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潜入編
15.嫌がらせ事件(三)
しおりを挟む犯人のメイドが騎士に連れられていったあと、場に残されたステラとカレンは、そっとロイクに頭を下げた。
「ありがとうございました、ロイク様」
「助かりました、本当に……」
「別に。僕は、揉め事を止めたかっただけだよ」
ロイクは頬をかきながら、少しばかり照れたような笑みを浮かべた。そしてすぐ真剣な表情に戻る。
「ところで、ステラさん。例の服……どれほどの損傷か確認したい。案内してもらえるか?」
「……はい。こちらです」
ステラとカレンはロイクを自室へ案内した。部屋に入ると、袋の中に無造作に放り込まれたままの布地が目に飛び込んでくる。
ロイクがそれをそっと取り出すと、布は縦にも横にもビリビリと裂け、もはや原型をとどめていなかった。
「……ここまでやるとは」
ロイクは溜息まじりに言いながら、ステラの横顔をちらりと見る。
(これ、殿下が見たら……)
「ロイク様」
ステラが口を開いた。
「この服……直すのに、どれくらいお金がかかりますか?」
その言葉に、ロイクは少し驚いたようにまばたきをした。
「直す?でも……殿下なら、そんなこと気にせず新しいものを贈ってくれると思うけど」
「“殿下”?」とカレンが首を傾げた。
ロイクは気まずそうに咳払いをするが、ステラはその問いに答える代わりに、視線をまっすぐに保ったまま口を開く。
「それでも、わたしは……これを直したいんです。自分で。贈っていただいたものだから、粗末にはできません」
ロイクはしばらく黙っていたが、やがて、優しく答えた。
「直せないことはない。けど……メイドの給金だけだと、相当な時間はかかるな」
「そう、ですか……」
ステラはゆっくりと服に視線を落とす。切り裂かれた布を、まるで何か大切なもののように、そっと手のひらでなぞった。
(わたし……何やってるのよ。あんな、胡散臭い男からもらった服を、直してどうするの……)
けれど、胸の奥にうっすらと残る温度のようなものが、どうしても消えてくれなかった。
執務室の空気は、報告を終えたロイクの声でぴりりと張り詰めた。
「……というわけで、殿下から頂いた服は、見るも無残な状態でした」
報告を聞いたレオナルドは、ふと息を止めるように黙り込んだ。その顔には、明らかな怒りと悔しさ、そして自分を責めるような影が浮かんでいた。
「ステラ嬢に……嫌な思いをさせてしまったな……」
「殿下が謝ることではないと思いますが」
ユリウスがやわらかな声で口を挟む。
「犯人のメイドは、先ほど私のもとに騎士が連れてきました。事情は概ね聞いています」
レオナルドは黙って頷いたが、すぐに思案深い表情で視線を落とす。
「……確かに、あの服は高価だった。嫌がらせでなかったとしても、盗難や売却目的で被害に遭う可能性もある。管理が甘かったな……次からは、贈った品の保管場所も把握しよう。施錠の有無も含めて」
「そっちの心配ですか、殿下」
ロイクが呆れたように笑う。案の定、殿下はステラに贈り物を今後も続ける気らしい。
「ちなみに、破かれた服の状態ですが……僕がステラ嬢の部屋で直接確認しました」
その一言で、レオナルドの目の色が変わった。
「……部屋に、入ったのか?」
「はい?」
「君が?ステラ嬢の部屋に?」
ロイクがきょとんとする中、レオナルドの声はわずかに上ずっていた。
「それは……許可を得て入ったのか?ステラ嬢は何と言っていた?どれくらいの時間いた?」
「……いや、だから、確認のために少しだけ――」
「俺はまだ一度も入ったことがないのに……!」
呆れたロイクが、思わず小さく頭を抱えた。
「怒るポイント、そこ?」
「当然だろう」
レオナルドは真面目な顔のまま、ぷんすかとした様子だった。
「それと……ステラ嬢はその服を“自分のお金で直したい”と言っていましたよ、殿下」
その言葉に、レオナルドの頬がわずかにほころんだ。
「……そうか。なんて健気なんだ」
「……嬉しそうですね」
ロイクが呆れ口調で返すと、ユリウスが控えめに咳払いをした。
「問題はそこだけではありませんよ、殿下。今回の件で明らかになったのは、ステラ嬢が一部のメイドたちから嫉妬の対象になっているということです。今後も同じような嫌がらせが起こる可能性があります」
「そうだな。監視をつけるべきか……」
レオナルドが真剣に呟く。
「はい、今後はステラ嬢の身の回りにも注意を払わねばなりませんね。……また仕事が増えます」
ユリウスは静かに、しかし確実に疲労の色をにじませた声で言った。
レオナルドはふと、あることに気づいたようにロイクに視線を向けた。
「そういえば……なぜ、あのメイドをグレタではなく君はユリウスのところに連れて行ったんだ?普通はまずメイド長の管轄だろう?」
ロイクは肩をすくめる。
「だって、殿下が差し上げた服が被害に遭ったんですよ。しかもステラ嬢が巻き込まれている。そうなっては、ユリウス様の仕事が増えるでしょう?」
「……うん、確かに。ユリウスにはメイドたちの部屋の防犯を徹底するよう命じようかと思っていたところだ」
レオナルドは満足げに頷いたが、ユリウスの眉はわずかにぴくりと動いた。
「ええ。実に、面倒くさい命令です。……ロイク、よくぞ私のところに連れてきてくれました。二度とこんな愚かなことが起きないように……相応の処罰を考えます」
にっこりと笑ったユリウス。その笑顔を見たレオナルドは心の中で呟いた。
(さすが、にこにこ毒男)
この男だけは、絶対に敵に回してはいけない。
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