メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

12.メイドの休日(三)

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柔らかな陽の光が差し込む石畳の通り。
レオナルドにエスコートされながら歩くステラの足取りは、どこかぎこちない。

「そろそろお腹が空いてきませんか?」

微笑むレオナルドに、ステラは返答する間もなく連れられた。
着いた先は、外観からして気品に満ちた高級レストラン。
ステラはその重厚な扉を前に、一歩、足がすくんだ。

(……絶対、場違い)

きらびやかなシャンデリアに磨き上げられた銀器、低く響く静かな音楽。
ステラは周囲の視線が気になって、思わず小さくなる。

けれど――

「ご注文はお決まりですか?」

ウェイターがメニューを差し出しても、ステラは慌てずに受け取り、涼しい仕草でナプキンを広げ、姿勢よく座り直した。

それを向かいから眺めていたレオナルドは、楽しげに口を開く。

「ステラ嬢、その完璧な所作……一体どこで?」
「作法の本を読んで、見よう見まねで練習しました」
「それであそこまで自然に? ふつうは、無理です」
「繰り返せば、体が覚えるんです」

誇らしげではなく、淡々とした口調。
それが逆に、レオナルドの関心を強く引いた。

「本当に、本が好きなんですね。休日に本屋で本を読み漁るほど」
「……ええ、昔からずっと。知らない世界を知るのが好きなんです」
「それなら、王宮の図書室を使ってみては?」
「えっ……?それは貴族の方々専用では……?」
「なら、王宮内に“誰でも使える図書室”を新設しましょう」
「……っ!?」

あまりに突拍子のない提案に、ステラはスプーンを落としそうになった。

「や、やめてください! メイドの意見がきっかけで図書室ができたなんて広まったら……」
「ご安心を。誰にも言いません。私の“気まぐれ”ということにしておきましょう」

いたずらっぽく笑うレオナルド。
その余裕の笑みが、ステラの警戒心を揺らがせる。

「ずっと気になっていたのですが、本屋で言っていた“にこにこ毒男”って」
「……つ、つぶやいてません、そんなことっ!」

必死に否定するステラに、レオナルドは肩を揺らして笑った。
彼のその表情は、いつもの“仮面の笑顔”ではなく、どこか本当に楽しそうだった。

食後、運ばれてきたのは色鮮やかなデザート。
ステラはメニューにいちごの文字を見つけ、迷わずそれを選んでいた。

「……おいしい……」

頬をほんのり染めながら、うっとりとした顔でスプーンを口に運ぶ。
幸せそうなその様子に、レオナルドはふと目を細めた。

「……ステラ嬢はいちごがお好きなんですね」
「……っ! べ、別に好きってわけじゃ……」

否定しながらも、スプーンは止まらない。

その様子を、レオナルドはどこか愛おしげな目で見つめていた。
その瞳の優しさに気づき、ステラの鼓動がまた早まる。

(ダメよ、ドキドキしちゃ……この人は――お姉様を……)

ステラは静かに、瞳を伏せた。

王宮の一室。夕方の空気に包まれた執務室に、扉の開く音が響いた。

「――ただいま戻りました」

軽やかな足取りで現れたのは、レオナルド皇太子殿下。
金糸のような髪を揺らし、どこかご機嫌そうに微笑んでいる。

しかし、それを出迎えたのは――

「殿下。お戻りは、お早いようで」

とても穏やかで、とても静かな声。
けれど、その奥には確実に怒気が潜んでいた。

ユリウス・ラインハルト。その笑顔はいつものままだが、目元だけが一ミリも笑っていない。

「……もしかして、怒ってる?」
「お仕事を一式放り出して、外出などなさる方に怒って当然では?」
「だって、君ばかりステラに会っててズルいと思ったんだ」

レオナルドが悪びれもなく言うと、ユリウスの口元の笑みがさらに深まった。

「それでお忍びデートに行かれたと。なるほど。素晴らしいご理由です」

手元の書類を音もなく置きながら、声色だけが冷えていく。

「次からは連絡をいただけると助かります。“皇太子殿下の行方不明”という報告書を作る羽目になりましたので」
「ごめんごめん。でも楽しかったよ」
「そりゃあどうも」

その場にいたロイクが、苦笑いしながら口を挟んだ。

「ステラって、そんなに面白い子なんですか? 僕も会ってみたいなあ」
「そのうち機会があるさ」

そう答えたレオナルドは、急にくるりと振り返り、言った。

「そうだ。王宮に誰でも使える図書室を新設しよう。ユリウス、手配してくれる?」
「“誰でも”というのは……平民も、メイドも、含まれますか?」
「もちろん。僕のお気に入りの子が本好きでね」
「……やっぱりステラ嬢のためですね。仰ると思いましたとも」

肩を落とすユリウスに、レオナルドはさらに追い打ちをかける。

「それと……明日から、メイドの食事にいちごのデザートを加えて」
「……理由は?」
「ステラ嬢が好きなんだ。見てるだけで幸せそうだったよ」
「……殿下」

笑顔を保ったまま、ユリウスの声が少しだけ低くなる。

「私的感情で食事内容を変えるのは、規律上問題です」
「ユリウス、笑顔で怒るのが癖のようだが、それはまるで……」

その言葉に、ユリウスの眉がピクリと動いた。

「……はい?」

レオナルドは吹き出しそうになりながら、誤魔化すように唇を指で隠した。

(あれは……ユリウスのことだったのか)

本屋でステラが見ていたインタビュー記事、ステラの呟いたあの一言。
全てがひとつに繋がった瞬間だった。

(ふふ……“にこにこ毒男”)

こらえきれず笑いながら、ぽつりと呟いた。

「にこにこ毒男……」
「……え?」
「なんでもない、なんでもない」
「今、何か仰いましたよね? にこにこ……?」
「言ってない言ってない。気のせいだよ、ユリウス」

レオナルドは肩を震わせながら椅子に腰かける。
笑いが止まらないその様子を見て、ユリウスはますます機嫌を損ねていくのだった。

そんな中、ロイクは楽しげに言った。

「……やっぱり僕もステラに会ってみたいな」
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