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潜入編
11.メイドの休日(ニ)
しおりを挟む「レ、レオナルド皇太――」
「言っちゃダメです」
レオナルドの片方の手がステラの口を素早く押さえた。
それがあまりに自然で素早くて、抗う間もなかった。
距離が、近い。
金色の髪先が額に触れそうなほどの至近距離。
まっすぐに見つめてくる蒼の瞳。
目を合わせた瞬間、心臓が跳ねるように高鳴った。
(な、なにこの距離……!)
「驚かせてすみません。ですが、こんな街中で“皇太子”などと叫ばれては、私の計画が台無しです」
苦笑しながら手を離すと、レオナルドはほんの少しだけ後ろに下がった。
それでもまだ、距離は近い。
ステラの頬はじんわりと熱を帯びたままだ。
「本日は、私的な外出です。ですので――“レオ”と呼んでください、ステラ嬢」
「えっ……ステラ“嬢”?」
ぽかんとしたステラに、レオナルドはいたずらっぽく笑って見せた。
「お気に入りのメイドを、敬意をもってそう呼んではいけませんか?」
その声音にはからかい半分、でもどこか本気のような柔らかさも混じっていた。
(ずるい……その声、その目。その言い方)
一瞬だけ、胸の奥がとくんと跳ねる。
だが、すぐに打ち消す。
私は、あの人を――
「さて、ステラ嬢。本題です」
レオナルドは歩幅を半歩だけ詰め、ステラに微笑みかけた。
「これから少し、デートをしていただけませんか?」
その提案はあまりにも自然で、けれどあまりにも突飛だった。
灰色の外套に身を包んでいても、立ち居振る舞いには気品が滲む。
通りかかる女性たちが思わず振り返るのも無理はない。
“ただの平民”に化けているつもりでも、王族のオーラは隠しきれないのだ。
ステラは思った。
(……何を考えてるの、この男)
けれど、すぐには断れなかった。
「……結局、ついてきてしまったわけだけど」
街の石畳を並んで歩きながら、ステラはチラチラと隣をうかがった。
視線の先には、涼しい顔で歩く金髪の青年――レオナルド皇太子殿下。
だが、本人は「レオ」と呼ばせたがっている。
「……あの、レオナルド――」
「レオ、です。ステラ嬢」
「……レオ様」
「よくできました」
子どもを褒めるような声音に、ステラは思わず物言いたげに見つめた。
(なんなのこの人……)
この男の考えていることは、やっぱりわからない。
ただ一つだけ確かなのは、“絶対にただの散歩じゃない”ということ。
案の定、連れてこられたのは普通の店ではなかった。
皇都の中でも上流階級が通うという、仕立ての店――マルティナ・ドレスサロン。
(……いや、まさか、まさか)
疑念が脳裏をよぎる中、扉が開かれ、ステラはふわりと香る香水と絹の匂いに包まれた。
「あの、まさかとは思いますが、ここで服を買うんですか? ご自分の?」
「違いますよ?」
少しホッとしたのも束の間、レオナルドはステラの方を見て微笑む。
「あなたの服です、ステラ嬢」
「……は?」
目を見開いたステラに、店内の店員がすでに動き始めていた。
数人の女性が笑顔でステラを取り囲む。
「あなたには上品な藍色が似合いそうですね」
「いえ、こちらの白地に金の縁取りなど、王族の護衛夫人にも選ばれている色味で――」
「待って待って待って!」
ステラは慌てて店員たちから距離をとった。
「なんで私がこんな高そうな服を!? 私、平民のメイドですから!」
「大丈夫、今日だけは“そうじゃない”ですから」
レオナルドがにこりと笑う。
「この格好で歩いていて、君を平民と思う人はまずいない。そう思わせるのは君自身ですよ」
「……っ、だからって!」
「ステラ嬢、これはデートです。“それらしい”服を着ていなければ不自然でしょう?」
口調はあくまで穏やか。
だがその言葉には、反論の隙を与えない強引さが潜んでいた。
(言いくるめられてる、完全に……!)
その後、ステラはドレスというより“上品な街着”に近い服を選ばれた。
淡いグレーのスカートに、緻密な刺繍が施されたブラウス。しなやかなショール。
素材も縫製も、明らかに“王宮内でも高級な侍女”レベルではない。
(これ、いくらするのよ……!)
ドレス姿になったステラが試着室から出てくると、レオナルドは微笑を深めた。
「似合ってます。まるで本物の貴族令嬢だ」
「……嫌味ですか?」
「いえ、事実ですよ。ね、マルティナさん?」
奥から現れた店主らしき婦人も、「たいへんお似合いですよ」と目を細めた。
その後、レオナルド自身も控えめな上着を一枚選び、支払いを終えた。
そして、店の前でステラに手を差し出した。
「さあ、エスコートを」
「遠慮します」
「貴族の男性が女性をエスコートしないのは、礼儀知らずですよ」
「……っ」
「これは“デート”ですから」
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、レオナルドはぐいっとステラの手を取った。
仕方なく腕を預けたが、ステラは顔をそらす。
(やっぱり信用ならない)
だが――頬は、うっすらと赤かった。
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