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藍祐介と神野樹

初めての感情

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僕は、藍君に何もかもを救われた。



『孤独』も、『いじめ』も、『僕の心』も。



それでも……藍君は、藍君は僕のせいで積み上げてきたものが崩れてしまった。



彼を見る周りの視線は、明らかに今までと違う視線だ。




「……」




それを気にしない様子で、藍君は授業に取り組んでいる。



僕は……お礼も言えずに、そのままでいる。これは、僕のせいなのに。




―――――――――――



昼休みになると、藍君はご飯を食べて本を読んでいる。



その間も、藍君は度々さっきの事で遠目から注目されていたようだ。


藍君も、それを感じとっていて。


いつも誰かと喋りに行ったりするのに、今日はひたすら本を読んでいるようだ。



……いくら心で謝っても、彼には絶対に伝わらない。


分かっていても言えない僕は、藍君に心の中で謝罪と感謝を言っていた。



そんな時。



「藍君、だよね。本当に本好きなんだ!」



唐突に現れた彼女は――二ノ宮さんだった。




――二ノ宮雫さん。僕と違って美人で、凄く元気で明るいんだ。




彼女の事がその、好きな男の子は一杯いると思う。噂とかよく聞こえてくるし……



「……えっと、二ノ宮さん……だよね?」


ちょっと驚いた顔でそう言う藍君。


「うん、私の事知ってたかな?よかったー!その、実は図書室で藍君がよく本借りてるとこ見ててさ!」


嬉しそうにそう言う二ノ宮さん。



「ああ!俺もよく二ノ宮さんを見て、話したいと思ってたんだ。二ノ宮さんは本好きなのか?」



嬉しそうな、藍君。



「うん、それで――」






そのまま、会話は続いていく。






僕は、嬉しい。


藍君は全然怖い人じゃなくて、優しいって事を知ってるのが僕だけじゃなくて、良かった。


藍君に話かけて来る人がいて、良かった。


僕のせいで、友達が居なくなるなんて事が無くて……本当に、良かった。







でも。






この、心のもやもやは何だろう?


藍君が二ノ宮さんと楽しそうに話してるのは、凄く良い事のはずなのに。





……僕は。




藍君は、僕のものじゃないのに。




藍君が僕から離れていってしまうんじゃないかって、不安になっちゃって、止まらなくて。




胸が、苦しい。




「授業はじめるよ!」




号令で思考が覚める。






一体僕は、どうしてしまったんだろう?



この、今僕から溢れる感情は……何の感情なんだろう。



―――――――――――――



授業は進み、もう放課後だった。


いじめはもう全くされなくて、凄く平和で……藍君のおかげ。



……でも、あの感情が僕を迷わせて、とても授業には集中できなかった。



そのまま帰り支度をして、僕は教室から出る。


離れ際に藍君と二ノ宮さんの会話が聞こえて、また胸が苦しくなってしまった。



ため息一つ、二つをして、帰り道を行きながら、考える。




……僕が、もし喋れたら、二ノ宮さんの立ち位置は、僕だったんだろうか。




うーん、なんか虚しくなってきた――




「――っ!」




また悪い癖が出始めた時、ふいに肩を叩かれた。


怖れ怖れ、後ろを振り返ると……



「……驚かせたか?ごめん」



申し訳なさそうな顔をする藍君が、後ろにいた。



これまで以上に跳ね上がる心拍数と共に、疑問が立ち上がる。



なんで、僕の帰り道に?方向逆だったと思うんだけど……



そのまま藍君は僕の隣に並んで口を開く。



「神野って、帰り道俺と方向同じだったんだな。一緒に帰っていいか?」



そう言う藍君。



その嘘は、これまで付かれた嘘のどれよりも優しくて、嬉しくて。



今まで悩んでいたことは吹き飛んで、僕は。



「……」



初めて、藍君に……頷いた。



「いいのか、ありがとう!一緒に帰る友達が欲しかったんだ」



僕の初めての反応を見てから、藍君は嬉しそうに笑い答える。



藍君の笑顔が、眩しくて俯く。




『一緒に帰る』、『友達』、どれもが僕の初めて受ける言葉。



その言葉を聞ける相手が、藍君でいっそう嬉しくて。



これまでに無い幸福感が溢れてくる。




……僕、こんな幸せでいいのかな。




―――――――――――――



これまでで一番、帰り道の時間が短く感じた。



藍君と帰る時間が終わってしまうのが近付く度に、切なくなる。




「ここか、結構近かったんだな」



あっという間に着いてしまい、僕は足を止め藍君へ向く。



今、今『ありがとう』って言わないと……



「……っ、……ぅ……あ――」



「――じゃ、また明日な。『樹』」



僕が声を発するのと、藍君が発するのは同時だった。



……今、僕のこと……名前で呼んだ、よね?



嬉しくて、恥ずかしくて、照れちゃうような、そんな感覚が僕を包んでいく。



「はは、俺名字で呼ぶのはちょっと苦手でさ。いいか?」



顔が赤くなっているのを隠しながら、僕は頷く。



「やった!それじゃ樹 、もしまた……何かあったら俺に言ってくれ」



そう言って、手を振る藍君。



僕が家に入って扉を閉めるまで、見守ってくれたようで。




僕は自分の部屋に戻っても、まださっきまでの事をぼーっと考えている。




……もっと藍君と居たい、もっとお話したい、もっと僕に構って欲しい。




ふと、そんな事を考えてしまった。



自分で自分が恥ずかしくなり、顔を赤くする。




……まだ、藍君いるかな?


誰かに見られているわけでもないのに、僕は隠れるように窓を見る。


「……ありが、とう」



窓から、今までの道を逆走する藍君を見ていると自然に僕の口は動いていたようで。



はは、さっき言えてたら良かったのに。




……僕は、今までの僕を、整理していく。



二ノ宮さんと藍君が喋っている時の感情や、僕と藍君が居る時の感情。



その感情達は、僕の初めての感情だった。



思えばずっと前からその感情は有って、今までにずっと大きくなっていたのかもしれない。




僕は、凄く、凄く今更だけど……やっと、気付いたよ。








僕は、藍君が――大好き。
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