青い鳥への贖罪

雪音鈴

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第5羽

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 目を覚ました時、初めに見えたのは白い天井。一瞬頭がついていかず、まだ夢の中なのかと首を傾げた。

「あ、気付きましたか?」

 顔を上げると、看護婦さんがいた。

「軽い脳震盪です。明日には退院できますよ」

「あ……はい」

 笑顔の看護師さんの言葉に頷きながら、ようやく、どうして病院にいるのか理解出来た。

 外を見ると、真っ暗だった。

「買った卵、つぶれちゃったかな」

 ぼんやりとそんな事を呟く。まあ、今は出来る事が何もない。

「とりあえずは、明日……か」



        ✜ ✜ ✜



 無事に退院出来た私は、警察の人に軽く話を受け、家まで送ってもらった。両親はこの話、聞いてるのかな? ……いや、もう、考えない方が良いだろう。父も母も、紗代にしか興味がなかったのだから――

 それに、それよりももっと信じがたい話を聞いた。そう、病院で私が眠りについた頃、『幸せの青い鳥』のメンバーの一人である城之内じょうのうち蓮見はすみが自宅で亡くなった――という話である。

 城之内蓮見はお金持ちの高飛車お嬢様として有名だった。女王様基質で、人を見下した態度が似合ってしまう綺麗な人。なんでも、彼女はクラスメイトと料亭に行ってご飯を食べて家に帰ってきた後、バックに入っていた青い羽根に心底取り乱していたらしい。

『サヨの怨念? 呪い? そんなのあるわけない!』

 そう言って蓮見が自室に入ってから一時間後くらいに、彼女は苦しみだし……最終的には死んでしまったらしい。ちなみに、この情報は宮野と言う刑事が教えてくれた。私にも知る権利があると言って無理矢理聞き出したのだが――とりあえず、宮野は押しの強い相手に弱いという事が分かった……。

 私は自室にこもり、昨日打った頭に巻かれた包帯に触れる。いろんな意味で痛かった。思わず髪をぐしゃっとやった時、玄関のチャイムが鳴った。

 やってきた客は、予想外の人物だった……。

「初めまして。谷口瑠璃です」

「あ、はい。野元真紀です」

 あまりの驚きに、玄関で固まったまま動けなくなる。

「その……すみませんでした!」

 勢いよく頭を下げる瑠璃に、驚きが隠せない。

「私のせいで紗代は! だから――本当に……」

 途中からボロボロと泣き始めてしまった彼女に戸惑いながらも、とりあえずリビングまで招き入れた。

 瑠璃が原因で紗代は死んだ。

 ある意味合っている。そう、サヨが悪意を向けられるようになった原因は、瑠璃が樋山を好きだったからだ。それをサヨは応援すると言っていた。なのに――

「たったあれだけの事であんなになるなんて思ってなくって……私、私!」

「もう、良いよ。終わった事だから」

「でも!」

 私の言葉に、納得しきれないように瑠璃が悲痛な声を上げた。

「だって、いくら言っても紗代は戻って来ない」

「!」

 傷ついた表情の瑠璃を見ている事ができず、スッと視線をそらす。傷つけた……誰が? ――私が。

 これはただの八つ当たりだ。そう、もう元には戻らないのだ。



 幸せの青い鳥は死んでしまったのだから……。



        ✜ ✜ ✜



 瑠璃が帰る時、もう夕暮れ時になっていた。可愛い容姿の瑠璃はこういった時、危険だろう。そう思い、せめて駅までは付き添う事にした。そして私達はアレに遭遇した……。

 駅へと続く道、人通りが少ないその小道にーーソレは横たわっていた。

 ソレを見つけた瞬間、私は心底驚いた。

「あ……ああ、サヨの怨念……なの?」

 か細い声で私の隣にいる瑠璃が呟いた。女子高生にしては小柄な体をガタガタと震わせながら、彼女は私の服の裾をギュッと掴んだ。彼女の言葉を聞きながら、私は道路に横たわっている女子高生の顔を茫然と眺めていた。

 目を力一杯に見開き、自らの喉に爪を立て、苦痛に顔を歪めたまま息絶えている制服姿の彼女――そんな彼女の手には、なんとも鮮やかな青色の羽根が握られていたのだった……。

「ナツキ……さん?」

 昨日の今日だ。その顔は忘れられるはずがない。でも、あの美女はどこへやら、ふり乱した髪はそのままに、鬼の形相のまま絶命している彼女は、お世辞にも綺麗とは言い難かった。

「い、いや……嫌だ。死にたくない死にたくない!」

 瑠璃は私の静止を待たず、大通りへと飛び出していった。

「あ……」

 掠れた声が私の口から洩れ、目だけが瑠璃の背中を追う。

 次の瞬間、鈍い音と共に瑠璃の身体が左方向へと弾かれて見えなくなり、大きなトラックのつんざくようなブレーキ音が響いた。

「あ……ああ……」

 トラックの向こう側に鮮やかな紅が飛び散っているのが少しだけ見えた。体の震えが止まらず、呼吸が浅くなる。

 風に乗って届いた鉄のような臭いに、思わず胃液が込み上げてきた。私は、咄嗟に口と鼻を両手で覆った。
 そして、遅れて気付いた。

(これは、瑠璃の血の臭い……)

 意識した途端、より一層吐き気が込み上げてきた。

 遠くで昼間訪ねてきた刑事――杉山の声がする。多分、まだ見張りに付いていたのだろう。律儀な事だ。

「野本さん、大丈夫ですか! 対応が遅れてしまいすみません」

 刑事の片割れ――宮野が私の背に触れた瞬間、自分の身体が酷く冷たくなっている事に気付いた。

(ああ、だからこんなに震えが――止まらない)

「えっとその、あの……こ、怖かったですよね。もう大丈夫ですから! だから、ええと……泣かないで下さい」

 わたわたと私の顔を見て騒ぐ彼の様子から、私は自分が泣いている事を知った。



 この日、私は初めて人の死を直視した……。



        ✜ ✜ ✜



 それから二日後、瑠璃が病院で息を引き取ったと聞いた。そして、私はようやく事情聴取、病院から逃れられた。しばらくは、警察も病院もごめんだ。

 自室に戻ってきた私は、ぐってりとしながら、ベットに身を投げ出した。

「…………終わった」

 疲れ切った私の声がこぼれた後、おもむろに携帯のバイブ音が鳴った。画面に表示された番号は――非通知。

 私は電話の相手が誰なのかが何となく分かり、覚悟を決めて携帯を耳にあてた。

「……もしもし」
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