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潜入編
14.嫌がらせ事件(二)
しおりを挟む廊下の奥でくすりと笑ったメイドに向かって、ステラとカレンは足早に歩み寄った。
「ちょっと、あんた……さっき、こっち見て笑ってたよね」
カレンが真っすぐに詰め寄る。
「何のこと?」
メイドは平然と肩をすくめる。
「ごまかさないで。あんたがやったんでしょ」
「は? なに言ってんの? 私じゃないし、そっちこそ証拠あんの?」
声が次第に大きくなり、周囲のメイドたちも何事かと顔を上げた。
騒ぎはすぐに廊下全体に広がっていった。
「カレン、落ち着いて」
ステラが静かに声をかけたが、カレンの怒りは収まらない。
「ステラ、絶対にやったのはこの人だよ! 絶対にこの人しかいない!」
「ちょっと、やめてよ! 突然なんの話!?変な言いがかりはやめてちょうだい!」
激しい言い争いの最中、長身の青年がひょいと人混みをかき分けて近づいてきた。
ロイクだった。たまたまこのあたりを通っていた――という名目で、ステラの姿を探しに来ていたのだ。
「おいおい、何の騒ぎだよ」
軽く眉をひそめてロイクが声をかけると、カレンが食い気味に言った。
「この人がやったんです! ステラの大事な……」
「服なんて破ってないって言ってるでしょ!」
ロイクが両手を軽く上げ、二人の間に割って入った。
「まあまあ、落ち着けって。まず事情をちゃんと聞こう。ステラさん、どういうこと?」
ロイクが初めてステラに視線を向けた。まっすぐな黒髪に澄んだ瞳、すっと通った鼻筋――想像以上に、繊細で、どこか影を秘めた少女だった。
注目が集まる中、ステラはずっと黙っていた。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
ステラは黙ったまま犯人を見据えていた。最初から確信していたのだ。
「……順を追って話します」
ステラの声は静かだったが、周囲の空気をきゅっと引き締める力があった。
「わたしの部屋には、とある方からいただいた高級な服が入った袋が置いてありました。けれど、先ほど仕事を終えて戻ってみると、その服が――何者かに破られていたのです」
周囲がざわめく。ステラはそこで、カレンと顔を見合わせ、そっと頷いた。
「わたしとカレンは部屋を飛び出し、犯人を探しました。そして――見つけました」
ステラの目線が、言い争っていたメイドに向く。くすりと笑っていたそのメイドは、びくりと肩を震わせた。
「ま、待ってよ! 私じゃないって! いきなり犯人扱いしないでよ!」
メイドはロイクに訴えかけるように言葉を重ねた。
「何の証拠もないし、そもそもステラとカレンが嘘をついてるかもしれないじゃない! ほら、同じ部屋にいたカレンがやったって可能性もあるでしょ!? 一番犯行に及びやすいのはカレンよ!」
「なっ……! あたしは絶対にやってない!」
「どうだか。自作自演って線もあるじゃない」
ふたたびヒートアップする二人のやり取りに、ロイクは頭を抱えた。
「こりゃ……めんどくさいな」
そのとき、ステラがふわりとカレンの肩に手を置いた。
「カレンじゃないことは、わたしが一番よく分かってる」
そして、視線を戻すとまっすぐ犯人のメイドを指差した。
「わたしの服を引き裂いたのは、あなたですよね」
「はあ!? 証拠もないのに、勝手なこと言わないでよ!」
その瞬間、ステラの声が鋭くなる。
「――証拠ならあります」
騒がしかった場の空気がぴたりと静まった。
「わたしもカレンも、“服が破られていた”なんて一言も口にしていません」
「最初に“破られていた”と口にしたのは、あなただけ」
ステラはゆっくりと周囲を見回した。
「近くにいた皆さんに聞きます。わたしとカレンが、“服が破られていた”と話していたのを聞きましたか?」
声をかけられたメイドたちは顔を見合わせ、次々に首を横に振った。
「……そういえば、そんなこと一言も言ってなかったわ」
「カレンさん、ずっと“やったんでしょ”って怒ってただけだったし」
「聞いてないです……うん、確かに」
ステラは再びロイクに向き直り、静かに言った。
「これが、証拠です」
犯人のメイドの顔から血の気が引いていった。唇をわなわなと震わせ、何か言いかけたが、声にはならなかった。
ロイクは大きく息をつき、近くに控えていた若い騎士に目を向けた。
「この者をユリウス様のところへ。事情を説明して処分を仰いでくれ」
「はっ」
騎士がメイドの腕をとると、メイドはようやく小さな悲鳴をあげ、引きずられるようにして連れていかれた。
ロイクは視線をステラに戻し、じっと彼女を見つめていた。
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