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Ⅳ 微睡みの闇の中で
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咄嗟に机の上を確認し、目標の物を見つける。この時ほど自分の観察力の無さを呪ったことはないかもしれない。見つけた物を持ち上げ鶴へと近づけると、案の定、サッと上空へと逃げられた。
「蝋燭――つまり、火が弱点ってこと?」
エミは私の言葉に何も言わず、一際短い蝋燭に火を灯した。
(たぶん、折り鶴の行動からもこれが正解――でも、蝋燭の火だけだと天井の折り鶴に届かないのも事実……)
もう一度、机の上に目を向ける。
(危険だけど、ここは化物の世界――むしろ、元の世界ではなかなか体験できないことだし、やってみる価値はある……)
私は念のためしっかりと軍手をはめ、サングラスとマスクをし、右手に虫除けスプレー、左手に火が灯った長い蝋燭を持った。……いわゆる、簡易火炎放射器の構えだ。正直、かなり危険なので、絶対に真似はしないでほしい。そして、今、実際にやろうとしている自分がめちゃくちゃ怖い。
(でも、元の世界に帰るためだし――)
意を決してスプレーを使用すると想像以上に強い火力が出て余計に腰が引けてしまうが、なんとか全ての鶴を焼き落とす。幸い、化物の世界に火災報知機やスプリンクラーはないようだった。後で思ったことだが、こういう場合はきちんと確認を取ってから行動に移すべきだろう。
(うん……次は気をつけよう。まあ、次なんかない方がいいけど――)
そっとスプレーとロウソクを机の上に戻し、床に落ちた残骸を注意深く見る。灰になった折り鶴達の燃え残り部分ではまだ火が燻っているようで、チラホラと煙が上がっている。また、魔法の効果なのか、辺りではキャンディーのように甘い香りが漂っていた。その匂いにクラクラする中、一際鮮やかな赤い物体を発見し、迷わず軍手ごしの手で引っ掴む。まだそれなりに熱かったが、最初に黒猫が押してくれたスタンプの形状と酷似している。
「わあ、おめでとうございます。それでは、その朱雀のスタンプを押させてもらいますね」
「あ、お願いします。ただ、熱いので――」
熱さのあまり、自身の軍手の上で転がしていたスタンプだったが、エミはそんな熱さなど感じていないのだろう。私の言葉を気にも止めず、サッとスタンプを受け取り、お守りの後ろに羽を広げた綺麗な鳥が描かれている赤いスタンプをポンッと押してくれた。
「それでは、足元に気をつけて下のフロアに行ってください」
「あ、はい――って、うわ!」
足元に転がっていた柔らかい何かを踏んでしまい、思わず転びかける。暗闇の中、転がっていたモノを見ようと後ろを振り返ったが、そこには折り鶴の残骸以外何も見当たらなかった。
「え――?」
「ええと――どうかしましたか?」
キョロキョロと辺りを見回すが、特に大きなモノは見当たらず、なんとなく背筋が冷たくなった。そうやって立ち止まっているうちに、周りの折り鶴達が淡く赤く輝き、元の綺麗な姿に戻っていく。
「何度壊れても再生する――まるで不死鳥【朱雀】のようですよね?」
すぐ傍でエミのものとは違う声音が聞こえ、再び息が止まりそうになる。
「ああ、突然すみません。私は闇の住人、ヴァンパイアです。私もここのスタッフなんですが、何しろ陽の光が苦手でして――闇の中で微睡んでいたら出てくるのが遅くなってしまいました」
濃厚な甘い香りが覆う中、蝋燭の光を浴び、ヴァンパイアは紳士的な笑みを浮かべた。白いシャツに黒いベスト、ピッチリとした黒いパンツスタイルに白い手袋、綺麗に磨かれた黒い靴――もちろん、彼女の胸元には、スタッフの証である青い星が揺れていた。そう、驚くべきことに、この紳士的でかっこいいヴァンパイアの性別は……女性だったのだ。もちろん、どこを見たかというのは言うまでもないことだと思う。
「あ、いえ、お気になさらず! そ、それじゃあ、私は次のフロアにい、行きますので!」
同性でありながらも、そのかっこよさについつい見惚れてしまった自分が恥ずかしくなり、私は大慌てでその教室から出ていった。その時、チラリと後ろを振り返ると、エミとヴァンパイアがドアからの光が差し込まない暗闇の中、優雅にお辞儀している姿が見えた。
☆ ☆ ☆
「先輩――あの、ありがとうございました。おかげで誤魔化しきれました」
エミがぺこりと頭を下げるのに対し、ヴァンパイアはエミの肩を抱き、ニッコリと笑った。
「気にする必要ないよ。だって、エミと私の仲じゃん」
「えっと――これ、どうしましょうか?」
「ああ、もう、つれないところも可愛いけど――とりあえず、消そうか。次の人間に気付かれても厄介だし」
自身らの後ろ――暗闇の中に横たわったモノに目を向けた後、エミとヴァンパイアは軽く頷き合い、床に広がった赤黒い汚れと共に綺麗さっぱり消し去った。
「次からは気をつけます……」
「ああ、まあ、白ウサギさんに見つかったら大変だからねぇ。でも、そんなに落ち込む必要はないよ。エミは頑張り屋さんだから」
「うぅ、その……ありがとうございます。ええと、鎌も汚れちゃったので、顔と一緒に洗ってきますね」
背中を優しく叩かれたエミは照れたようにそう言い残し、その場を去った。
「屍食鬼の人食衝動――かあ。それにしても、あの人間、運が良かったなあ。ちょっとの差でその衝動の餌食は――あ、お客さんかな?」
光が差し込まない教室の奥で、優雅にお辞儀するヴァンパイア。その顔には、妖艶な笑みが浮かべられていた。
「蝋燭――つまり、火が弱点ってこと?」
エミは私の言葉に何も言わず、一際短い蝋燭に火を灯した。
(たぶん、折り鶴の行動からもこれが正解――でも、蝋燭の火だけだと天井の折り鶴に届かないのも事実……)
もう一度、机の上に目を向ける。
(危険だけど、ここは化物の世界――むしろ、元の世界ではなかなか体験できないことだし、やってみる価値はある……)
私は念のためしっかりと軍手をはめ、サングラスとマスクをし、右手に虫除けスプレー、左手に火が灯った長い蝋燭を持った。……いわゆる、簡易火炎放射器の構えだ。正直、かなり危険なので、絶対に真似はしないでほしい。そして、今、実際にやろうとしている自分がめちゃくちゃ怖い。
(でも、元の世界に帰るためだし――)
意を決してスプレーを使用すると想像以上に強い火力が出て余計に腰が引けてしまうが、なんとか全ての鶴を焼き落とす。幸い、化物の世界に火災報知機やスプリンクラーはないようだった。後で思ったことだが、こういう場合はきちんと確認を取ってから行動に移すべきだろう。
(うん……次は気をつけよう。まあ、次なんかない方がいいけど――)
そっとスプレーとロウソクを机の上に戻し、床に落ちた残骸を注意深く見る。灰になった折り鶴達の燃え残り部分ではまだ火が燻っているようで、チラホラと煙が上がっている。また、魔法の効果なのか、辺りではキャンディーのように甘い香りが漂っていた。その匂いにクラクラする中、一際鮮やかな赤い物体を発見し、迷わず軍手ごしの手で引っ掴む。まだそれなりに熱かったが、最初に黒猫が押してくれたスタンプの形状と酷似している。
「わあ、おめでとうございます。それでは、その朱雀のスタンプを押させてもらいますね」
「あ、お願いします。ただ、熱いので――」
熱さのあまり、自身の軍手の上で転がしていたスタンプだったが、エミはそんな熱さなど感じていないのだろう。私の言葉を気にも止めず、サッとスタンプを受け取り、お守りの後ろに羽を広げた綺麗な鳥が描かれている赤いスタンプをポンッと押してくれた。
「それでは、足元に気をつけて下のフロアに行ってください」
「あ、はい――って、うわ!」
足元に転がっていた柔らかい何かを踏んでしまい、思わず転びかける。暗闇の中、転がっていたモノを見ようと後ろを振り返ったが、そこには折り鶴の残骸以外何も見当たらなかった。
「え――?」
「ええと――どうかしましたか?」
キョロキョロと辺りを見回すが、特に大きなモノは見当たらず、なんとなく背筋が冷たくなった。そうやって立ち止まっているうちに、周りの折り鶴達が淡く赤く輝き、元の綺麗な姿に戻っていく。
「何度壊れても再生する――まるで不死鳥【朱雀】のようですよね?」
すぐ傍でエミのものとは違う声音が聞こえ、再び息が止まりそうになる。
「ああ、突然すみません。私は闇の住人、ヴァンパイアです。私もここのスタッフなんですが、何しろ陽の光が苦手でして――闇の中で微睡んでいたら出てくるのが遅くなってしまいました」
濃厚な甘い香りが覆う中、蝋燭の光を浴び、ヴァンパイアは紳士的な笑みを浮かべた。白いシャツに黒いベスト、ピッチリとした黒いパンツスタイルに白い手袋、綺麗に磨かれた黒い靴――もちろん、彼女の胸元には、スタッフの証である青い星が揺れていた。そう、驚くべきことに、この紳士的でかっこいいヴァンパイアの性別は……女性だったのだ。もちろん、どこを見たかというのは言うまでもないことだと思う。
「あ、いえ、お気になさらず! そ、それじゃあ、私は次のフロアにい、行きますので!」
同性でありながらも、そのかっこよさについつい見惚れてしまった自分が恥ずかしくなり、私は大慌てでその教室から出ていった。その時、チラリと後ろを振り返ると、エミとヴァンパイアがドアからの光が差し込まない暗闇の中、優雅にお辞儀している姿が見えた。
☆ ☆ ☆
「先輩――あの、ありがとうございました。おかげで誤魔化しきれました」
エミがぺこりと頭を下げるのに対し、ヴァンパイアはエミの肩を抱き、ニッコリと笑った。
「気にする必要ないよ。だって、エミと私の仲じゃん」
「えっと――これ、どうしましょうか?」
「ああ、もう、つれないところも可愛いけど――とりあえず、消そうか。次の人間に気付かれても厄介だし」
自身らの後ろ――暗闇の中に横たわったモノに目を向けた後、エミとヴァンパイアは軽く頷き合い、床に広がった赤黒い汚れと共に綺麗さっぱり消し去った。
「次からは気をつけます……」
「ああ、まあ、白ウサギさんに見つかったら大変だからねぇ。でも、そんなに落ち込む必要はないよ。エミは頑張り屋さんだから」
「うぅ、その……ありがとうございます。ええと、鎌も汚れちゃったので、顔と一緒に洗ってきますね」
背中を優しく叩かれたエミは照れたようにそう言い残し、その場を去った。
「屍食鬼の人食衝動――かあ。それにしても、あの人間、運が良かったなあ。ちょっとの差でその衝動の餌食は――あ、お客さんかな?」
光が差し込まない教室の奥で、優雅にお辞儀するヴァンパイア。その顔には、妖艶な笑みが浮かべられていた。
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