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9魔 ☆ 悪魔の甘言①
しおりを挟む波の音が聞こえる……
静かな――それでいて、心安らぐような波の音――
ここは……どこだ?
ああ、どこからか誰かの話し声が聞こえる気がする――
へっくしゅ!
自分のくしゃみで俺の目は覚めた。
「さむ……」
俺は毛布を手繰り寄せ、自身の体へとより一層強く巻きつけた。
まだ夢の中にいるのだろうか……体がふわふわとする感覚がある。
「永、ようやく、起きたか?」
「?」
誰かの声が近くで聞こえた。この声は――ミカゲ?
(なんでミカゲが俺の部屋に?)
俺は眠い頭を無理やり起こし、毛布から頭を出す。
(ん? なんだ、この、香り…………潮? 海???)
そこで、俺の目は完全に覚めた。ハッとして目を見開くとそこは俺の部屋ではなかった。ああ、もちろん、あの化け物屋敷に住み着いたばかりで見慣れていない部屋だったっていうオチではない。
「船……?」
「ああ、漁船だ」
俺の言葉に、ミカゲが答えた。正直、頭が痛いことこの上ない。
辺りはまだうっすらと暗いようだが……。
「――なんで俺は漁船の甲板で寝てるんだよ、ミカゲ」
寝起きということもあって、不機嫌さをあらわにしながら、低い声でミカゲに問う。
「まあ、待て。もうすぐ日の出だ」
「は?」
まったく意味がわからない。まあ、悪魔の思考回路を知るなんて無理な話だろうが、もう少し説明がほしい。文句を言おうと口を開けた瞬間、それは起きた――
「う、わあ……」
海の向こうからゆっくりと昇る朝日。白く染まっていく闇。徐々に澄んだ色へと変わっていく空。光を受け、キラキラと光る海――そのどれもが、俺のミカゲに対する文句を全て飲み込ませていく。
「よう、どうだい、綺麗だろう?」
突然、後ろから聞こえた第三者の声に、勢いよく後ろを振り向くと、漁師のおじさんらしき人が立っていた。
「ああ、すまん、すまん。突然声をかけて――驚かせちまったな」
「い、いえ……」
「そこの兄ちゃんとウチのカミさんから、どうしても海の上での朝日を拝ませてやりたいって昨日、頼まれてな……なんでもサプライズだって言うからようーーま、気に入ったようで良かったよ」
男の人は二カリと笑うとそのまま船内へと戻っていってしまった。
どうやら、昨日、ミカゲと話していたおば様達の中に、漁船のおじさんの奥さんがいたらしい。
ミカゲの行動力にも驚いたが、おじさんの言葉に首を傾げてしまう。
「サプライズ……?」
「ああ、最高の景色だっただろう」
「は?」
ぽかんとした俺に対し、ミカゲは自慢げに言った。
「おまえ……俺を喜ばせようとしたのか?」
「もちろんだ。貴様を幸せにするといっただろう?」
「悪いがミカゲ、その言い方は大いに誤解を招く言い方だからやめてくれ。めちゃくちゃ鳥肌がたった」
「なんだ、本当のことではないか。貴様は俺の主だ。そして、俺は貴様の一生をかけて貴様を幸せにするという契約を――」
「そういうことじゃなく、言い方とシチュエーションだって! 男同士で気持ち悪いことこの上ないんだよ!?」
「ふむ、貴様は事あるごとにそれを言うな。それはいわゆる差別というやつではないのか? 人の価値観はそれぞれだ。決め付けるのは良くないぞ」
「おまえに人の価値観云々は言われたくねーよ! それに、別に他人の趣味趣向に文句が言いたいわけじゃない! ただ単に、俺自身がその当事者になってるのが気持ち悪いんだよ!」
最高の朝日を見た清々しい気持ちはどこへやら、俺はゼーハーとしながら鳥肌をさすっていた。
「永、まあ、そんなに苛立つな。まだ終わっていないのだから」
「?」
ミカゲがパチンと指を鳴らすと、どこからかパシャンという音が鳴った。
(海の方からか――?)
音の発信源へと目を向けると、無数の水音と共に、何かが跳ねた。
「え――?」
キュッという鳴き声とともに、たくさんのイルカが跳ね、漁船の横を通り過ぎていく。
あまりの光景に、何も言葉が出てこなくなった。
「どうだ、すごいだろう?」
「ああ、すごい……」
ミカゲの言葉に、今度は素直な感想が口からこぼれた。
「俺にかかればこんなことだってできる。これは、金では買えないもの――なのだろう?」
(こいつ……まさか、俺の要望に答えようと――)
ミカゲの言葉に、驚きが隠せない。
そんな俺を見ながら、ミカゲはニタリと笑った。
「俺は偶然や奇跡を――必然に変えることができる」
その言葉に、俺はなぜかゾッとした。
「貴様は俺のすごさ――俺の主になった重さの意味を知らないようだから教えてやる。貴様が望めば、貴様はこの世界を破壊することもできるし、逆に争いをなくすこともできる。異世界に行きたいのならば行き来も可能だ。新たな世界を構築し、その世界の神となることもできる」
ミカゲの紅い瞳が怪しく光り、漆黒の長い髪が優雅に舞う。
神々しい光の中、ミカゲの周囲だけに暗く妖艶な雰囲気が漂う。
「さあ、貴様の望みはなんだ?」
まさに、悪魔の囁きだ。願えばすべてが叶う。本当に神にでもなったかのようだ。
悪魔が両手を広げ、まるで映画のワンシーンのように朝日を背負う。
「永、無理に普通を生きなくてもよかろう? むしろ、異常こそが普通だと思えるよう、この世界の常識を塗り替えてやっても良い! 貴様がこの世界にそうアレと命じるのならば、この俺がそれを叶えてやる!! 俺にはそれだけの力があり、貴様にはその力を使える権利がある!!!」
鋭い犬歯を光らせ、獰猛な獣のように熱く語ったかと思えば、突然、騎士が王様にするように片膝をつき、洗練された所作で片手を差し出してくる。
「そうだろう、なあ、我が主様?」
砂糖のように甘ったるく、まるで求婚でもしているかのように焦がれるような甘言に、俺の手は思わず動いた……。
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