にさらす理由がないと断り続けた。このことを、レオナルドは誰にも告げなかった。
会議の最中、ふいにレオナルドが口を開く。
「……すまない」
視線はステラに向けられていた。
「え?」
ステラは戸惑う。何に対しての謝罪なのか、見当もつかなかった。
(殿下……?)
レオナルドは受け止めると決めたステラの意志を尊重しながらも、心の奥底では彼女をおとりに使う気はなかった。功績を上げたいと願うステラには、別の形で功績を積ませればよい――そう考えていた。
そのときクラウスが口を開く。
「では、明日から計画を実行に移しましょう」
落ち着いた声だった。
「ステラ嬢、心の準備はよろしいですか。辞退するなら今です」
ステラは迷いなく頷いた。
「……やり遂げます」
その瞳に宿った決意に、クラウスが小さく頷く。するとユリウスが口を開いた。
「ステラ嬢がおとりを辞退しても、ロイクに女装させれば済む話ですがね」
思いがけない冗談に場が一瞬和む。
「ふふ……だから大丈夫ですって」
ステラは肩を揺らして笑った。クラウスが続ける。
「計画通り、ステラ嬢がさらわれたら……殿下が用意された魔法具で位置を知らせてください。被害者たちが集められている拠点に到達したら、そこで合図を送っていただくことになっています」
レオナルドが机の引き出しから小箱を取り出し、蓋を開ける。中には繊細な細工が施された銀のブレスレットが収められていた。
「これが……魔法具だ」
そう言って、彼はそれをステラに手渡す。ステラは受け取った瞬間、無意識に強く握りしめた。
「……必ず成功させます」
その声は震えていなかった。彼女の中に芽生えた覚悟が、確かな重みを持って場に広がった。
日が暮れ、皇宮は静寂に包まれていた。ステラが自室へ戻ろうとすると、扉の前に人影が立っていた。
「……殿下?」
レオナルドだった。隣の部屋に彼の寝室があるはずなのに、まるで待ち伏せしていたかのようにステラの前に立っている。
「殿下のお部屋はお隣ですよ」
軽く笑って言うステラに、レオナルドは真剣な表情で返した。
「それは知っている」
そのあまりに張りつめた声音に、ステラは思わず身を固くする。
「では……殿下もごゆっくりお休みください」
そう告げて部屋へ入ろうとした瞬間、腕をつかまれた。
「殿下?」
振り返ると、彼は苦しげに顔をゆがめていた。
「……行かないと言ってくれ」
泣きそうな声だった。まるで駄々をこねる子供のように。ステラは小さく笑みをこぼす。
「前に申し上げましたよね。功績を上げて、殿下のお傍にお仕えしたいと」
「別のことで功績を上げればいいじゃないか……!」
必死の声に、ステラは体ごと振り返り、正面から彼を見据える。
「被害者は皆、平民です。平民の命も国が守るべきもの。誰かがやらなければなりません」
レオナルドは深く息を吐いた。
「……まるで国を率いたことがある者のような考え方をするな」
それでもなお、彼は言葉を重ねる。
「ステラ嬢がやらなくてもいいのだ」
「きっと、やりたいと名乗り出る方はいませんよ」
ステラの静かな返答は真実だった。貴族の令嬢たちは、皇太子自らの頼みですら退けたのだから。
それでも納得できず、なお渋るレオナルド。そんな彼の顔を、ステラは覗き込むように見つめた。
「皇太子殿下。わたしはこの皇宮で知りたいことがあるのです。……そのために、殿下のお傍にいれば答えが見つかると思っていました。でも、そうではないのですね。もっと上に行かなければ、わたしの知りたい真実には届かない。だから少しでも早く、その方々に近づきたいのです」
真実を織り交ぜた説得。レオナルドは諦めるようにため息をつく。
「……思った以上に頑固だな」
そう言うと、彼は懐から小箱を取り出し、ステラの前に差し出した。次々とネックレス、指輪、髪飾り、イヤリングを取り出しては、彼女に身につけさせていく。
「……殿下? これは……?」
「ブレスレットと同じ魔法をかけてある。もしブレスレットを取り上げられたときの備えだ」
「平民が、こんなに飾り立てるなんて……」
思わず苦笑するステラ。
そのときだった。レオナルドは彼女を強く抱きしめた。
「……!」
心臓が跳ねる。男性に抱きしめられるのは、これが初めてだった。
耳元で、震える声が囁く。
「必ず無事に戻ってくると……約束してくれ」
泣きそうな声音に、ステラはそっと彼の背をぽんぽんと叩いた。
「――必ず、戻ってまいります」
誓いを立てるその声に、レオナルドはようやく安堵の息を漏らした。
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