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疎まれた令嬢の死と、残された人々の破滅について

疎まれた令嬢の死と、残された人々の破滅について-3

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 どうしてもっと調べないのかという思いで心がいらつが、ルミナを責めても仕方がないとベルビュートは首を振る。

「事故がわかったのは、今朝なんだな」
「はい。我が家の馬が王都のはずれで迷っているのを、警備兵が見つけたと聞いています」
「馬だけが?」
「ええ。それを不審に思い街道を調べたところ、横転した馬車が見つかって……」

 そこまで語るとルミナはううう、と泣きながら両手で顔をおおってしまう。
 姉を失った悲しみに震えるそのいじらしい姿に胸を打たれ、ベルビュートはルミナをそっと抱き寄せた。
 そのぬくもりを感じながら、ベルビュートは初めてルミナに会った日のことを思い出していた。
 微笑むことのないロロナと違い、いつも愛らしく笑っているルミナは、王太子として息苦しい日々を送っていたベルビュートにとっての陽だまりだった。
 初めて二人が顔を合わせたのは、ロロナがデビュタントを迎えた日のことだ。
 ロロナとのダンスを終えたベルビュートは、「お姉さま!」と可愛らしい声を上げて駆け寄ってくる少女に目を奪われた。
 ふわふわした飴色の髪と蜂蜜色の瞳をした少女は、ロロナとは何もかも正反対だった。あどけない顔立ちは愛くるしく、見ているだけで胸がぎゅっと締めつけられる気分になる。

「ルミナ。あなたはまだここに来てはいけないのに」
「だってお姉さまのデビュタントですもの! お祝いしたくって。お母さまもいいと言ってくれたのよ? そんなにだめだった?」
「困った子ね……。ベルビュート様、この子は妹のルミナでございます。ルミナ、王太子殿下にご挨拶を」
「初めまして、ベルビュートさま! ルミナ・リュースと申します」

 少々ぎこちないものの、練習の成果が見えるしっかりとした挨拶に、ベルビュートは頬をゆるませた。
 姉であるロロナが女神にたとえられるのなら、ルミナは天使だろう。
 その日から、ルミナはよくロロナにくっついて王城にやってくるようになった。
 ロロナはいつもルミナをたしなめて帰るようにうながしていたが、ルミナは「仲間外れにしないで」と瞳をうるませるものだから、ベルビュートはついついルミナの味方をしてしまう。
 いつも完璧なロロナがルミナに困らされている姿を見るのが、少しだけ楽しかったのもある。
 ある日、ベルビュートはルミナが瞳いっぱいに涙をためて庭園に座りこんでいるのを見つけた。何ごとかと駆け寄り、その小さな背中を撫でてやる。

「私、お姉さまみたいに全然うまくできないの。帰ったらきっと叱られるわ」
「誰がこんな可愛い君を叱るというのだい?」
「……それは……」

 言いよどむルミナに対して、ベルビュートは手を貸してやりたい一心で根気強く問いかける。
 その熱心さに折れたルミナは、実は……と恐ろしい事実を口にした。

「ロロナが君を?」

 ルミナは後妻の娘だからと、ロロナにずっといじめられているというのだ。
 両親の前ではベルビュートの前と変わらずせいれんていしゅくな娘を演じているが、ひとたび二人きりになればルミナの出自をあざけり、なじり、不出来な妹だと見下して叱り飛ばすのだという。むちで打たれたこともあると言って見せられた真っ白な脚には、その言葉通り真っ赤な筋がくっきりと残っていた。
 その魅惑的なコントラストに激しく動揺しつつも、最初はルミナの言っていることが信じられなかった。
 あのロロナが、異母妹を虐待するなど到底思えない。

「おねがい! 誰にも言わないで!」

 だが怯えをにじませ叫ぶルミナが嘘を言っているとも思えなかった。
 それからもルミナはロロナにされたことをベルビュートにうったえてきた。
 実際、ロロナが廊下でルミナに何かを指摘する現場を見たこともある。
 表情一つ変えず淡々と何かを告げるロロナの前で、ルミナはかわいそうなほどに小さくなり涙をうるませていた。

「やめないか、ロロナ」

 気がついた時には、ベルビュートはルミナをかばっていた。
 その瞬間、ロロナの表情が困惑したようにゆがんだのをベルビュートは見逃さなかった。
 どんな時も冷静なロロナが動揺した。
 もうそれだけで、ルミナの言葉はベルビュートの中で真実になっていた。
 完璧なロロナが、妹をいじめている。
 女神のようだと思っていた女のいびつさを知った喜びがベルビュートの全身を震わせる。
 それからはもう、ルミナを守りいつくしむことがベルビュートの生きがいになっていた。
 ルミナはベルビュートを否定しない。息抜きに興じても、一緒になって楽しんでくれる可愛いルミナ。
 いつしか、どうして自分の婚約者がルミナではないのかと思うようになっていた。
 ベルビュートが十六歳となり王立学園に入学してからも、ふとした瞬間に頭に浮かぶのは婚約者のロロナではなく、いつも自分に優しいルミナの顔だ。
 翌年ロロナが入学してきたことで、ベルビュートの感情はどんどんルミナに傾いていく。
 同学年でないことが救いに思えるほどに、ロロナは優秀な生徒だった。
 常に学年首席を維持し、品行方正。
 周りにも自分にも厳しい姿は、王族であるベルビュート以上に気品にあふれていた。
 さすがは王太子の婚約者だ! と誰かがロロナを褒めそやすたびに、ベルビュートの心にはほのぐらい気持ちがうっせきしていく。
 誰も何も言わないが、周囲はロロナとベルビュートを比べ、平凡な王太子とさげすんでいるのではという疑心暗鬼にとらわれるようになっていた。
 ベルビュートが最上学年になった年、新入生としてルミナが入学してきた。
 誰もが王太子であるベルビュートに一線を引いた態度を取る中で、ルミナだけはいつも態度を変えず明るく接してくれた。
 そばにいるのならば、ロロナのような近寄りがたい女より、体温を感じられるルミナがいい。
 ベルビュートの心は完全に、ルミナに傾いていた。
 そんな矢先、ある二通の密告文がベルビュートのもとに届いた。
 ――伯爵令嬢ロロナ・リュースは、貧民街に出入りし怪しげな商売をしている
 ――リュース家はいまでは禁じられている武器の購入を行い、禁制品にも手を出している
 両方とも、最初はよくあるぼうちゅうしょうかと思っていた。
 だが、実際に調べさせたところそれらはほとんど真実で、ロロナは貴族令嬢が立ち入るべきではないせいの商会に出入りし、驚くべきことに平民の商人とこんになり、商売に手を染めていたのだ。
 いくら時代が変わろうとしているといっても、未婚の貴族令嬢が平民の男と同じ場所で時間を過ごすなどありえない愚行だ。
 リュース家の当主である伯爵がいまだにかつての戦を忘れられず、軍事ごっこをしているというのも耳の痛い話だった。加えて禁制品を買いあさる伯爵夫人の行いが社交界に広まれば、リュース伯爵家がつまはじきにされることは明白。
 何も知らぬままにロロナと結婚していたら、王家は大恥をかいていたことだろう。

(伯爵や夫人の所業はどうにでもできる。むしろ、この秘密をうまく使えばロロナとの婚約破棄に使えるかもしれない)

 リュース伯爵は軍人としては優秀だが、貴族としての駆け引きは苦手だ。
 適当におどせば、軍事ごっこから手を引き婚約破棄の書類にサインをするだろう。
 同時にルミナの母が買い集めている禁制品も手放させればいいだけの話だ。
 まだ大きな噂になっていないのならば、王家の力をもって握りつぶせばいいだけのこと。
 そうひらめいてしまったベルビュートは、もう止まれなかった。
 あの完璧なロロナのプライドを粉々にするため、卒業記念式典の最中に素行の悪さを追及し、婚約破棄を告げればいい。
 もし口答えしてくれば、伯爵と夫人の秘密を匂わせて黙らせれば済む。そうすれば逆らわないはず、だと。
 だが予想に反しロロナは抵抗するどころか、婚約破棄を嫌だとも言わなかった。
 最後まで取り乱さず、美しいままだったロロナ。
 そのロロナがあっけなく死んだ。

「……本当に、事故だったのか?」
「馬が何かをけようとした弾みに車体が横転したのではないかという話でした。御者は衝撃で道に投げ出されたおかげで一命をとりとめたそうなのですが、お姉さまは車体と一緒に……ああ、おいたわしい……」

 泣きじゃくるルミナの言葉をどこか遠くに聞きながら、ベルビュートは胸の奥がざわめくのを感じていた。
 最後にロロナが見せたりんとした表情と、なんの未練も感じさせない背中が鮮明に蘇る。
 あの女神のような美しさを二度と目にすることができないという事実が、心の奥底を震わせた。

「ベルビュートさま……これからどうなるのでしょうか」

 震える声に、ベルビュートは慌てて思考を止めて腕の中のルミナを見つめた。
 初めて会った時から変わらず可愛らしいルミナ。
 だが、その輝きがなぜか突然おとろえたように思えてしまう。

「……しばらくはに服さねばならぬことだけは事実だ。まだ調べるべきことや手続きも多い。しばらくは会うのをひかえたほうがいいだろう」
「そんな」
「しかたないであろう?」

 不満そうなルミナの表情に、ベルビュートは初めていらちを感じた。
 いくら婚約破棄を宣言したとはいえ、まだ書類上の婚約者はロロナのまま。
 ルミナと婚約を結ぶにしても、伯爵や伯爵夫人の問題を片づけてからでなければ先に進めない。
 そんなこともわからないのか、と。

「とにかく、護衛をつけるから日が暮れる前に伯爵家に帰るんだ。明日にでも使いをやる。伯爵たちとも話をしなければならない」

 ルミナはベルビュートの言葉にしぶしぶといった様子でうなずき、ようやく部屋を出ていく。
 その背中を見送りながら、ベルビュートは言い知れぬ不安に襲われていた。
 ロロナの死によって問題から解放され、明るい未来へ歩めるはずなのに、泥沼に片足を突っこんだような不快さが消えない。

「大丈夫。なんの問題もないはずだ」

 己に言い聞かせるように呟いて、ベルビュートはきつく目を閉じた。


    異母妹ルミナ 二


「ベルビュートさまったら冷たいんだから!」

 なかば追い返されるように強引に馬車に乗せられたルミナは、先ほどまで一緒にいたベルビュートの態度を思い出し、頬をふくらませた。
 せっかく邪魔者だったロロナがうまく片づいてくれたのに、どうして素直に喜んでくれないのか。人目があるとはいえ、あんな追い出し方をされるとは思ってもいなかった。

「ようやく私の番が来たのよ……絶対に幸せになるんだから」

 親指の爪に歯を立てながら、ルミナは遠ざかっていく王城を車窓から見つめる。
 ルミナが物心ついた時には、ロロナは王太子妃教育のため毎日のように王城に通っていた。
 それがうらやましくてたまらなかった。
 綺麗なドレスを着て豪華な馬車に乗ってお城に行く。絵本に出てくるお姫様そのもののロロナ。
 どうして自分は連れていってもらえないのかとをこねたのは一度や二度ではない。
 ある日、いつもならばロロナを迎えに来るだけのはずの馬車から、一人の男の子が降りてきた。
 燃えるような赤い髪に綺麗な緑色の瞳。自信と優しさに満ちた笑顔と、背中をまっすぐに伸ばして歩く姿は光り輝いて見えた。

「王子さまみたい……!」

 一目惚れだった。その姿をずっと見ていたくてたまらなかった。
 こっそり男の子を追いかけると、その子はあろうことかロロナの手を取りその甲に口づけたのだ。

「……!!」

 ルミナはようやく、その男の子こそがロロナの婚約者であるベルビュートだと理解した。
 ベルビュートはロロナを迎えに来たらしく、しきりに何か話しかけている。優しく笑ってロロナを褒めているのかもしれない。それなのにロロナはいつもと変わらず無表情なまま。ベルビュートはそんなロロナの態度に困ったように首をかしげていた。

「ルミナなら、あんな顔させないのに!」

 あんな素敵な人の前でどうして微笑まないのか、ルミナにはわからなかった。自分ならもっとうまくやれるのに。
 いらちを感じながら、ルミナはロロナとベルビュートの姿を遠くからずっと見つめ続けていた。

「どうして、どうしてなのお母さま!」

 その夜、ルミナは泣きじゃくりながらベルベラッサにうったえた。どうして自分がベルビュートの婚約者ではないのかと。

「かわいそうなルミナ……!」

 ベルベラッサも自分の娘が選ばれなかったことが悔しかったのだろう、美しい顔に怒りをにじませながら、二人の婚約にまつわる話をしてくれた。
 戦が終わり、王家からリュース伯爵家にベルビュートとの婚約の打診が来た時、まだルミナは赤ん坊だった。
 この国では三歳になり教会で洗礼を受けなければ、貴族としての籍を持つことができない。子どもはとても死にやすいからだ。当時まだ貴族籍がなかったルミナに、王太子の婚約者として契約を結ぶ権利はなかった。

「そんな理由で? おかしいわ、お姉さまはこの家をぐのに」
「まったくだわ。でも安心しなさい。あの子が王家へお嫁に行くのなら、きっとこの家の相続権はお前に譲るはずよ。いくら冷血なロロナとはいえ、妹であるお前のことは可愛いはず」
「…………」

 正直に言えば、リュース伯爵家の相続なんてルミナにはどうでもよかった。
 ルミナが欲しいのはベルビュートだ。あの人が欲しい。あの人と結婚したい。
 悔しくて悔しくてたまらなかった。
 そのうちに、ロロナが相続権すらルミナに渡す気がないと知らされた時の絶望は言い知れないものだった。
 だからルミナは行動を起こすことにした。
 ロロナのデビュタントに無理やり同行し、ベルビュートに挨拶をしたのだ。
 誰よりもロロナのそばにいたルミナにはわかっていた。ロロナはベルビュートを愛してはいない。ベルビュートもまた、冷たいロロナの心を測りかねて義務以上の感情を抱けないままでいるということを。
 だから、ベルビュートの心を自分に向けるのは簡単だった。好きだという想いを隠さずに声や笑みに含ませるだけでいい。ロロナとは真逆に無邪気に笑って怒って、王太子という立場など関係なく一人の人間として彼が必要だと全身でうったえた。
 ロロナにいじめられているという偽りの告白をするために、自らの足をむちで打った日もあった。
 ベルビュートの視線が、ロロナではなくルミナに真っ先に向くようになったと気がついた時の歓喜をなんと表現したらいいだろう。
 愛してほしい人が自分を選んでくれた。それがどれほど嬉しかったかなんてきっと誰にも理解できない。
 母は甘やかしてくれるが、ルミナの教育は金で雇った乳母や家庭教師に丸投げだった。
 父は最低限の挨拶をするくらいで、可愛がってもらった記憶はあまりない。
 姉は勉強が忙しくてめったに遊んでくれない。
 広い屋敷でルミナはいつも一人だった。自分だけを見てくれる唯一の人が欲しかった。

「お姉さまには悪いけど、全部もらうわ」

 ベルビュートも、伯爵家も、両親も、これからは全部ルミナのものだ。
 うっとりと目を閉じたルミナだったが、馬車が大きく揺れたことではっと瞳を見開いた。

「ちょっと、何よ!?」

 声を上げれば、馬を操っている御者が焦った声で謝罪の言葉を叫ぶ。

「申し訳ありませんお嬢様! 犬が道を横切りまして……」
「もう! 気をつけなさい!」

 お姉さまの二の舞いなんてごめんだわ、という言葉を呑みこみ、ルミナは唇に歯を立てる。
 横倒しになった馬車の中、割れた窓ガラスや木片に顔をつぶされて絶命したというロロナ。
 顔以外が無傷なことが皮肉に思えるほどの、むごい死に様だったという。
 馬車を引いていた御者は投げ出された衝撃で意識を失っており、事故の原因は謎のまま。どうしてロロナの馬車があんな郊外の街道を走っていたのかもわかっていない。理由がわからないのは不安だが、たとえ真実を暴いてもロロナは帰ってこないのだから無意味だ。
 窓から見あげたうすあかね色の空には白い月が浮かんでいた。
 淡く輝くその姿にロロナが重なり、ルミナは急いで目を閉じる。
 嬉しいはずなのに、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような気分だった。
 ロロナの遺体は状態がひどいこともあり、まだ教会に安置されている。いずれは迎えに行かなければならないだろうが、それを考えるのは自分の役目ではないとルミナは首を振る。

「お姉さまは死んだ……死んだのよ……それでいいじゃない」

 本当に姉は死んだのだろうか。疑問が一瞬だけ浮かぶ。
 遺体を確認すべきだと感情がうったえるが、そんなことをする必要はないと理性が叫んだ。
 これから幸せになるのだ。ロロナのことは忘れよう。姉の分まで幸せになればいい。
 そうルミナは自分に言い聞かせ続けた。


    リュース伯爵 二


「ロロナ……ああ、ロロナ」

 突然知らされた可愛い娘の死。
 打ちひしがれる伯爵の姿に、周囲の者たちもつられて涙ぐんでいた。
 屋外だというのにその場にうずくまって泣きはじめた伯爵を部下たちは必死になぐさめ、ロロナの死をあわれむ言葉をかけていく。
 そのたびに、伯爵は自分の心にあった大きな穴が埋められていく喜びを感じていた。
 ロロナを失った喪失感は確かに大きい。美しく可愛く完璧な娘。
 小さな頃から、困らされたことは一度もない。どこに連れ歩いても、周りはロロナを称賛する。
 そしてそんなロロナの父である伯爵も「素晴らしい父親だ」と褒められたものだ。
 ロロナは伯爵にとって自慢だった。
 王太子妃教育をそつなくこなし、自分が不在でも屋敷を管理してくれる。
 後妻に迎えたベルベラッサのように口うるさく金を要求することもない、できた娘だった。

「伯爵、なんとおやみを申したらいいか」

 一人の青年が、沈痛な面持ちで伯爵に近寄ってきた。

「君は……」

 伯爵の別邸は、かつての戦経験者や腕に自信がある者、騎士を目指す者たちの集会所のような場所になっていた。
 大々的な軍事訓練が公的に不要になったため、思う存分戦えない者たちの受け入れ口として機能している。
 ただ、役割や仕事があるわけではないので、やっていることは我流の訓練や空想の作戦会議ばかりだ。
 伯爵は、自分と同様に行き場をなくした戦の亡霊の受け皿をしていた。価値ある場所だと。
 最近では、戦を知らない世代であるはずの若者が加わることもあった。
 彼らは伯爵たちの栄光に心酔し、同じように戦いたいという熱い意志をうったえて集まってくる。
 彼らの意志を伯爵は快く受け入れ、ここを居場所にするようにいていたのだ。
 この青年も、たしかそんな若者の一人だったはずだと伯爵はぼんやりその顔を見つめる。
 年若いのにやけに腕が立つ青年だったので、すぐに名前を思い出すことができた。

「たしか……カイゼルだったな」

 カイゼルは騎士になりたいと言って数ヶ月前にふらりとやってきた青年だ。真面目に訓練に参加しており、迷いのない剣さばきには、時代さえ合っていればと惜しく思った記憶が浮かびあがる。

「ロロナ様は素晴らしい令嬢でした。まさか、お亡くなりになるなんて」
「君はロロナと面識があるのかね」
「ええ。一度だけ、夜会でご挨拶をいたしました。伯爵の門下であることをお伝えしたら、私のような者にもずいぶんと親切にしてくださって」
「そうか……」

 貴族だったのかと意外に思いながら、伯爵はカイゼルの顔をじっと見つめた。
 整っているが目立った特徴がなく、特に掴みどころのない顔立ち。彼の持つ雰囲気は、どうも王国貴族らしくない気がしたのだ。
 腕前から察するに、ここへ来る前から何かしらの訓練をしていたのは間違いない。
 平和な時代に生まれた年若い貴族令息に、そんな訓練を施す家があったことも意外だった。軍事に秀でた家門だろうかと考えてみたが、社交界にうとい伯爵はカイゼルの生家に思い至れない。

「お屋敷に戻られるのであればお供しますよ」
「屋敷に、戻る?」

 なぜそのようなことを言うのだと伯爵はカイゼルの顔を見つめた。するとカイゼルは意外そうに目を丸くする。

「ロロナ様のとむらいの準備があるのでは?」
とむらいだと?」

 伯爵はいらちが湧き起こるのを感じた。
 カイゼルの顔をにらみつけ、なんとしつけなと叫ぶのを必死でこらえる。

(娘を失ったばかりの俺に、わずらわしい葬式の手配をしろというのか)

 先の妻が死んだ時は状況が状況だったことや戦の最中だったこともあり、とむらいのたぐいは親族や使用人たちがすべて済ませてくれたような記憶がある。伯爵はただなげき悲しんでいるだけだった。
 だが、いまはもはや戦時下ではない。
 自身が伯爵家の長であり、すべての責任を背負っていることに伯爵はようやく気がついてしまった。
 どっと汗が噴き出る。とても嫌な気分だった。
 これからやらなければならないそうの手配にはじまる、山のような雑務。
 考えれば考えるほどに面倒なそれらが、さっきまでひたっていた甘美な悲しみをかき消していく。

「そうだな……」

 ここで取り乱すわけにはいかない。伯爵はのろのろと立ちあがった。
 屋敷に戻り、ベルベラッサと話さなければならないだろう。口うるさい妻と話すのはひどくおっくうだった。

「どうして死んでしまったんだ」

 こんなことなら、王太子妃になってから死んでくれればよかったのに。
 そうすればすべての手続きはすべて王家の仕事になっていただろうし、王太子妃になった娘を亡くしたと、もっとたくさんの人々からあわれんでもらえたはずだったのに。


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