メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

8.もうひとつの仕分け作業

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長い廊下を、ステラはユリウスの半歩後ろについて歩いていた。
ユリウスの足取りは軽やかで迷いがなく、その背筋はまっすぐだった。

「昨日のご活躍、噂で耳にしました」

ふと、振り返らずに彼が言った。
優しい声音。笑っているのが背中越しにもわかる。

「仕分けに図解を取り入れる発想、そして統率力。とても、洗濯係の新人とは思えませんね」

(噂……って、誰が……?)

ステラは無言で視線を落とした。

「それで本日は、別の仕分け作業をお願いできればと思いまして。少々、重要なものでして」
「……どんな内容ですか?」

尋ねると、ユリウスは初めてこちらを振り返った。
にこ、と完璧な笑み。

「――詳しくは、部屋で」

(……笑顔のまま話をそらした)

ユリウスの笑顔は一分の隙もなく、柔らかく、けれど底が知れなかった。
温かさというよりは、磨き抜かれた鏡のようだとステラは思った。

廊下を進む途中、すれ違う侍女やメイドたちが顔を赤らめて立ち止まる。

「ユリウス様……!」
「今日も素敵……!」

目がまるでハートのようだった。ユリウスはそのたび、爽やかに会釈を返していた。

「……まるで王子様扱いね」

思わずステラが小さく呟くと、ユリウスがくすっと笑った。

「そんなことありませんよ。私はただの筆頭侍従です」

(“ただの”ね)

呆れたように眉をひそめたまま、ステラは案内された扉の前で足を止める。
ユリウスがノックもなく扉を開けると、中には数名の侍女たちがすでに揃っていた。

端の椅子に腰掛けているのは、厳格な美しさを持つ侍女長エレオノーラだった。
エレオノーラが静かにステラを見やり、目だけで頷く。

(どうして侍女たちの中に、わたしが……?)

再びユリウスの微笑が横から注がれる。

「さあ、ここからが本番です。どうか、よろしくお願いしますね――ステラさん」

部屋の空気は静かで、どこか張り詰めていた。
侍女たちは全員、所作のひとつひとつが美しく、姿勢も凛としている。まるで“選ばれた者たち”の集まりだった。

その中に、ひとりだけ異質な存在――ステラがいた。

「ご苦労さま、ステラ。こちらへ」

侍女長エレオノーラが、優雅に手を差しのべるようにして促した。
その所作には、冷厳と気品の混ざり合った威圧感がある。

「本日の作業は、王宮主催の祝賀パーティーに向けた招待状の封入よ」

エレオノーラの声は澄んでいて、部屋にいる全員が自然と耳を傾けた。

「宛名によって封入する内容が変わるの。王族には金粉入りの香袋、上級貴族には宮廷紋章入りの文書、子爵には別の印章入りのハンカチといった具合。位階ごとに差配さはいされた品があるわ」

ステラの視線が封筒の山へと向く。封筒の表記は、繊細で装飾的な古式書体で記されていた。

(……これは……)

読み慣れない字体。装飾のような文字の連なりに、ひと目で“判別が難しい”と感じる者も多いだろう。
だが、ステラはすでにその構造を頭の中で分解していた。

(この形式……文字の装飾は三層構造。癖を掴めば、読める)

それがまるで「試されている」ように思えて、ステラの中の静かな対抗心が目を覚ます。
侍女長は、何も言わずステラの前に封筒と小物をそっと置いた。

「では、始めましょう」

侍女たちは品のある所作で動き始めた。
優雅に封筒を選び、手袋越しに品物を取り、間違いのない順に封入していく。

ステラもまた、ひとつ手に取り、読み、考え――封入した。
そして次、また次。
止まらない。迷いがない。

次第に周囲の侍女たちが、彼女の手の動きに目を向けはじめていた。

(……速い。それに、正確)

彼女たちはすぐに気づいた。目の前の少女が、明らかに“ただのメイド”ではないことに。
そして、それが侍女長のお気に入りであることも、すでに皆知っていた。

だからこそ、誰も彼女を咎めなかった。むしろ、ほのかな興味と敬意のまなざしを送るばかりだった。

しかし、もうひとつ――いや、“もうひとり”気になる存在がいた。
部屋の一角で、あのユリウス・ヴェルナーが、侍女たちと並んで招待状に手を添えていた。

(……なんで、この人がここで作業してるの)

見張っているのか、試しているのか。それとも、ただの気まぐれか。
笑顔を張り付けたその横顔を、ステラは横目で睨む。

(鬱陶しい……)

しかし、次の瞬間、ユリウスが手元からふと視線を上げ、ステラと目が合った。

その口元が、わずかに上がる。
――まるで、内心を読んで楽しんでいるかのように。

(……性格、悪そう)

そんな心の声を押し殺しながら、ステラは封筒をもう一通、迷いなく仕上げた。
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