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・その二人、案外似合いの夫婦かもしれません。
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「ステラ!見てくれ、この書類きちんと精査出来ているだろう!?」
「どれどれ……って、凄いじゃないライアン!前より分かりやすく分けられてる!」
「ス、ステラに褒められたくて頑張ったんだ!なぁ、俺は頑張っただろう!?」
「ええ、凄いわライアン。いつもありがとう」
そう言ってしゃがみ込み、ステラ様に頭を撫でられている坊ちゃまはどこからどう見ても忠犬そのものでございます。
ただの忠犬ならば侯爵家の人間は皆、微笑ましく目の前の光景を見ていられるのですが、どこまでいってもあの坊ちゃまですからね。
夜会にご夫婦で出向き、ステラ様に言い寄る者が現れると途端に忠犬から狂犬へと変貌を遂げ、周囲の人間が引くくらいの忠誠をステラ様に尽くしていらっしゃいます。
正直ここまでの変化には驚きましたが、私としては納得する部分もあるのです。
長きにわたって後継者教育を施され、出来ないながらも必死で頑張っていた坊ちゃまの姿に、私は何度も涙が溢れそうになりました。
侯爵家から一歩外に出てしまえば、口さがない者達が坊っちゃまの能力に対して本人に聞こえるように話に花を咲かせていたのを何度耳にした事でしょう。
ですが私の立場はあくまで使用人に過ぎません。そんな立場の私には、彼らを止める術すらありませんでした。
確かに初夜の場でステラ様も坊っちゃまの能力に関して口にしてはいました。ですがステラ様は坊ちゃまの能力を馬鹿にするのではなく、自分の出来る事をしたらいいと仰っていました。
あのように坊ちゃまに対し、真っ直ぐ言葉をかけてくれた方は私が今まで長く仕えてきて中で初めてお会いしました。
やはり我らが旦那様の目に狂いはなかったようです。
まさかあのように犬のようになる事は想定しておりませんでしたが、結果的には良かったのではないでしょうか?
確かにステラ様に言い寄る殿方に対する坊ちゃまの態度は狂犬のようですが、それ以外は身体に染み込んでいる次期侯爵としての教育の成果がきちんと出ているように思います。
そしてステラ様の満更でもなさそうな態度を見るからにお二人はとてもお似合いの夫婦だと思うのです。
そんな今日も今日とて、坊ちゃまはステラ様に褒められたいが為に執務の補佐を務めます。
ご結婚される前によく目にした、ピリピリとした硬い表情などではなく、心から楽しそうに執務の補佐を務める坊ちゃまを見る事ができ、私は心の底から安堵しております。
……可愛い可愛いライアン坊ちゃま。
乳母として初めて坊ちゃまをこの腕に抱いた日が、まるで昨日の事のように思い出されます。
例えどんなに影口を叩かれようと、苦しい時を過ごしていようとも、決して侯爵家嫡男としての誇りを見失う事のなかった貴方様は私の誇りでございます。
これから奥様と共に、お二人でウォートン侯爵家を更なる繁栄へと導かれる事でしょう。
その姿を侍女という立場で共にいられる事、とても嬉しく思うのです。
ライアン坊ちゃま……どうか、どうか幸せになって下さい。
「ステラ!」
「まったく……ライアンは本当に犬のようだわ。初夜での傲慢さはどこへいったのよ?」
「あ、あれは……その、本当にすまなかった。君を深く傷つけてしまった」
「……惚れた弱みよねぇ」
「え?何だ、うまく聞こえなかった。ステラ、もう一度言ってくれ!」
「犬のようだって言ったのよ」
「嘘だ!!ステラ、何と言ったんだ。俺に教えてくれ!」
「もー、……愛してるって言ったのよ」
「ステラ」
「愛してるわライアン」
「俺、俺も愛してる!!」
「だからって抱き着かないで!」
「ステラ~!」
ステラ様に勢い良く抱き着いた坊ちゃまは、嫌がられながらも嬉しそうに頬ずりをしています。
こんなにも幸せな光景を与えてくださった旦那様に、私はそっと心の中で感謝を申し上げ、遠目に映る若夫婦をもう一度深く目に焼き付けます。
こうして二人を見る事は、これが最後だと言い聞かせながら。
そして私は踵を返しその場を後にするのです。
「可愛い、私の宝物。どうか幸せになってね」
そうして次の瞬間には、いつもの侍女としての姿に戻る。
そう、私の永遠の秘密と共に――。
end.
「どれどれ……って、凄いじゃないライアン!前より分かりやすく分けられてる!」
「ス、ステラに褒められたくて頑張ったんだ!なぁ、俺は頑張っただろう!?」
「ええ、凄いわライアン。いつもありがとう」
そう言ってしゃがみ込み、ステラ様に頭を撫でられている坊ちゃまはどこからどう見ても忠犬そのものでございます。
ただの忠犬ならば侯爵家の人間は皆、微笑ましく目の前の光景を見ていられるのですが、どこまでいってもあの坊ちゃまですからね。
夜会にご夫婦で出向き、ステラ様に言い寄る者が現れると途端に忠犬から狂犬へと変貌を遂げ、周囲の人間が引くくらいの忠誠をステラ様に尽くしていらっしゃいます。
正直ここまでの変化には驚きましたが、私としては納得する部分もあるのです。
長きにわたって後継者教育を施され、出来ないながらも必死で頑張っていた坊ちゃまの姿に、私は何度も涙が溢れそうになりました。
侯爵家から一歩外に出てしまえば、口さがない者達が坊っちゃまの能力に対して本人に聞こえるように話に花を咲かせていたのを何度耳にした事でしょう。
ですが私の立場はあくまで使用人に過ぎません。そんな立場の私には、彼らを止める術すらありませんでした。
確かに初夜の場でステラ様も坊っちゃまの能力に関して口にしてはいました。ですがステラ様は坊ちゃまの能力を馬鹿にするのではなく、自分の出来る事をしたらいいと仰っていました。
あのように坊ちゃまに対し、真っ直ぐ言葉をかけてくれた方は私が今まで長く仕えてきて中で初めてお会いしました。
やはり我らが旦那様の目に狂いはなかったようです。
まさかあのように犬のようになる事は想定しておりませんでしたが、結果的には良かったのではないでしょうか?
確かにステラ様に言い寄る殿方に対する坊ちゃまの態度は狂犬のようですが、それ以外は身体に染み込んでいる次期侯爵としての教育の成果がきちんと出ているように思います。
そしてステラ様の満更でもなさそうな態度を見るからにお二人はとてもお似合いの夫婦だと思うのです。
そんな今日も今日とて、坊ちゃまはステラ様に褒められたいが為に執務の補佐を務めます。
ご結婚される前によく目にした、ピリピリとした硬い表情などではなく、心から楽しそうに執務の補佐を務める坊ちゃまを見る事ができ、私は心の底から安堵しております。
……可愛い可愛いライアン坊ちゃま。
乳母として初めて坊ちゃまをこの腕に抱いた日が、まるで昨日の事のように思い出されます。
例えどんなに影口を叩かれようと、苦しい時を過ごしていようとも、決して侯爵家嫡男としての誇りを見失う事のなかった貴方様は私の誇りでございます。
これから奥様と共に、お二人でウォートン侯爵家を更なる繁栄へと導かれる事でしょう。
その姿を侍女という立場で共にいられる事、とても嬉しく思うのです。
ライアン坊ちゃま……どうか、どうか幸せになって下さい。
「ステラ!」
「まったく……ライアンは本当に犬のようだわ。初夜での傲慢さはどこへいったのよ?」
「あ、あれは……その、本当にすまなかった。君を深く傷つけてしまった」
「……惚れた弱みよねぇ」
「え?何だ、うまく聞こえなかった。ステラ、もう一度言ってくれ!」
「犬のようだって言ったのよ」
「嘘だ!!ステラ、何と言ったんだ。俺に教えてくれ!」
「もー、……愛してるって言ったのよ」
「ステラ」
「愛してるわライアン」
「俺、俺も愛してる!!」
「だからって抱き着かないで!」
「ステラ~!」
ステラ様に勢い良く抱き着いた坊ちゃまは、嫌がられながらも嬉しそうに頬ずりをしています。
こんなにも幸せな光景を与えてくださった旦那様に、私はそっと心の中で感謝を申し上げ、遠目に映る若夫婦をもう一度深く目に焼き付けます。
こうして二人を見る事は、これが最後だと言い聞かせながら。
そして私は踵を返しその場を後にするのです。
「可愛い、私の宝物。どうか幸せになってね」
そうして次の瞬間には、いつもの侍女としての姿に戻る。
そう、私の永遠の秘密と共に――。
end.
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坊っちゃまと奥様の(・∀・)ニヤニヤな馴れ初めに懐かしのGS美神の美神さんと横島を思い出して更に( ≖ᴗ≖)ニヤニヤしてしまいました。
ハイスペックな年上の女性がダメ男だけど腐ってなくてここぞって時はへこたれない年下男に絆されてハピエンは何歳になっても心の潤いです。
惚れて抱きしめてベッドにダイブしたけれど、ど、どうしよ…となってる旦那様に奥様はキュンとしたのかな?仔犬(∪´・ω・)に懐かれてしょーがないヤツ(キュン)みたいなw
ハイスペックで懐のひろ〜い年上故に受け入れて、後は教育すれば良いかと思ったら出来ないなりに努力し成長し一途に愛してる(*-( )チュッ♪の日々で他の男からも狂犬の如くガードしてくるほどの溺愛ぶり…
う〜ん、これは惚れる(名推理)
乳母が実は…というのも良かったです。
語られない乳母の背景が、坊っちゃまが何故父親に甘やかされ放題だったのか考察できて良い。
乳母のこれからの人生も幸せだと良いな。
tago様、感想ありがとうございます。
坊ちゃまは今までの反動+本来の性格も重なり現在は駄犬と化しています(;'∀')笑
そんな坊ちゃまですが、愛されて育ち、“愛”を知っている人でもあるので、この先もステラの忠実な犬であり、妻を愛する優しい夫となっていくのかな?と私は勝手に想像しています(*ノωノ)
この度はお読みいただき本当にありがとうございました☆
おゆう様、感想ありがとうございます。
実は……という感じですね。笑
ですが、彼女は生涯に渡ってこの秘密を人に話す事はないので、彼女と侯爵、そして数人の古参の使用人だけの秘密です。
ライアンは気付いていないけれど、実はとっても愛されている存在でした☆
この度はお読みいただきありがとうございましたm(__)m♪