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Ⅶ 化物になった少女
しおりを挟む【化物になった少女】
むかしむかしあるところに、体の弱い少女がおりました。その少女は、いつもベッドの中から窓の外を見ていました。
「いつか、お外で遊びたいなあ」
少女の口癖はいつも同じです。そして、その傍らにはいつもダイナという猫がいました。少女は外で遊べない分、たくさんの本を読み、外の世界のたくさんの物事を想像することが好きでした。ダイナは少女が話すたくさんの世界を聞くことが好きでした。一人と一匹の間には、いつも幸福な時間が流れていました。
しかし、人の時間と猫の時間というものは長さが違います。少女が大きくなるにつれ、ダイナは弱っていきました。ダイナは、やがて少女の大好きな話に耳を傾けながら眠ることが多くなっていきました。少女は、ダイナが話を聞いてくれていないことにふくれ面になることが多くなっていきました。
そして、とうとうダイナが少女の言葉に目を開けてくれることがなくなりました。いくら話しかけても目を開けないダイナに少女はひどい言葉をいっぱいかけました。それでも目を覚まして少女を怒らないダイナに、急に悲しくなってしまい、少女は泣き出しました。
「ねぇ、起きてよ。酷いことたくさん言っちゃったから、謝るから――だから、起きてよ、ダイナ。私を一人にしないでよ……」
少女の精一杯の言葉に、ダイナは化物として生きることを決意しました。
(うん。一人になんてしないよ――×××)
化物となったダイナと少女は前と変わらず、幸せな時間を過ごしました。けれども、化物の時間と人の時間というものは長さが違います。体が弱かった少女は、特にその時間の流れが早く、やがて少女は大好きな世界の話をしなくなりました。ダイナは、キラキラ輝く世界の話を楽しく語る少女の声を聞きたくて、何度も何度も少女に擦り寄りました。しかし、少女が吐き出す言葉は、悲しげに震えた声ばかりでした。
「ねぇ、ダイナ――私、死にたくない。死にたく……ないよ」
その言葉に、ダイナは化物の世界で天国と言われる国に少女を連れて行くことにしました。その国では、老いることはありません。少女の病気も進行することはありません。むしろ、新しく健康な体になることができます。今まで少女が夢見た外の世界で、たくさんの幸せを与えることができます。ダイナにとっても、少女にとっても幸せな国であることは、分かっていました。
そう、その国の住人の定員数が決まっていなければ――とても、幸せな国になっていたことでしょう。幸せな国の住人は、誰もが幸せな世界から抜け出したくありませんでした。だから、新しくやってきた一人と一匹を殺して、元の世界に戻そうとしました。幸せな国の住人になるためにはどうしたら良いのか、少女もダイナも考えました。そして、その国の女王と王の給金制度に疑問を持っていた白ウサギに取引をもちかけました。
「私達が王になったら、あなたが持つその時計で働いた分だけお金をあげる」
白ウサギは喜んでその申し出にのりました。ただし、もし王になるのに失敗したら、ダイナに脅されていたことにして女王側につくという条件での約束となりました。その後、裏切り者の白ウサギの手引きのおかげで、女王と王を殺めたダイナは、少女と幸せに暮らしました――めでたしめでたし。
★ ★ ★
血塗られた王座に少女を座らせ、冠を被せるダイナの姿に幸せという言葉が重ならず、思わず目を背けたくなったが、それよりも気になる点を数箇所見つけた。
まず、少女の名前やその顔、猫の姿までもが黒く塗りつぶされており、めでたしの後にあった最後のページに至っては文字すら読めないほど真っ黒に塗りつぶされていた点だ。激情に任せて黒色に塗ったのか、硬い紙の裏にまで黒く塗りつぶした際の痕が浮き出ており、各ページの反対側にまでベットリと張り付いた大きな黒いシミが痛々しく見える。次に、住人に定員数があることと、白ウサギ――これを意味するのは……
(不思議の国のアリス――?)
その時、不意にチェシャ猫が言っていた言葉が頭をよぎる。
『不思議の国の住人の数はいつも一定なんです――ああ、誰の代わりに誰が欠けるのか、悲劇の始まりはどこだったのか……さてさてお嬢さん、君の進む先にはどんな結末があるんでしょうかねぇ?』
そして、先程会ったアリスが言っていた言葉……。
『ねぇ、ここにいちゃダメになっちゃうよ? 逃げなきゃ――そう、逃げなきゃダメなの。アイツから――』
背筋が凍るような感覚のせいで、体が痺れたように動けなくなる。目は真っ黒く塗りつぶされた最後のページから離せないでいた。体が小刻みに震えている。
(アイツって誰? 逃げるってどこに? だってここは化物の世界で、逃げる場所なんてどこにも――)
「重要な部分はどこか観察すべきデス。まあ、分からなくなったらスタート地点に戻るのもいいデショウ」
急に後ろから聞こえてきた声とどこかで聞いたフレーズに、息が止まりかける。後ろでは、軋んだ音を立てながらフランケンが新しい本へと手を伸ばしているところだった。
「スタート地点――ここでは、インフォメーションセンターデスネ。アリスさんもちょうどそこに行ったようデスヨ」
「インフォメーションセンター?」
私のオウム返しの問い掛けには一切反応を示さず、フランケンは一冊の本を私に押し付けてきた。
「それから、これをドウゾ。おすすめデス。代わりに、そちらの絵本は回収しておきマス」
絵本の代わりに渡された本には【コランダム】と書かれており、色とりどりの宝石が光り輝く写真が表紙を飾っていた。絵本が手元になくなった途端、ようやく息苦しさが抜ける。大きく息を吐き出した後、フランケンが言うようにスタート地点に戻ることにした。
(ちょっと遠回りになるかもしれないけど、私は知らなくちゃいけない気がする――)
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