迷子の人間さん、モンスター主催の『裏の学園祭』にようこそ

雪音鈴

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Ⅱ 迷子の人間

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「人間拾ってきましたー」

 間延びした可愛らしい声を発したのは、私の隣でガッチリと私の腕を掴んでいるフード付きの黒いズルズルしたローブに身を包んだ仮面のモンスターだった。身なりはちょっと怖いが、私の身長と同じくらい小柄ということと、ここまでくる間に一生懸命私の緊張をほぐそうと話続けてくれたことからも、性別は謎だが――多分声から想像するに、彼女(?)が付けている泣きそうな仮面に少々愛着がわいてきている。

「あ、ご苦労様ナキちゃん――って、あれ? その子、もう、お守り持ってるけど……」

「あ、はい、どうも白ウサギ様に貰ったらしいです」

「ああ、今日もお金のために駆けずり回ってるって話だったからね……よし、それよりも――初めまして。私はこのインフォメーションセンターのスタッフの黒猫です。ええと、見ての通り、メイドをしております」

 長く艶やかな黒髪に、黒縁メガネの奥で優しげに細められた黒い瞳。頭上に乗っているたっぷりとレースがあしらわれたホワイトブリムに、その間から覗くピンと立った黒い猫耳。背後でしなやかに動く黒くて長い尻尾に、胸元で揺れる白ウサギやナキと色違いの赤い星。全体的に真面目で大人しそうな雰囲気の彼女が纏うヒラヒラのメイド服とその他のオプションは、白ウサギの時と同じで妙なアンバランスさを感じさせた。

「あ、初めまして。私は――その、迷子の人間です」

 私の言葉に、ナキが私の腕を掴んでいた手をやんわりと離した。しっかりと私のことを掴んでいた白い手袋越しの細い指が離れ、何となく心細くなる。

「迷子の人間――ね。分かりました。それじゃあ、ナキちゃん。こっちは大丈夫だから仕事に戻ってくれるかな?」

 メイドは、頭上に付いている黒い猫耳を一度ピクリと動かし、ニッコリと笑った。ナキは泣きそうな仮面越しにジッと私を見た後、軽く手を振り、そのまま来た道を戻っていった。

(ありがとう……)

 私は小さなナキの背を見つめ、心の中でそっとお礼を言い、右手でギュッとを握った。

「それでは、簡単な説明を行いますので、こちらへどうぞ」

 インフォメーションセンターは、学園祭仕様のためか、中世ヨーロッパ風の小物が至る所に飾られていたり、古本(?)が売られていたりはしたが、普通の教室のようだった。黒板には【今日は良い商品が多数入荷中! 買い時を逃すべからず】という宣伝文句が大きく書かれていた。その下には、何やら読めない文字が並んでいたが、モンスター達が使う文字なのだろうか? 詳細は分からないが、それ以外は何の変哲もないただの教室……少々拍子抜けしながらも、私は黒猫に促され、インフォメーションセンターの受付へと向かう。

(まあ、外もよくよく見ればさっきまでいた普通の学園祭と同じ建物ばっかりだったし、参加者が人か化物かの違いしかないってことなのかな?)

「まず、あなたが持っているお守りですが、これはあなたの身を守るものです。きちんと首から下げ、失くさないようにしてください。そして、この星を首から下げているモンスターが人間に優しいモンスター、つまりはスタッフとなります。この星は特殊な物なので、スタッフ以外は身に着けていません。何かあった場合は気兼ねなくスタッフにお尋ねください。ちなみに、この星の色は原材料の都合上、赤、青、紫の三色となっています」

 胸元で揺れる星を軽く掲げ、黒猫はニッコリと笑った。

「モンスターの中には、希に【人間を食べるモンスター】もいるので、くれぐれもスタッフ以外のモンスターには関わらないよう、注意してくださいね?」

 その言葉に、最初に出くわした化物の三日月型に歪んだ目を思い出し、体がブルッと震えた。自然と自身を抱きしめるように伸びた腕に黒猫がそっと手を添える。人間と同じような手のぬくもりに、少し心が落ち着く。

「迷子の人間さん――そう怖がらないで? 良い人間、悪い人間がいるように、モンスターの中にも良い奴、悪い奴がいる。全てのモンスターが悪じゃない……そのことだけは、知っておいてもらいたいの」

 頭上の耳をペタッとしながら寂しげに微笑む彼女に、私は震える体を抑え、コクリと強く頷いた。

(知ってる。私を助けてくれた白ウサギやここまで連れてきてくれたナキ、今私の目の前にいる黒猫――みんな優しい……まあ、白ウサギは善意で助けてくれたって言うよりは仕事の一環って感じがしたけど)

 彼女は私の反応に優しく微笑み、詰めた距離を戻した。

(ッ――甘い……香り?)

 彼女の香りだろうか? キャンディーのような甘い香りに頭がぼうっとなる。

「先程から注意事項ばかりを説明していましたが、あなたが表の世界に帰るためには、ある企画に参加し、その景品の【チケット】を入手しなくてはいけません」

「チケッ……ト?」

「はい。それを表側と裏側を繋ぐゲートの門番に渡せば、側の世界に行くことができます。ただし、このチケットはあくまでも景品。あるミッションを達成しなければ、あなたは次にゲートが開くまで――つまり、最低でも一年後ですね――それまでコチラ側の世界で暮らすことになります。ゲートが繋がる条件は、表側と裏側の堺が曖昧となる時期であること、表側と裏側で共通点があることの二点。今回は、時期がハロウィン、共通点が学園祭というわけですね」

 最低でも一年――つまり、一年後同じようにゲートが繋がるとは限らない中で、化物達の中を生き続けることになるということ。そもそも、一年ですら生き残れる気がしないこと。それらの事柄から言えることは一つ。

(このチャンスを逃せば、生き残る可能性は――ない)

 ぼうっとする頭を振り、内容を整理する。

「企画――の内容と制限時間を聞いても良いですか?」

 黒猫の眼鏡の奥で光る縦に長い瞳孔が、一瞬だけ横に開く。

「はい。今回の企画は【スタンプラリー】……タイムリミットは表側の世界の学園祭終了までです。ただ、スタンプラリーとは言いますが、各フロアに用意されたヒントを元にそのスタンプを持つモンスターまたはスタンプの置き場所を推理していただく必要があります。その間にスタッフ以外のモンスターとの遭遇も予測されるため、あなたにとっては危険極まりない企画になりますね」

「各フロア……そこに一つずつスタンプがあるっていうことになるんでしょうか?」

「はい、スタート地点を除いて各フロアに一つずつ――全部で三つのスタンプがあります。スタンプはあなたが首から下げているお守りの裏側にある空白の部分に集めてください。ちなみに、スタート地点であるこのインフォメーションセンターでは、玄武のスタンプを無償で押させていただきます」

 黒猫は、私の首にかかっていたお守りを慣れた手つきでクルリと裏返し、ポンッと亀に蛇の尻尾が生えたような黄色に輝くスタンプを押してくれた。

「それから、一つ忠告です。中には、迷い込んだ人間を食べるため、人間や他の何かに化けているモンスターもいます。くれぐれもご用心を――」



 ☆ ☆ ☆



 黒猫は人間の女の子の背を見送り、軽く息を吐いた。

「なーに、ため息なんてついちゃってるんですか、黒猫先輩」

「ああ、うん、ちょっと疲れちゃってさ。それよりも、魔女ちゃん――今日は空間魔法で移動するのはやめておいた方が良いんじゃないかな? 境目が曖昧だからうっかり表側の世界に出ちゃうかもしれないし」

 空中にポッカリと開いた黒い空間から教室の床へと降り立った美女は、肩まで伸びた茶髪をサラリと横に流し、短いスカートをヒラリとさせながら妖艶に微笑んだ。その胸元には、スタッフの証である紫色の星が神秘的な光を発していた。

「えぇ! 先輩ってば、何言ってるんですか? 私がそんなミスするわけないじゃないですかぁ。それよりも、この甘い香り――精神作用系の香水ですよね? 先輩が使うのってなんか意外です」

 パチンと指を鳴らして空間を閉じた魔女が、黒猫を観察するように目を細める。

「……香水くらい私だって使うこともあるって」

 黒猫が机に置かれた大量のお守りを綺麗に並べる姿を眺めながら、魔女は苦い顔をした。

「香水自体の話じゃなく、その作用の方の話だったんですが――まあ、良いです。私は優しい後輩なので、それで誤魔化されてあげます。ただ……あまり無理をしないでくださいね?」

 先程浮かべていた妖艶な微笑みと鋭い視線は片鱗も見えず、ただ心配そうな微笑みを浮かべる魔女に、黒猫はふんわりと笑った。

「ありがとう。でも、大丈夫。だって私が決めたことだからね。たとえ、彼女が望まなくても――」
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