平穏な日常に悪魔はいらない

雪音鈴

文字の大きさ
9 / 12

9魔 ☆ 悪魔の甘言①

しおりを挟む



 波の音が聞こえる……
 静かな――それでいて、心安らぐような波の音――
 ここは……どこだ?



 ああ、どこからか誰かの話し声が聞こえる気がする――




 へっくしゅ!

 自分のくしゃみで俺の目は覚めた。

「さむ……」

 俺は毛布を手繰り寄せ、自身の体へとより一層強く巻きつけた。
 まだ夢の中にいるのだろうか……体がふわふわとする感覚がある。

「永、ようやく、起きたか?」

「?」

 誰かの声が近くで聞こえた。この声は――ミカゲ?

(なんでミカゲが俺の部屋に?)

 俺は眠い頭を無理やり起こし、毛布から頭を出す。

(ん? なんだ、この、香り…………潮? 海???)

 そこで、俺の目は完全に覚めた。ハッとして目を見開くとそこは俺の部屋ではなかった。ああ、もちろん、あの化け物屋敷に住み着いたばかりで見慣れていない部屋だったっていうオチではない。

「船……?」

「ああ、漁船だ」

 俺の言葉に、ミカゲが答えた。正直、頭が痛いことこの上ない。
 辺りはまだうっすらと暗いようだが……。

「――なんで俺は漁船の甲板で寝てるんだよ、ミカゲ」

 寝起きということもあって、不機嫌さをあらわにしながら、低い声でミカゲに問う。

「まあ、待て。もうすぐ日の出だ」

「は?」

 まったく意味がわからない。まあ、悪魔の思考回路を知るなんて無理な話だろうが、もう少し説明がほしい。文句を言おうと口を開けた瞬間、それは起きた――

「う、わあ……」

 海の向こうからゆっくりと昇る朝日。白く染まっていく闇。徐々に澄んだ色へと変わっていく空。光を受け、キラキラと光る海――そのどれもが、俺のミカゲに対する文句を全て飲み込ませていく。

「よう、どうだい、綺麗だろう?」

 突然、後ろから聞こえた第三者の声に、勢いよく後ろを振り向くと、漁師のおじさんらしき人が立っていた。

「ああ、すまん、すまん。突然声をかけて――驚かせちまったな」

「い、いえ……」

「そこの兄ちゃんとウチのカミさんから、どうしても海の上での朝日を拝ませてやりたいって昨日、頼まれてな……なんでもサプライズだって言うからようーーま、気に入ったようで良かったよ」

 男の人は二カリと笑うとそのまま船内へと戻っていってしまった。
 どうやら、昨日、ミカゲと話していたおば様達の中に、漁船のおじさんの奥さんがいたらしい。
 ミカゲの行動力にも驚いたが、おじさんの言葉に首を傾げてしまう。

「サプライズ……?」

「ああ、最高の景色だっただろう」

「は?」

 ぽかんとした俺に対し、ミカゲは自慢げに言った。

「おまえ……俺を喜ばせようとしたのか?」

「もちろんだ。貴様を幸せにするといっただろう?」

「悪いがミカゲ、その言い方は大いに誤解を招く言い方だからやめてくれ。めちゃくちゃ鳥肌がたった」

「なんだ、本当のことではないか。貴様は俺の主だ。そして、俺は貴様の一生をかけて貴様を幸せにするという契約を――」

「そういうことじゃなく、言い方とシチュエーションだって! 男同士で気持ち悪いことこの上ないんだよ!?」

「ふむ、貴様は事あるごとにそれを言うな。それはいわゆる差別というやつではないのか? 人の価値観はそれぞれだ。決め付けるのは良くないぞ」

「おまえに人の価値観云々は言われたくねーよ! それに、別に他人の趣味趣向に文句が言いたいわけじゃない! ただ単に、俺自身がその当事者になってるのが気持ち悪いんだよ!」

 最高の朝日を見た清々しい気持ちはどこへやら、俺はゼーハーとしながら鳥肌をさすっていた。

「永、まあ、そんなに苛立つな。まだ終わっていないのだから」

「?」

 ミカゲがパチンと指を鳴らすと、どこからかパシャンという音が鳴った。

(海の方からか――?)

 音の発信源へと目を向けると、無数の水音と共に、何かが跳ねた。

「え――?」

 キュッという鳴き声とともに、たくさんのイルカが跳ね、漁船の横を通り過ぎていく。
 あまりの光景に、何も言葉が出てこなくなった。

「どうだ、すごいだろう?」

「ああ、すごい……」

 ミカゲの言葉に、今度は素直な感想が口からこぼれた。

「俺にかかればこんなことだってできる。これは、金では買えないもの――なのだろう?」

(こいつ……まさか、俺の要望に答えようと――)

 ミカゲの言葉に、驚きが隠せない。
 そんな俺を見ながら、ミカゲはニタリと笑った。

「俺は偶然や奇跡を――必然に変えることができる」

 その言葉に、俺はなぜかゾッとした。

「貴様は俺のすごさ――俺の主になった重さの意味を知らないようだから教えてやる。貴様が望めば、貴様はこの世界を破壊することもできるし、逆に争いをなくすこともできる。異世界に行きたいのならば行き来も可能だ。新たな世界を構築し、その世界の神となることもできる」

 ミカゲの紅い瞳が怪しく光り、漆黒の長い髪が優雅に舞う。
 神々しい光の中、ミカゲの周囲だけに暗く妖艶な雰囲気が漂う。

「さあ、貴様の望みはなんだ?」

 まさに、悪魔の囁きだ。願えばすべてが叶う。本当に神にでもなったかのようだ。
 悪魔が両手を広げ、まるで映画のワンシーンのように朝日を背負う。

「永、無理に普通を生きなくてもよかろう? むしろ、異常こそが普通だと思えるよう、この世界の常識を塗り替えてやっても良い! 貴様がこの世界にそうアレと命じるのならば、この俺がそれを叶えてやる!! 俺にはそれだけの力があり、貴様にはその力を使える権利がある!!!」

 鋭い犬歯を光らせ、獰猛な獣のように熱く語ったかと思えば、突然、騎士が王様にするように片膝をつき、洗練された所作で片手を差し出してくる。

「そうだろう、なあ、我があるじ様?」

 砂糖のように甘ったるく、まるで求婚でもしているかのように焦がれるような甘言に、俺の手は思わず動いた……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。  

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...