青い鳥への贖罪

雪音鈴

文字の大きさ
3 / 7

第3羽

しおりを挟む
 次の日の朝、私はけたたましい目覚ましの音で目が覚めた。

 何事かと慌てたが、音の発信源が隣の部屋である事に気付いた瞬間、納得した。

(そう言えば紗代、土曜は朝練で早く起きてたんだった――)

 朝練の時は一人で起きて行かなければいけないため、紗代はいつも大音量の目覚ましを使っていた。ただ、ここ一年ほどは目覚ましが鳴る前に起きていたらしく、この音を聞いたのは久々だった。

 私は紗代の部屋のドアを開け、目覚ましを止めた。その時、不意に紗代の部屋に置いてあったパソコンに目が留まる。

 私はおもむろにそのパソコンを自室へと持って行き、『幸せの青い鳥』を開いてみた。このチャットルームは、紗代の通う学校に比較的近い学校の女子高生ばかりで形成されていた。――というか、各文面から人物が特定できてしまっていた。住んでいる地域、学校、私生活まで暴露していて、お前達は馬鹿なのかと言いたくなった。

(そして、そのせいで紗代は死んだ……)

 気持ちを落ち着かせ、チャットの内容を見る。


  ―― 本当にサヨの怨念なんじゃ ――


 浅井の死の知らせは、他校にも届いていたらしい。
 ルリがそんな事を呟いていた。他校生ではあるが、谷口たにぐち瑠璃るりは有名である。小さくて可愛いロリ顔――だが、グラマー。それが彼女に対する皆の評価だ。

(まあ、チャットを見る限り、かなりのぶりっ子だという事が分かったんだけどね)

 そんな時、突然新しいコメントが増えた。


  ―― ケイも死んだ ――


 ケイとは、梶原かじわらけいの事だろう。彼女はここいらのギャル系女子高生として有名だった。コメントを書き込んだのは、ルリだった。


  ―― 遺体の手には青い羽根 ――


 続くコメントの中の一行に、私はぞくっとした。文面から、ルリの怯え具合が伝わってくる。そう、瑠璃の怯えはもっともだ。なぜなら、『幸せの青い鳥』のメンバーは全員で六人。チャット上からサヨ、クミコ、ケイの三人が消えてしまった今、残るは三人――ルリ、ナツキ、ハスミしかいない。



        ✜ ✜ ✜



 朝食の前に、私は庭の裏手にある花壇へとやってきた。朝の日課の花壇の水やり。私はこの少しひんやりとした湿っぽい空間が好きだ。こじんまりとした花壇には、いつものように紗代が好きな青系の花々が咲き誇っていた。

 そう、これは全て紗代のために私が用意した花々。紗代がいない今、もう、何の意味もない花達だ。

 私は丁寧に全ての花を摘み取り、近くの川へと向かった。

「真紀さん?」

 青い花束を抱え、川岸で立ち止まった瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。心臓がうるさく鳴り出したが、軽く息を吐き、冷静さを取り戻す。

(私は一人でも大丈夫――)

 呪いのような言葉を頭で繰り返した後、私は声の主がいる方へと振り向いた。

「何か用? ……樋山君」

「ああ、すみません。真紀さんの姿が見えたのでつい声をかけちゃいました」

「そう……」

 困ったように笑う樋山は、泥だらけのジャージを着ていた。

(そう言えば、樋山君が学ラン以外の服着てるところ、初めて見たな)

 私が彼の青いジャージを凝視していたのがいけなかったのだろう。樋山が何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしながら弁解し始めた。

「あ、これはその……父と山菜採りに行った後、そのまま自主トレしてて、ええと、いつもは知り合いに会わないから! じゃなくて、そう! いつもはもっとちゃんと普通の――」

「ああ、別に私は気にしないから。安心して」

 そう言った後、私は樋山とは反対側にある川を見つめた。

「……その花、真紀さんの花壇のですよね?」

「私のじゃない――あれは紗代のための花壇だった」

 私の左隣へとやってきた樋山の方は見ずに、私はひたすら川を見続ける。昨日の雨のせいで水位が増し、濁流が流れていた。

「ああ……そう言えば、紗代は花壇のこと自慢してました。おねぇちゃんが私の好きな花を集めてくれたって――確か、元々は近所の山に咲いていたんですよね?」

「…………ええ、そうよ」

 そう、これは花屋なんかで買ったものではない。山に自生していた花を私が勝手に花壇に移し、育てていた。全ては紗代のために……。

「捨てちゃうんですか?」

「うん。だって、これは紗代のための花だから」

「…………じゃあ、俺にもやらせて下さい」

 樋山の真意が分からず、私は彼の瞳をじぃっと見つめた。

「俺は長い間、紗代に憧れていました。何でも出来て、誰からも愛されている紗代――彼女は俺の光でした」

 樋山の想いに、自分の姿が重なる。

「それなのに、俺に送られてきた紗代から他の男に宛てた間違いメールで喧嘩になって……。俺、自分に自信なかったんです。紗代にフラれるんじゃないかとか、浮気されるんじゃないかとか、そんなことばっか考えてて……疑心暗鬼になって……そのせいで紗代は――」

「樋山君だけのせいじゃないよ。私だって――」

「それは俺単体のせいじゃないってだけで、俺のせいも含まれているってことですよね? いろんなことが積み重なって紗代は死んだ。それなら、俺にだって責任はあるはずです!」

 彼は、私の両肩を掴み、苦しげな表情で切実に訴え続けた。

「真紀さん! だから、だから――俺にもやらせて下さい!」

 私は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。

「…………はい」

 私達は綺麗な花々を濁った川へと捨てやった。
 少しだけ……心が軽くなった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...