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しおりを挟むそんな日々は突如として終わりを迎えた。
朝早くに家が揺れるような物音がして目が覚めた。
階下からはたくさんの人の足音が聞こえてきたし、家中が大騒ぎなのがわかる。
何か良くないことが起こっているのでないかと不安でたまらなくなり、私はハンカチをぎゅっと抱きしめて震えていた。
そのうちに荒々しい足音が階段を駆け上ってくるのが聞こえた。
間を開けず、扉が乱暴に叩かれる。
「ポーニー、そこにいるのかい?」
「えっ!」
その声は、ハンカチをくれた青年のものだった。
私はどうしたらいいかわからずオロオロとしていると、扉が酷い音を立てて蹴破られた。
「ああ、やはりここにいた!」
やはりそこに立っていたのは青年だった。
最初にあったときとは違う、黒を基調とした軍服に身を包んでいた彼は、私の姿を認めると両手を広げ駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてくれた。
「こんなに痩せて。ごめん、遅くなった。あの日、返さなければよかった」
「えっ、あの、なにが……」
わけがわからない。どうして彼がここにいるのだろうか。
「ああ、驚くのは当然だね」
青年は私の混乱に気が付いたのか、苦笑いしながら腕をゆるめ、私を解放してくれた。
そして恭しく私の前に跪くと、まるで騎士が姫に忠誠を誓うような仕草で私の右手をすくいあげる。
まるで夢でも見ているような気分だった。
「君を迎えに来たよポーニー……いや、ポーリーン・シャンテ。僕は君の婚約者であるジュレ・カネレだ」
「なん、て……?」
ジュレと名乗った青年の言っていることがまったくわからない。
私の名前はポーニーだ。ポーリーンではない。しかも婚約者とはどういうことなのだろうか。
「誰かと……私を間違えていませんか」
「いいや。むしろ、会った瞬間に気が付けなかった僕のミスだ」
「どういう……」
ジュレが私をじっと見つめる。綺麗な瞳にすいこまれそうだった。
心臓がぎゅっと高鳴る。一体何が起こっているのだろうか。
もしかしたら私はもう死んでしまって、これは都合のよい夢を見ているのかもしれないとすら思ってしまう。
「ポーリーン……」
うっとりとした声音に涙が出そうになった。
私はこの声とこの名前を知っている。そんな気がした。
ジュレの視線が私を通り越して、屋根裏部屋に向く。慌てて起きたせいで古布にくるまれていた灰がこぼれてベッドを汚していたし、あのハンカチが床に落ちていてお兄様の足跡まではっきりと見えている。
「あっ……ご、ごめんなさい、ハンカチ……」
羞恥と申し訳なさで私が俯けば、再びジュレが私を抱きしめた。
「ハンカチなんていい。君が、君が無事でよかった」
「う……」
優しい言葉にまた泣きそうになる。
会って2回目なのに、どうしてジュレの言葉は私の心に染みるのだろうか。
「もう行こう。こんなところに君をおいておけない」
「えっ? きゃあ!」
突然身体が浮き上がる。ジュレが私を抱き上げたのだ。
そしてあれよあれよという間に私は屋根裏部屋から連れ出された。
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