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ー第2部ー 元には戻れない現実

ー第12話ー どん底から見える光景(もの)

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「ではこう、手を広げてみて下さい。」
そう僕の目の前で手をパーに広げて見せる白衣の女性。
僕もそれに続けてみようとするけど、まるでゴムにひきつられるように上手く動いてくれない。
現在僕は病院からは退院し、通院という形でリハビリをしている。
最初は信じられなかった。これまで暴力をうけ続けていたとう自覚はあったけど。
それでリハビリが必要だなんて思ってもみなかった。
でも、嫌でも思い知る事になる。まともに立つ事もままならず、言う事を聞いてくれない、しかも・・・・。
「ちゃんとリハビリ頑張って下さいね。でないと後遺症として残ってしまい、
 二度と元には戻りませんよ。覚えておいて下さい。」
僕の主治医と言ったその人のその言葉は本当に怖いと思えた。だから今僕は真剣にリハビリに励んでいる。
だけど僕の担当となった看護師さんが結構綺麗な女性(ひと)で、
そんな人が僕の側にいるというのはどうしてもドキドキとしてしまう。
「こらぁ、ちゃんと集中して下さいね。」
うっ、ドキドキに気を取られているとこれだぁ。しかも可愛らしく怒ってくるのでよりドキドキしてしまう。
思わず妙な実感をしていると思う。彼女との関係、そして強く関わった事で異性には慣れたと思っていた。
けど、そうではないという事を僕の目の女性(ひと)に証明させられた。
彼女もこの女性(ひと)も、どちらも綺麗だと、そう思える。てっ、そんな事考えてる場合じゃぁないない。
そして、現状で忘れてはいけない女性がもう一人いる。僕の叔母だという人。
僕の母親の妹だと本人は言ってきたけど、そんな話一度も聞いた事がなかった。
母親を信用も信頼もしてなかったけど、でも、それでも警戒はする。
元々誰かと関わった事なんて殆どなかったけど。
これまで僕の身に起きた事も重なってそう簡単には信用は出来ないだった。
そんな叔母と名乗る女性との同居。僕にとってはいきなりで、より警戒心を強めていた。
同居してしばらくはまともに口もきかない状態が続いた。いや、続けた。だね。
けど叔母は根気よく僕に話続けた。しばらくは一方的に。そして通院の付き添いも。
なんでそこまで?。殆ど赤の他人なのに。僕にとっては不思議だった。
「だったら覚えておきな。これが、今あたしがやってる事が大人の責任だって。」
それは間違いなく僕の知らない事だった。そしてそれがきっかけだったと思う。
少しずつ叔母と話すようになっていった。
そこで知ったのは、僕の状況が僕の思っていた以上に不条理で理不尽なものだったと。
叔母は僕に禁止とする事を多くは望まず、強要もしてこない。
なにより三食ちゃんと食事が有る。最初それがすごく不思議だったけど。
「こっちが、今のが当たり前なんだよ。そしてこれも大人の責任ってやつだよ。」
叔母と話していく中で僕はあまりにも多くの事を知らない。その事実を知った。
「その知らない事の中には、今からでもいいから知るべき事がある。
 手伝うからさ、しっかり勉強しな。」
叔母のその言葉に僕はしっかりと頷いていたと思う。なにより、真剣に勉強したいと思ったのは初めてだと思う。
そんな叔母だけど第一印象は男性?だった。で、胸の膨らみでさらに僕は混乱した。
で、後にその事を叔母に言った事があった。けど・・・・・・。
「お前、流石にそれは失礼ってもんだろうがっ!!。」
結構怒られた、そんな感じだった。流石に怖かった。
けど、軽く見れば叔母は男性に見えなくもない。
全身が筋肉質でガッチリしていて、髪も男性のそれと言っていい程短く。
実際見るとこ見なければ女性に見えないんじゃないかと思う。
なにより服装も男性っぽい、そろそろ冬という季節なのに半袖のTシャツにジーパン。
怒るのは解るけど、結構男性に見えるよと言おうと思って止める。間違いなくまた怒られる。
そして体の方は思った以上に動いてくれない。その事もあってリハビリは長引くと思っていた。
けど入院してきた期間を入れて約一ヶ月程の頃には体の不自由も殆ど消えていた。
「後の事は自宅でのリハビリだけで十分でしょう。
 しかし、だからと言って怠けては駄目ですよ。あと少しです、頑張って下さい。」
「ええ、任せて下さい。」
主治医と叔母との会話。あれ?、僕は無視?、当事者なのに。
と、思っても意味は無く、そのまま家に帰った。
で、その時点で知る事になった叔母の仕事。
「ボディ・アドバンテージ・アドバイザー?。」
なんとも聞いた事も無い名称だった。当然僕はそれは何?と聞いた。
叔母の説明によると依頼者、お客さんの要望に合わせて体をどう鍛える、もしくは調整をする。
これを二人三脚でやっていく仕事なのだと。ちなみにお客にはプロのアスリートもいるのだとか。
「そういう事だから、あんたのリハビリを手伝う事も出来るよ。」
叔母のその言葉は最初は頼もしく思えた。けどすぐに後悔する事になる。
何故なら叔母の考えたリハビリのメニューは明らかに病院の時よりハードだったから。実際きつかった。
けどそのハードさのお陰か、自宅でのリハビリは二週間程で完了していた。死ぬかと思ったけど。
そして僕はあれから一度も学校に行ってはいない。
行くのが怖いというのもある。そして信用、信頼出来る存在がいない。
信用、信頼出来る存在がいない、これは僕がそういう関係を作ってこなかった。
それが悪いとも言えたけど、それでもやっばり怖いだった。
そして叔母から付いて来ないかと聞かれた。
何処に?と聞くと東北に戻るのでそこに付いて行く事になるとの事だった。
でも僕にとってそもそも東北って何処?だった。
改めてまだ知らない事が多いと多いと思い知る。
そして、そう簡単には答えは出ないだった。
場所が、学校が変われば僕が怖がっている事が解決するのか?。
違うとも言えるのかもしれない、でも実際は判らない。それが事実になると思う。
じゃあ残る?。どうなんだろう。もしかしたらあの信用出来ない人達の学校へというのもあるのかもしれない。
それは嫌だっ!。どうやらそういう答えならすぐ出るみたいだ。
どちらにせよすぐには答えは出ない、出せない。その事を叔母に伝えると待ってくれると返ってくる。
ただ、答えを今年中までには聞きたいと期限を作られた。
今が十一月だから、約二ヶ月。時間は十分にあるのかもしれない。
けどやっぱりというのか、どれだけ考えても答えは出なかった。
行くにしても、残るにしても、判らない事、不安な事があまりにも多かったからだ。
「確かに、そこは考えても答えは出ないだろうね。」
「じゃあ、どうすれば?。」
「無責任に聞こえるかもしれないけど。やってみるしかないよ。
 それでようやく答えが出てくる、だからね。
 ただ一つ、どうやっても満足のいく結果は出ないよ。それが”人が動く”という事だからね。」
分からない事があると叔母に質問を積極的にしていた。
けどそれが答えに繋がるとは限りない。それもまた僕の知るべき事。
こうして学校も行かずに日々を過ごしていた。幸い叔母が手を回していて、
今のままの状態でも問題ないようにしてくれていて、高校三年にも問題無く上がれるという。ただ・・・・。
「年が変われば、正確には年度が変われば、学校に行かないという訳にはいかなくなる。
 それは付いて来る、来ないどちらでも変わらない。そこも考えてほしいかな。」
逃げ続ける訳にはいかない。叔母の言っている事はそういう事だろう。なら学校を辞めるというのは?。
「それは出来れば考えてほしくないね。せっかく二年まで来ているというのもあるけど。
 可能性を繋げる事、それを止めてほしくないからね。」
「可能性を、繋げる?。」
「そう、それが本来の学校の役割だよ。」
叔母と話ながら、出ない答えを出そうと考え続けている。そして時期はそろそろ年末も見えてきた頃。
「前に言った事が事実なら、付いて行きたい。」
「うん、事実だよ。しかしまぁ、ギリギリだねぇ。全く・・・・。まあ、これからも宜しくだね。」
「うん、宜しく。」
そうして僕は叔母の下で冬休み、三学期という時期を過ごした。そして春休み手前の事。
「なに・・・これ?。」
「何って、あたしの荷物だよ。」
僕達は東北に行く為の準備をしていた。向こうでもやる事があるので早めにという事だったけど。
そうしていきなり何処からか出現した大量の荷物。確か一緒に住んでいた時は無かったはずだけど。
「貸倉庫に預けてたんだよ。東北(むこう)に置きっぱなしにして盗まれるのも嫌だったからね。」
なんとも変な用心ぶりだと思った。しかもこんなに大量に・・・・。
「さぁ、さっさっとやってしまいなよ。」
「僕一人で?。無理だよ。」
叔母の無責任さにさっさと釘を指す。事実僕一人じゃ無理だし、こんな量。
「・・・・冗談だよ、あたしもやるから、さっさと終わらせるよ。」
いや、今目が本気だと言っていたよ。普段仕事で疲れているのは分かるけど、勘弁してほしい。
そうして春休み中に僕達は東北に移動していた。全てが初めての事、そんな時間だった。
「うっ、寒い・・・・。」
「あはははは、確かに寒いだろうけど。この辺は雪が少ないんだよ。
 慣れれば割りと過ごし易い所だよここは。そしてようこそ東北へ。」
その後、のんびり出来るかなって思ったけど、割りとバタバタした。
まずは学校の決定。
「この実力なら良い学校(ところ)へ行けますよ。」
意外だったのは場所が役所だという事と、そこでテストを受ける事になった事。
けどその結果を見た役所の人の言葉に僕は焦った。前の事もあってそういうのは勘弁だったが・・・。
「では、それで宜しくお願いします。」
なんと大人だけで勝手に決められしまった。で、役所から出てから叔母に文句を言うと決めた。
「あははは、それは悪かったね。けどあんたじゃ色々と分からないと思ってね。
 それに前にも言ったけど、状況自体がもう変わってるんだ。
 だからまた以前と同じになるとは限りないよ。なにより、今怖がっちゃだめだよ。」
叔母の言いたい事は解る。けど、やばっり不安は付いて来る。うん、判ってたことだ。
そして、もう一つ。それは不安ではなかった。
何時からか、時折思い浮かぶようになった一人の少女。
もしかしたら僕は彼女にもう一度会いたいのかもしれない。
けどそれは叶わない事なのかもしれない。彼女が何処に居るかも解らず、僕も住む場所が変わった。
確かに変わった。状況も、環境も、それでどうなるのかという不安と置き去りにした思いだけが僕の中にはある。
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