2 / 6
弐
しおりを挟む主人に通されたのは客席から少し離れた障子の奥。
狭い部屋かと思ったが、大人ひとりが横になっても余裕がありそうなほどの広さだった。
外見は小さな店なのに、こんな部屋があるとはと少し驚いた。
座敷の真ん中に小さな机があり、その机の付属品のように小さな老婆が背中を丸めて座っていた。
「婆様、邪魔するよ」
「お客さんですかな」
「おう、そうとも」
「何を描きましょう」
「実はあんたが面白い話を聞かせてくれると聞いたから来たんだ。だから絵は何でもいい」
「左様でございますか」
老婆は驚く風でも嫌がる風でもなく小さくうなずくと、机の下から小さな文箱を取り出した。
ふたを開けると墨の匂いが鼻につく。
硯と筆をゆっくりと並べ、大小様々な大きさの紙を取り出す。
「一番小さな紙で一文、一番大きな紙なら五文でございます」
「へえ、良心的じゃあないか」
舌先三寸で値切ってやろうと身構えていただけに肩透かしを食らった気分だ。
悪事を暴かれたような居心地の悪さに真ん中の紙を指さした。
「三文の紙ですね。じゃあ、お代を」
「なんだい、先に金をとるのか?」
「書いてから払わぬと仰られると婆が辛うございます」
「ふむ、なるほど」
身に覚えがある話だ。
とある筋から、これこれこういう人物がどこそこにいく、という事細かな指定が入った仕事を引き受けたことがあった。書きながら筋を考えていく主義だったのでたいそう苦労した記憶がある。
そして書き上げたものを渡した途端に相手方との連絡が途絶えてしまった。
要は賃金を踏み倒されたのである。
あの悔しさ腹立たしさは今思い出しても腸が煮えくり返る。
婆の言うことももっともだと、財布から三文を取り出して差し出した。
「ありがとうございます」
皺くちゃの左手が伸びて銭を受け取る。
老婆とは思えぬ素早さで銭をしまうと、選んだ三文の紙を机に広げ、さて、と婆の背筋が急に伸びた。
小さな、と思っていたが案外に存在感がある姿。
最初は気が付かなったが、老婆の割に色つやがよく、妙な色気がある目をしている。
店の主人が言っていた、先代とやらはこの婆を囲っていたのかもしれない。
「さてさて、では描きながらお話ししましょう。さて、何から話せば良いのかな」
筆を片手に小さく首をかしげて老婆が思いを巡らせる。
ふと、その姿の違和感に目を細める。先ほどから老婆が使っているのは左手のみだ。
右手は袖の中に隠されたまま。
その袖は、まるで中身がないかのように肘のあたりからだらりと垂れ下がっている。
「気が付かれましたかな」
老婆の声に体が震えてしまった。
先ほどまでは命の灯が消えかかった老婆かと思っていたのに、この凄味は何なのだろう。
にいと口の端を釣り上げて笑う老婆は若い女のように紅を引いていた。
「この右腕は肘から下を失せております」
老婆が袖をゆっくりとたくし上げれば、言葉通り右腕は肘の下からの部分がすっかり消えてなくなっていた。
失ったのはずいぶん昔なのだろう。
肘の先はつるりとした皮膚で覆われ、まるで最初からそこに腕などなかったかのような様子だ。
「お話しするのは、この失せた手の話でございます」
3
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる