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第2章 深海の檻が軋む時
第17変 優しい温度
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「よ、ようやく……完成した……」
シアンのかすれた声を聞き、ようやく完成したどす黒いドロリとしたビーカーの中身に達成感が生まれてくる。
「完成――やっと……完成したんだ!!!」
満ち足りた気持ちでビーカーを見ていたシアンの横顔を見て、私まで満ち足りた気分になる。
「ねぇ、シアン。言った通りだったでしょ?」
「?」
疲れきった(少々やつれた)顔をしている彼が、首をコテンと傾げ、困ったような表情を私へと向けた。シアン色の綺麗な髪の間から、やはり綺麗だと感じられる群青色の瞳がこちらを見つめる。
「無理じゃなかった」
彼と最初に会った時に自分で言った言葉を思い出し、私は目を細めて笑う。
☆ ☆ ☆
『あのさ、一回作れたんなら、同じのなんかすぐできるって! そもそも、やる前から、ムリとか、できないとか言うんじゃない! そういうのは、やれること全部を全力でやった後にして!』
『でも――』
『だあ、もう! 『でも』とか『だって』っていう言い訳してるうちにやんの! 分かった!?』
『は…………い』
☆ ☆ ☆
この世界で彼とちゃんと関わりを持ったのはまだほんの少しのことだが、それよりも長い時間画面越しに彼を見つめていた分、『無理じゃなかった』という言葉に余計に気持ちが入ってしまう。
「あ――」
私の言いたかったことに気づいたらしい彼が軽く驚きの声を上げ、少し照れたように笑った。
(……正直、作った魔薬は見た目は最悪だし、なんか何もしてないのに中身がボコボコいってるし、色に似合わず花の蜜のような甘ったるい香りが漂っているのが余計に不気味ではあるけど――完成は完成だよね?)
私は苦笑いしながらシアンが持っているビーカーの中身を見つめる。
「まあ、私はほとんど何もできてないけどね」
さすがはゲーム上で天才と言われていたシアンだ。どんなに自己評価が低くても、やはり彼はすごいのだと改めて思う。
資料や文献なんかを何も見ず、彼は迷いのない無駄のない動作で何百という様々な素材を混ぜ合わせ(中には見た目が非常にえげつない未確認生命体がいたような気もしたが)、魔薬をあっという間に作ってしまった。正直、私は手も足も出ず、一生懸命言われた金色の無毒の実を潰しただけだった。そして、それすらも彼の助けになっていたのかは分からない……。
(……そういえば、シアン流血事件☆がうっかり発生しちゃったけど、あれって崖から転落した時のアレが原因なのかな? まあ、ゲーム内ではないイベントだったし、きっと、シアン的にもアレは大事件だったんだろうな――うん、シアンがダイブしたのが前世のペッタンコじゃなく、現世のでマジで良かったよ)
私はクッションにもならない前世のAAサイズ(抉れてるとまでは言わせない)を思い出し、少し悲しくなったが、前世は前世、現世は現世だ。もう、あんな虚無感――いや、虚偽感はない。
(フッ――あの頃は大変だったなあ。パットって偉大だったわ)
「い、いや、その、たぶん、君がいなかったら……や、ややや、やっぱり、完成は出来てなかったと思うから……だから――あの、ありがとう……」
ふと、それていた意識をシアンへと戻すと、彼は頬を真っ赤に染め、はにかんだ笑顔を見せていた。
(ああ、癒しだ――私の癒しがここにある!!)
シアンの表情、動作、話し方、その全てが私の心の癒しになり、私はもうデレデレになりながら笑顔を返す。
「私はシアンに言われた通りにしただけだよ。つまりはシアンが自分の力で出来たってこと。だからさ、シアンはやればできる子だよ!」
シアンを見ていると、ついつい、お母さんのような気分になってしまう。ゲームで見ている時はやはり客観的な視点で儚げ美青年にキャーキャー騒いでいたはずなんだけど、実際は違うってことなんだろう。
(やっぱり、ゲームと現実は違うんだろうなあ)
私はしみじみとその実感をかみしめる。
「僕が――やればできる子?」
(……はい、シアンのキョトンとした顔、めっちゃ可愛いです! え、何? 私を萌え死にさせる気ですか!? さっき亡くなったじっちゃとばっちゃに会ってきたばかりですが、もう一回逝けと言うのですか!?)
グッと様々な雑念が湧き上がるのを抑え、私は大きく頷く。
「うん。私が保証する! だから、こんな僕なんてって言って、自分の価値下げるのはやめてよね! それがたとえシアン自身でも許さないから!」
(…………実際、ゲームではシアンの血から生み出した最新の毒ガスを開発して、自分と主人公と今後の生活に必要そうな動植物以外の種を壊滅させてるENDもあったし――ほら、このENDからも分かる通りシアンの価値は十分高いよね☆)
思わずそのENDのことを思い出し、一瞬だけ遠い目をしてしまう……。その時、暗幕の上部にある隙間からスッと出ている光の筋が随分と明るいことに気づく。窓にコーティングされた魔力には強力な防音効果が施されているため、新世校では光の遮断にカーテンや暗幕を使うのが一般的だ。
魔力の効果で魔薬品や試料に当たらないように工夫がされているのであろうその暗幕から室内に入ってきている光は、上部の円形状の隙間からの一筋のみで、それは真っ直ぐ天井についた平べったくて丸い銀色の物体へと伸びている。そこへと吸収された陽の光はキラキラとした微粒子となって輝き、部屋全体を明るくしている。魔薬やその試料の中には陽の光に弱いモノもあるため、きっと天井につけてある装置で太陽光をそれらに無害な光に変えているのだろう。
はい、その太陽の光が明るい……ということは?
私は放課後にシアンと会ってから、結局徹夜ってことなんですよ。うん、皆さんも経験があるでしょうか? 実は今、明け方なのに消えていない深夜テンションなるものでして、かなり意味の分からないようなハイな状態なんです。
そして、前にも言ったように、私は猫の獣人。……知っているだろうか? 猫と言うのは一日の大半を寝て過ごすもの。獣人ということでかなり軽減されてはいるが、実は私、徹夜ができない。つまり、魔薬を作ると言う極限の緊張状態から抜け出した私は――
ガッ――ゴン
うん、たぶん、倒れたんだと思う。
だって、私の意識はここで――途切れてしまったのだから……。
シアンのかすれた声を聞き、ようやく完成したどす黒いドロリとしたビーカーの中身に達成感が生まれてくる。
「完成――やっと……完成したんだ!!!」
満ち足りた気持ちでビーカーを見ていたシアンの横顔を見て、私まで満ち足りた気分になる。
「ねぇ、シアン。言った通りだったでしょ?」
「?」
疲れきった(少々やつれた)顔をしている彼が、首をコテンと傾げ、困ったような表情を私へと向けた。シアン色の綺麗な髪の間から、やはり綺麗だと感じられる群青色の瞳がこちらを見つめる。
「無理じゃなかった」
彼と最初に会った時に自分で言った言葉を思い出し、私は目を細めて笑う。
☆ ☆ ☆
『あのさ、一回作れたんなら、同じのなんかすぐできるって! そもそも、やる前から、ムリとか、できないとか言うんじゃない! そういうのは、やれること全部を全力でやった後にして!』
『でも――』
『だあ、もう! 『でも』とか『だって』っていう言い訳してるうちにやんの! 分かった!?』
『は…………い』
☆ ☆ ☆
この世界で彼とちゃんと関わりを持ったのはまだほんの少しのことだが、それよりも長い時間画面越しに彼を見つめていた分、『無理じゃなかった』という言葉に余計に気持ちが入ってしまう。
「あ――」
私の言いたかったことに気づいたらしい彼が軽く驚きの声を上げ、少し照れたように笑った。
(……正直、作った魔薬は見た目は最悪だし、なんか何もしてないのに中身がボコボコいってるし、色に似合わず花の蜜のような甘ったるい香りが漂っているのが余計に不気味ではあるけど――完成は完成だよね?)
私は苦笑いしながらシアンが持っているビーカーの中身を見つめる。
「まあ、私はほとんど何もできてないけどね」
さすがはゲーム上で天才と言われていたシアンだ。どんなに自己評価が低くても、やはり彼はすごいのだと改めて思う。
資料や文献なんかを何も見ず、彼は迷いのない無駄のない動作で何百という様々な素材を混ぜ合わせ(中には見た目が非常にえげつない未確認生命体がいたような気もしたが)、魔薬をあっという間に作ってしまった。正直、私は手も足も出ず、一生懸命言われた金色の無毒の実を潰しただけだった。そして、それすらも彼の助けになっていたのかは分からない……。
(……そういえば、シアン流血事件☆がうっかり発生しちゃったけど、あれって崖から転落した時のアレが原因なのかな? まあ、ゲーム内ではないイベントだったし、きっと、シアン的にもアレは大事件だったんだろうな――うん、シアンがダイブしたのが前世のペッタンコじゃなく、現世のでマジで良かったよ)
私はクッションにもならない前世のAAサイズ(抉れてるとまでは言わせない)を思い出し、少し悲しくなったが、前世は前世、現世は現世だ。もう、あんな虚無感――いや、虚偽感はない。
(フッ――あの頃は大変だったなあ。パットって偉大だったわ)
「い、いや、その、たぶん、君がいなかったら……や、ややや、やっぱり、完成は出来てなかったと思うから……だから――あの、ありがとう……」
ふと、それていた意識をシアンへと戻すと、彼は頬を真っ赤に染め、はにかんだ笑顔を見せていた。
(ああ、癒しだ――私の癒しがここにある!!)
シアンの表情、動作、話し方、その全てが私の心の癒しになり、私はもうデレデレになりながら笑顔を返す。
「私はシアンに言われた通りにしただけだよ。つまりはシアンが自分の力で出来たってこと。だからさ、シアンはやればできる子だよ!」
シアンを見ていると、ついつい、お母さんのような気分になってしまう。ゲームで見ている時はやはり客観的な視点で儚げ美青年にキャーキャー騒いでいたはずなんだけど、実際は違うってことなんだろう。
(やっぱり、ゲームと現実は違うんだろうなあ)
私はしみじみとその実感をかみしめる。
「僕が――やればできる子?」
(……はい、シアンのキョトンとした顔、めっちゃ可愛いです! え、何? 私を萌え死にさせる気ですか!? さっき亡くなったじっちゃとばっちゃに会ってきたばかりですが、もう一回逝けと言うのですか!?)
グッと様々な雑念が湧き上がるのを抑え、私は大きく頷く。
「うん。私が保証する! だから、こんな僕なんてって言って、自分の価値下げるのはやめてよね! それがたとえシアン自身でも許さないから!」
(…………実際、ゲームではシアンの血から生み出した最新の毒ガスを開発して、自分と主人公と今後の生活に必要そうな動植物以外の種を壊滅させてるENDもあったし――ほら、このENDからも分かる通りシアンの価値は十分高いよね☆)
思わずそのENDのことを思い出し、一瞬だけ遠い目をしてしまう……。その時、暗幕の上部にある隙間からスッと出ている光の筋が随分と明るいことに気づく。窓にコーティングされた魔力には強力な防音効果が施されているため、新世校では光の遮断にカーテンや暗幕を使うのが一般的だ。
魔力の効果で魔薬品や試料に当たらないように工夫がされているのであろうその暗幕から室内に入ってきている光は、上部の円形状の隙間からの一筋のみで、それは真っ直ぐ天井についた平べったくて丸い銀色の物体へと伸びている。そこへと吸収された陽の光はキラキラとした微粒子となって輝き、部屋全体を明るくしている。魔薬やその試料の中には陽の光に弱いモノもあるため、きっと天井につけてある装置で太陽光をそれらに無害な光に変えているのだろう。
はい、その太陽の光が明るい……ということは?
私は放課後にシアンと会ってから、結局徹夜ってことなんですよ。うん、皆さんも経験があるでしょうか? 実は今、明け方なのに消えていない深夜テンションなるものでして、かなり意味の分からないようなハイな状態なんです。
そして、前にも言ったように、私は猫の獣人。……知っているだろうか? 猫と言うのは一日の大半を寝て過ごすもの。獣人ということでかなり軽減されてはいるが、実は私、徹夜ができない。つまり、魔薬を作ると言う極限の緊張状態から抜け出した私は――
ガッ――ゴン
うん、たぶん、倒れたんだと思う。
だって、私の意識はここで――途切れてしまったのだから……。
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