迷子の人間さん、モンスター主催の『裏の学園祭』にようこそ

雪音鈴

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Ⅷ 絶体絶命

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「あれ――? 迷子の人間さん。もうイベントはクリアできたんですか?」

「あ、その、まだなんですが、ちょっと息抜きに――」

 インフォメーションセンターでは、相変わらずふりふりのメイド服を着ている黒猫がいた。キラリと光る赤いスタッフの証が、黒猫が忙しく動くたび左右に揺れている。そして、今回はその横に可愛らしい水色のドレスを着たアリスの姿もあった。胸元で揺れる赤いスタッフの証はアリスが立ち上がったのと同時にピョンッと元気よく跳ねた。

「ああ、この子が迷子の人間さん? 初めまして、私、アリス!」

「え? ああ、はい……」

 元気よく右手を出され慌てて握手を交わしたが、実際は初対面ではないため、どうしても反応が鈍くなってしまう。

「息抜きは大事だよね、うんうん。ゆっくりしていってね」

 ブンブンと握手した手を上下に振られ、思わず苦笑してしまうが、その申し出をありがたいと思う。握手が終わり、先程から忙しなく動いている黒猫へと目を向けると、何やら壊れた陶器の人形を片付けているところのようだった。よくよく見ると、教室の大きな黒板の前に置かれている長机の上には陶器の人形が綺麗に並べられていた。

「あれ――? その陶器の人形って、最初からありましたっけ?」

 私の素朴な疑問に、アリスがにんまりと笑う。

「ああ、気づいてくれた? 実はさっき、白ウサギさんに頼まれて設置したばかりなんだ!」

 アリスは嬉しそうに陶器人形の一つを持ち上げる。黒髪ショートヘアでちょっと切りすぎた前髪に、少し垂れ目がちな黒い瞳が寂しげにこちらを見つめてくる。服装はアリスと同じ水色のドレスに可愛いフリルが付いた白いエプロンという可愛らしいものだったが、その人形はまるで生きてる人のようにあまりにもリアルすぎて、不気味に感じられた。そして、何より、その人形は――

「――あなたにそっくりだと思わない?」

 そう、アリスが言うように、本当に私と瓜二つなのだ。抱き抱えられるくらいの大きさではあるのだが、あまりにも似過ぎている人形にいっそう気味の悪さを覚え、思わず顔が引きつってしまう。

「あなた――勘が鋭いのね」

「え――?」

「ううん、ただ……この人形、私がここに来た人の資料を参考に作ったの。私、人形が大好きだから作るの楽しかったよ」

 アリスは「あなたのは力作なの」と楽しそうに笑った。私は、その笑顔から目をそむけ、壊れてしまった人形へと目をやった。

「……この人形にも参考にされた人がいたんですか?」

「はい。いましたよ。今は壊れてしまいましたが……とてもいい出来でした」

 黒猫は壊れた人形の頭部を持ち上げ、こちらを見てニッコリと笑った。その人形の空虚な黒い瞳に、何故だか底知れぬ恐怖を感じた。

「まあ、陶器なので、壊れやすいのはご愛嬌ということになりますが……」

「もう、黒猫ってば、掃除が大変だからってそんなこと言わないでよ。陶器でも壊れにくい子はいるんだから――あ、そういえば、あなた、今青龍のスタンプのところまで行ってるんだってね」

「あ、は、はい?」

 急な話をこちらに振られ、思わず疑問で返してしまう。そもそも、今もらえるスタンプの名前すら知らないので、疑問系なのは仕方がないことなのかもしれない。

「そっか。それにしても、もう答えに行き着いてるんだね」

 アリスは、私が持っている本を見ると、嬉しそうに笑った。

(? この本が答え――?)

「ああ、コランダムの仲間外れでしたね。確か、宝石界の中では赤色のルビー以外の色は全てサファイアっていう……」

「うん、それそれ!」

(あ、じゃあ、赤色が仲間外れってことか!)

 黒猫とアリスの会話から答えが分かり、思わずフランケンが渡してくれた本を抱えていた腕にギュッと力が入る。

「それにしても、ヒントが魚の目の宝石って分かりにくいと思うんだよね。まあ、だからこそ、本で調べられるようになってたみたいだけど――」

 アリスが不満げに話す姿を黒猫が優しく見守っている様子に、ふとあることに気づく。しかし、確認していいのか分からない。脳裏には黒く塗りつぶされたページがチラつく。

「どうかした? 顔色、悪いけど……」

 俯いていた私の顔を覗き込むようにして、アリスが少し屈む。私は「なんでもないです」と慌てて言った後、直ぐにその場を後にした。



 ☆ ☆ ☆



 足早に去っていった女の子の後ろ姿を見送ったアリスは、置いてあった椅子に座り、机に頬杖をついた。

「なんだか、たくさんの人がこっちの世界にいるっていうのが不思議だよねぇ」

 アリスはそう言って足をブラブラさせ、クスクスと笑った。それとは対照的に、暗い顔をした黒猫が小さな声で呟く。

「アリス……アリスは――」

「?」

「戻りたいって思う?」

「えぇ! 黒猫ってば何言ってるの? アハハ、笑えるぅ」

 アリスが口元に片手をあてて笑う中、黒猫は耳をペタンとさせながらアリスを見つめていた。やがて、笑い声を上げるのをやめたアリスは困ったような笑みを浮かべた。

「私が存在できるのはここしかないし、今更戻ってもあっちに帰る場所なんてない。むしろ、帰る場所はこっちにあるんだから、戻りたいなんて思わないよ?」

「……」

 長い尻尾をヘタリとさせた黒猫の姿に、アリスは仕方がないなあというように優しく彼女の頭を撫でた。

「何を不安がってるのかはだいたい察しがつくけど、私がいるべき場所はこっちの世界だっていうのは変わらないから安心して。そもそも、分かりきった答えを聞くなんて、いつもは賢い猫のあなたがどうしちゃったの?」

「ごめんなさい……アリスがあまりにも人間にかまってばっかりで――」

「黒猫――ううん、こっちこそ不安にさせちゃったのならごめん。でも、人と遊ぶのはモンスターとの遊びにはない面白さがあるからね……つい、楽しくなっちゃって。特に、さっき会った子は良かったなあ。できれば傷つけないでほしいかなって思うほどにはタイプだったなぁ」

「……」

「あ、でもでも、安心して良いよ? 私はずっとここにいる。ううん、ここにしかいられないんだから」

「…………」

「それじゃあ、そろそろ行こっか。このままだと白ウサギさんに働かざる者食うべからずですって言われちゃいそうだしね」

 アリスがニッコリと笑い、踵を返した瞬間、黒猫はふんわりと笑った。

「ああ、そっか、あの子が良いんだね――アリス」

 暗く、重い雰囲気を纏った小さな言葉は誰の耳にも届かず、ただただ黒猫の心を歪めていった。



 ☆ ☆ ☆



 ドクドクと嫌な音を立て続ける胸を抑え、私はインフォメーションセンターから少し離れた廊下で考えを巡らした。

(元の世界にある【不思議の国のアリス】という本が、化物の世界では【化物になった少女】になっているのかもしれない。それなら、化物になった少女の名前はアリス。もし、化物側の話が真実だったなら――あのアリスと名乗った女性がそのモデルで、ダイナという猫は……)

 先程から血みどろの王座の絵と優しげに笑う黒猫の姿が交互に浮かぶ。

(私が逃げなくちゃいけないのは――黒猫? でも、そもそもなんで逃げなくちゃいけないの? 逃げるってことは、ここから抜け出せるようスタンプラリーのイベントを進めていけばいいってこと?)

 スタート地点に戻って得られたのはイベントの答えのみで、それ以外はまったく分からなかった。

(そもそも、あの塗りつぶされたページには何が書いてあったの?)

 ゾワゾワと得体の知れない恐怖が這い上がってくる。

(私は――何を知らなくちゃいけない?)

 その時、廊下の反対側から二匹のリザードマンがやってきた。どちらも人間の成人男性をゆうに超える大きさで、のしのしと大きな尻尾を優雅に振りながら歩いていた。一匹は黒に赤のまだら模様、もう一匹はゴツゴツとした緑色の体で、まるでワニのように巨大な口を持っている。二匹とも戦士のような武装をしており、頭には警備員さんが被るような帽子をちょこんと乗せている。黒地の帽子の真ん中には金色で真ん丸の刺繍が施されていて、まるで目玉のようだと思った。

「お? 人間……? 良い匂いぃ。な、な、そう思わない? ダメ? ダメかな?」

 まだら模様が爬虫類特有の目をギョロリと動かし、ワニ口の反応をうかがう。

「ちょうど警備で疲れていたところ――味見くらいなら?」

 パカッと大きな口を開け、長い舌をダラリと垂らしたワニ口に、まだら模様がにんまりと笑う。

「ね、ね、手ぐらいなら良いと思う?」

 先ほどから流れて止まらない冷や汗のせいで、服が自身にピッタリと張り付く感覚が気持ち悪い。二匹の視線に絡め捕られたかのように体が動かない。

(で、でも、お守りを持ってるから大丈夫なはず!)

 一部だけ残っていた冷静な思考回路のおかげで、ゆったりと歩いてきたリザードマン達に向けて、ずいっと首にかけていたお守りのカードを出す。

「あ、あなた達はお守りを持った私にち、近づけないです!」

 手が小刻みに震えているのは自分でも分かったが、できるだけ大きな声を出した。そんな私の様子に、二匹は互いに顔を見合わせた後、盛大に笑い出した。

「ああ、お守りね、お守り。それ、大事。商品だから」

 まだら模様がケッケッという咳のような笑いを披露する中、ワニ口がその頭をバシッと叩く。

「バカか。白ウサギ様に殺されるぞ」

「あ、あ、嘘、商品嘘。でも、お守りって、お守りって!」

 まだら模様が笑い続ける中、ワニ口は呆れたようにため息をつき、私の腕を掴んだ。

「それで――? お守りの効果っていうのは?」

 ワニ口の言葉に弾かれるように腕を振り払った私は、がむしゃらに走り出した。

(なんで? なんで――どうしてお守りが効かないの?)

 もう、何が何だか分からなかった。冷静な思考回路などもうない。ただ、目前に迫る恐怖から逃げるため、私は重い足を動かし続けた。後ろからは、怒ったまだら模様の声が――

(……聞こえない?)

 先程まで聞こえていたドスの利いた声やドタバタとうるさい足音が聞こえなくなり、私は走りながら後ろを確認しようとした。

 きっと、浅はかなその行動がいけなかったのだろう。その瞬間、足に何かが引っ掛かり、後ろを見る暇もなく、下りの階段を頭から落ちていくことになった。
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