だから、どうか、幸せにー短編集ー

おもち。

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だから言ったでしょう?

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 「燈にはあの時確かに伝えたよね?僕は君を絶対に離さないって」

 そういつもと変わらない優しい笑顔で語りかけてくる恋人に対して、私が恐怖を抱いたのは初めての事だった。

 (あ、これ、一番ダメなパターンじゃない!?)

 でも気付いた時には全てが遅かった。
 私の運命の糸は目の前の彼──エリス・ゲルマンによってそれはもうがっちりと握られていたのだから。


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 エリスの出会いは、私がラノベとかでよく見かけたお決まりの展開すぎる異世界転移をした所から始まる。
 異世界から来た聖女としてあれよあれよと王城に連れていかれ、世話役として付いてくれた第二王子であるエリスと共に過ごす時間が増えた事がきっかけで、私たち二人の仲は急速に縮まっていった。彼は仕草も容姿も、幼い頃に見た絵本に描かれている王子様そのものだった。

 癖のない真っ直ぐな銀髪。まるで宝石でも嵌め込んだのかと思うような透き通った紫の瞳。身長も私が158センチなのに対して彼は180は超えていて、身体つきも一見するとすらっとして細身なのに、支えてくれる腕は鍛えている人の腕のようでしっかりとした体躯だった。
 こんな出来た人、地球……というか私の周りには絶対にいないよなぁなんて思ったりもした。
 初めて会話をした時も、彼とお茶をした時も、会いたい時に会えるのに手紙をくれるまじめさも、全部が私にとっては新鮮でこれで恋に落ちない方が難しくない?なんて、自問自答したりもした。

 でも私たちの恋はすぐに民衆が想像し、恋愛小説で読まれているような輝かしい展開とは言えなくなってしまった。
 それは単純に私に聖女としての力が目覚めなかった事が大きな原因だった。
 異世界から来た聖女に対してそれはもう大きな期待をしていたこの王国の人々にとって、私が聖女としての力を発現出来ない事は裏切りに近い行為だったから。
 この国では百年に一度異世界から聖女召喚を行なっている。今回のように地球から来た聖女も珍しくないと、この世界へ来たばかりの頃召喚を行なった神官の人達が話してくれた。
 今までの聖女召喚で力を使えなかった人達は一人もいないと聞き、私は大いに焦った。私のせいでエリスの評判も落ちていくのが分かってそれが何よりも辛かった。ダメな私を見て神官の人たちの見る目や態度が変わっていくのをひしひしと肌と感じた。それが本当に苦しかった。
 それでも私はエリスが生まれ育ったこの国を救う為、そして堂々と彼と並び立つ為に必死で努力した。
 でもダメだった。
 自分自身に失望していたある日、親切な人が教えてくれた。

「燈様は第二王子殿下の噂をご存知ですか?」
「噂?え、えっと…」

 思わず言葉に詰まってしまった私は、どう答えようか悩んでいると目の前の人は綺麗な笑みを浮かべて私だけに聞こえる声で囁いた。

「偽聖女に騙されている無能者」
「……っ!?」

 一瞬驚いて言葉をなくしてしまった私に目の前の人は変わらずに笑顔を向けている。同時にこの笑顔の先に意図をなんとなく察してしまった。綺麗な笑みの中にある、私に対する嫌悪の感情を滲ませたその人の真意を。

 (お前が殿下を無能者と言わせているんだ)

 相手の笑みにはそう言っているよう感じた。
 
 
 それ以来明かに元気をなくした私を見て、聖女の力を使えない事で落ち込んでいると思ったエリスは何度も励ましてくれた。それでも私の心が晴れる事はなかった。 
 先日会ったあの人が言っていたように、私と恋人同士になってからエリスの評判は地に落ちた。今や彼は偽聖女に騙されている無能者として王国中で知らない者はいないほどだ。
 申し訳なさで泣きじゃくる私に、彼はどこまでも優しい声色で言葉をかけ、そして抱きしめてくれた。

「燈に聖女の力がなくても僕は燈、君を愛してる。君自身を愛しているんだ。だからどうか僕の気持ちを受け入れてほしい」

 耐えきれなくなって別れ話を切り出す私に対し、彼は泣きそうな顔で何度も自身の想いを伝えてくれた。

「でも私、みんなの期待に答えられないんだよ。聖女として召喚されたのに、力が使えないなんて前代未聞だって神官の人達が話てるの聞いちゃったの。エリスにとっても私の存在が負担になっているの知ってる」

 泣きながらこれまで抱えていた気持ちを伝えたが、それでも私を抱きしめる彼の意思が揺らぐ事はなかった。

「僕に考えがあるんだ。今すぐは言えないけれど、どうか僕を信じてほしい。燈、僕は絶対に君を離したりしない。約束するよ」

 そうして一度は手を取り合ったというのに、結果的に私は彼を信じる事が出来なかった。
 いや違う。本当は最後までエリスを信じていたかった。
 でも全ての状況が変わってしまったのだ。
 新たな聖女召喚によって──。

 すぐに王宮のどこにいても新しい聖女の話で持ちきりになった。
 召喚されてすぐに彼女──橋川結奈はしかわゆうなは聖女としての力を発現させた。
 それだけでなく前聖女が張った王国中を覆っている結界の修復作業にも即座に取り掛かったという。

 力を持たない私と、聖女としての役目をこなす橋川さんが比べられるのは至極当然の事だったのかもしれない。
 さらに私を不安にさせたのは、この時期を境にエリスと過ごす時間が減ったからだ。
 理由は単純で国王の命令で第二王子である彼は、橋川さんの側で彼女を支える役目を仰せつかったから。

 もちろんエリスは抗議してくれた。しかし、国王の命令を無視し続ける事など王子に過ぎない彼には不可能だった。
 最終的には国王の命令通り、橋川さんの結界の張り直しに同行したり、自分自身の執務をこなす毎日を過ごしているうちに徐々に私たち二人はすれ違っていった。

 私にとってエリスは、この世界における心の支えであり、たった一つの光だ。
 それと同時に彼にとって自分の存在が大きな負担になっている事にも気付いていた。
 日を追うごとに橋川さんの評判は上がっていき、私への中傷は増していく。更に橋川さんの婚姻相手にエリスの名前が上がっているのを知った時、私は自分の立場が今どれほど危うい状況なのかを嫌でも目の当たりにした。

 (彼だけは私を見捨てないって約束してくれた。私はエリスを信じたい)

 でもそんな思いはすぐに打ち砕かれた。
 最近は会う事すら難しくなったエリスと少しでも話がしたかった。だから私は彼の執務室の前の生垣に隠れて待ち伏せをしていると、橋川さんとエリスが戻ってくるのが見えた。
 いけない事だと思いつつもそっと覗き見をすると、二人とも楽しそうに談笑しているのが目に入った。その姿を見た瞬間、何故だか自分の中にある最後の柱が音を立てて崩れていくのを感じた。

 人は簡単に心変わりする。
 エリスだって、自分を無能者として落とす事しか出来ない相手よりも、聖女としてしっかり役目をこなす彼女の方が良いに決まっている。
 私は二人がエリスの執務室に入っていく間、声を殺して泣く事しか出来なかった。

 (仕事が忙しくて会いに来れなかったんじゃなくて、会う意味がなくなったって事かなぁ。何でもっと早く気付かなかったんだろう)
  
 日を追うごとに私のこの世界での居場所はなくなっていく。いや最初からこの世界に私の居場所はなかったのかもしれない。
 そんな風に考えていた時だっただろうか。橋川さんを召喚した事で私の存在が不要になった神官達の手によって私は元の世界へと強制的に戻されてしまった。

 異世界に来た時と同じように青く光る魔法陣の中で私は静かに目を瞑った。その瞬間正直ほっとしてしまった自分がいた。
 もうこれで二度と聖女関係で傷付く事はない。私は元の世界に戻って、いつもと同じように高校生活を送る。
 これでいい。ううん、これが私には一番良い。平凡な私にはいつもの日常が一番幸せな事なのだと思う。
 ただ一つだけ心残りがあるとしたらエリスの事だ。
 
 (ごめんね、エリス。橋川さんと幸せになってね)



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 元の世界に戻った私は最初こそ二度とエリスと会えない事実に悲しみ、絶望したけど、精神が図太いのか意外にもすぐに日常生活に戻る事が出来た。
 私がいない間この世界ではどんな扱いになっているのかと心配したけれど、時間にして1分も経っていない事が分かった。
 朝起きて学校に行き、友達と他愛のない話に花を咲かせ寄り道をして帰る。家に帰ればお母さんが夕飯の支度をしてくれていて、「学校は楽しかった?」「来週お母さん、友達とライブに行くのよ」、そんな風に私に笑顔で話しかけてくれる。今まで当たり前だった会話や日常が、こんなにも幸せな事だったのかと、私はあの世界に行かなければ永遠に気付かなかったかもしれない。
 久しぶりに見たお母さんの姿に大泣きしてしまった私を不審に思ったはずなのに、お母さんは何も言わず背中を摩り、私が泣き止むまでずっと側にいてくれた。

 あちらの世界でしきりに囁かれていた橋川さんとエリスの婚約話。
 きっと正式に決まってしまったら私は正常ではいられなかっただろう。それに二人が微笑み合う姿を目にしただけでもあんなに泣いたのに、婚約したとエリスの口から言われたなら私はきっと耐えられなかった。だからこそ元の世界に強制的に戻された際なんの抵抗もしなかったし、あの時の事は決して間違いではなかったのだと、そう思う事でこの状況を無理矢理正当化するしかなかった。
  
「……私そこまで心広くないもん」

 そう呟いた声は誰にも届く事はなかった。
 そう、そのはずだった。

「誰の心が広くないんだい?」
「…え」

 頭上から聞こえてきた声に勢いよく顔を上げると、そこにはたった今まで考えていた愛しい元恋人の姿があった。

「燈どうしたの?そんなに驚いた顔をして」
「ゆ、夢?だってここ日本だよ…ね?」
「あー確かそんな地名だったかな」

 あの世界にいた時と何一つ変わらない優しく微笑むエリスを見て、私は思わず涙が溢れた。

「どうして、どうしてここにいるの?聖女様…橋川さんといなくていいの?」
「あー、彼女の事は気にしなくても良かったのに。燈は僕が心変わりしたと思ったの?」
「…っ」

 何も答えられないでいる私に向かって普段と変わらない笑みを浮かべたエリスは、私をその宝石のような紫の瞳に捉えゆっくりと言葉を紡いだ。

「燈には僕の気持ちをきちんと伝えたつもりだった。そして君にもそれがしっかりと伝わっていると思っていた。それとも燈は僕が平気で嘘をつくような人間だと思っていたのかな?」
「ち、ちが」
「僕に考えがあるから信じて待っていてとも伝えたのに。でもね、僕も悪かったと思う。きちんと燈の不安要素を取り除くべきだったし、もっと早く計画を話しておくべきだった。でもさ、」

 そこで言葉を区切った彼は座り込んでいた私と同じ目線まで屈みこむと、私の頬に優しく触れ言葉を続けた。

「僕は悲しかったんだ。燈は……燈だけは僕を信じて待っていてくれるって思っていた。確かにあちらの世界では燈の立場は目に余るものだった。でも燈には僕がいた」
「……っ、うっ、くっ……」

 泣いていてきちんとした謝罪も口に出来ない私をエリスはそっと抱きしめてくれた。

「もし燈がまだ僕の事を好きでいてくれるなら、どうか約束して欲しい。二度と僕から逃げないって。そして僕と生涯共にいるって今、この場で僕に伝えてくれないか」
「っ……、ぅ……約束する!エリスから二度と逃げない。私エリスとずっと一緒にいる!」

 そう叫んだ瞬間、私達を包み込むように眩い紫色の魔法陣が展開された。

「な、なに!?」

 紫色に輝く魔法陣は私達を包み込むとすぐに消えてしまった。
 一瞬またどこかに転移させられたのかと思ったけれど、何度見渡しても私の自室のままだった。

「良かった、成功した」
「エリス何が起こったの?あの魔法陣は何?貴方一体何をしたの?」

 無邪気な子供のように笑う彼とは対照的に、なぜだか私は自分の発言を間違えてしまったような気がして、エリスの顔を見て矢継ぎ早にそう聞いた。
 でも肝心の彼は楽しそうに私を見るばかりで肝心な答えはくれない。その状況に更に焦りを覚えた私はエリスに詰め寄る形で答えを求めた。

「エリス答えて。あの魔法陣はなに?」
「ああ、あれは僕と燈を永遠に結びつける為の魔法だよ」
「永遠…」
「燈はたった今自分の口で約束してくれたじゃないか。二度と僕から離れない、ずっと一緒にいたいって」
「それはそうだけど……で、でも魔法陣まで展開する必要はないんじゃ…」

 それでも私が食い下がると、ここで初めてエリスの表情が変わった。
 駄々を捏ねている私に対して怒りや悲しみの表情などではなく、むしろ本当に楽しいものを目の当たりにした時のような高揚感のある表情だった。

「エリス、」
「これから燈は未来永劫僕と共にある。これは強制じゃない。燈が自分で決めた未来なんだよ。それに燈には以前僕の思いを伝えただろう?」
「…思い」
「僕は君を絶対に離さないって」

 すぐ目の前にいる楽しそうに、そして心底幸せそうに私を抱きしめて笑うエリスを見て、私は自分の判断を誤ったのだと悟った。
 そう言えば最近読んだラノベでも主人公が追いかけてきたヒーローに捕まる話を読んだなぁなんて他人事のように考えながら自分の未来についても考えた。
 エリスの側を離れるつもりは二度とない。でも一度裏切ってしまった私の言葉を彼に信じてもらえる日は来ないかもしれない。私はこの時になってようやく事の重大さを理解した。エリスが魔法陣を展開したのは一度彼を裏切った私の言動、行動が信用ならないからなのだろう。
 これからどうなるのだろう。またあの世界に戻されるのだろうか。でも、それでも今度こそ私はエリスと共に生きていきたい。そう、彼の言う未来永劫エリスと共に。



 


 end.
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