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一つ目。
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学生の時にこうしておけばよかったなぁと思うことは誰しも多くあると思います。
例えば勉強をもっとしておけばよかったとか、スポーツを頑張っておけばよかったとか、女遊びを沢山して、もっと冷静に大人になっていい恋愛をしておけば良かったとか。もしかしたら一切そんなことを考えなかった人もいるかもしれませんが、僕はそれら全てを後悔した。
僕はいじめられていたから満足に発言も出来なかったし、家に帰っても家族とは不仲だったから信頼出来る家族もいませんでした。僕は4人家族で母一人、男兄弟三人の次男として生まれました。兄貴には虐待で鉄パイプで殴られることが多かったし、弟には呼び捨てで呼ばれる始末。
後悔したって戻ってくるはずもないのに何気なく考えてしまいますよね。かと言って先生に恵まれなかったとか友達が一人もいなかったわけじゃないですけど。笑
先生は僕のためにとっても良くしてくれました。親友も出来ました。みんなみんな大好きな人達です。あの時は子供で自分のことしか見えていなかったけど、母の愛にも築ける瞬間があって。僕は幸運なことに白血病になり、それによって兄弟達も僕のことを心配してくれました。辛かったけど嬉しい。特に兄貴から心配されたのが嬉しかった。一度も見舞いに来たことは無かったけど、それでも愛を感じました。弟も心配してくれた。弟はよく僕の膝の上で病室に持ってきたテレビゲームで遊んでいました。今はその弟も高校生ですが、それも彼なりのコミュニケーションだったのだと思っています。
東京に出る時、母親から手紙を貰いました。これは僕だけの宝物なので公開することはしませんが、母から貰った言葉の中で一番嬉しかった言葉を一つだけ聞いてください。
「帰る場所はあります。」
この言葉に救われました。何度も何度も救われました。初めての一人暮らし。ホームシック。そんな中、布団も家具も何も無い、まっさらなワンルームでこの手紙を読みました。冷たい床でお尻が冷えても気にも止めず。あったかい気持ちで、あったかい涙をたくさん流しました。
東京で過ごして、今でもまだまだ母親に救われっぱなしのクソガキです。それでもこんなにも愛してくれる人がいる。こんなに嬉しくて、暖かくて、心強い愛があるでしょうか。
さて、これまで書いてきて自分の子供っぽさに顔が赤くなりますが、そんな僕がなにか語れる訳でもないのに、僕がもし先生としてクラスを持って、生徒達に何かを教えたいと思ったら何をしたいか。それを考えてみたのでよろしければ聞いてください。
まず、担任になったその日に、クラスメイトは家族だと思いなさい。と伝えよう。これからを共に生きる者として辛いことも楽しいことも嬉しいことも悲しいことも。みんなみんな共有する。今はスクールカーストなんて言葉もあって、イジメや差別が明確化している。それなのに先生は気付かない。こんなこと馬鹿げていると思いませんか?その中には暴力だってあるでしょう。もしかしたら暴力がメインかもしれません。
しかし社会に出てみるとどうでしょうか。仲のいい友達ならどうでしょうか。その人達に対して理不尽に暴力を振るうのでしょうか。仲良くしろとは言いません。かといって友達を作るなとも言いません。でも誰かを下に見て生きているだけで、それだけで人と人とは差別し合う。そんな気がします。実際、上だと思っている人をイジメたりしないでしょう。どちらかが上でどちらかが下。それが「イジメ」の現状です。でもなぜ同年代、同期、そして同じ位置にいる人間に、上下を決めるのか。
勉強ができる、スポーツが得意、人と話すのが得意、友達を作るのが得意、なんとなく過ごしていて心地よくなる、など、いろんな得意な分野の人がいるでしょう。それじゃあそれらすべてが苦手な人は一体どうなるのか?
得意な人たちがいる反面、苦手な人たちも当たり前のようにいて、それが出来ないから下になって、でもそれは違うと思います。苦手でもいい。出来なくてもいい。出来ないことも含めてその人なんだと思えれば。それだけで心は救われると思います。
今まで書いてきたことだけを見ると、ただ甘いだけだと言われると思います。もちろんその通り。努力してもできない人がいる。それは当然ですが、努力することをやめるのはもっといけないこと。もしそれがイジメのきっかけになっているんだとしたら、なおさら努力しないといけない。いじめられる側にも問題があるという人がいますが、それを感じる多くの人はこれを感じているんでしょう。そして僕はそれを否定するつもりはありません。実際僕も努力することから逃げてきました。
しかし思い出してください。最初に後悔したという話をしましたが、後悔していることの多くは努力しなかったことにあると思います。これは当然のことなのに、気付いていない人が多い。学生の頃にスクールカーストの上にいた人間も、下にいた人間も、同じように後悔する。いじめた経験がある人はある日気付くと思います。あぁあの時は人に対して優しくなかった。自分の子供がもしいじめられたら自分はどれだけ腹立たしいだろう。
いじめを受けた経験がある人はある日気付くと思います。あぁあの時はいじめを理由に努力をしなかった。あの時の自分に誇れるものを作れていればどれだけ幸せだっただろう。
これら全ては後悔です。この後悔があって人は強くなると現代の大人達は主張するだろう。でもなんとなくいじめはいけない。それだけの理由でいじめを否定する大人達。こんな大人達の言葉で次の世代たちが傷付く。しかし社会に出ればもっと大きな辛いことが沢山あると大人達は分かっているから、頑張れ頑張れと。
僕は努力しない人間も頭から否定する人間も間違っていると思います。
最初の家族だと思いなさいと言っていたところまで戻りますが、具体的な事を聞いてください。
まず僕はクラスで喧嘩しているところを見つけたら殴っている子には、殴られた子に、同じ回数分全力で殴られろと言います。その後にクラス(家族)全員でその事を共有します。その後、喧嘩した相手同士で順番に言いたいことや思ったことを言いたいだけ言わせます。そしてこの時、何も言われても反論はさせません。どれだけムカつくとか、死ねとか、殺すぞとか、嫌いとか言われても反論はお互いにさせません。これがどれだけ弱気で控えめな子であっても言わせます。何気なく死ねとかなら流石に先生が怒ります。
その後なぜお互いにそう感じたのかをお互いに話させます。結局は相手のことが気に食わなくて起こったことです。つまりどっちにも非がある喧嘩とはそういうものだと思います。中には無理矢理こじつけている事もあるでしょう。一般常識としておかしいこともあるでしょう。でも私はそういった主張もその子の大事なな体の一部なのかなぁと思っています。もしも間違っているなら先生が同じ目線に立って、道をサポートする。この時にまた上から目線になる大人が多い。これが次にまた同じことが起こる原因だと思います。
お互いの感じたことを話し合ったあとは、それをお互いに受け入れさせます。そして、お互いに認め合います。どちらか一方が悪いという状況にはしないこと。これも大切だと思います。
これまで色々と話してきましたが、最終的に僕が言いたいこと。それはきっと当たり前のことです。でも皆が案外分かっていないことです。
それは相手を認めて、それでも自分の意見を主張する。そしてそこに愛を込めること。一見臭い言葉かも知れませんが、これが出来ないから人との争いが終わらない。その最終の形が皆さんの知っている「戦争」です。これも当たり前のことですね。
しかし実際、相手のことを認めあわないから現在も戦争は終わらないし、宗教、経済、環境、人種、色々な面で見ても助け合うことをしないから。僕達は同じ元で生まれた同じ生物であること。それを自覚できる人間という種族なのに、誰も受け入れ合おうとしない。こんなにも簡単なことが出来ない。今書いてきたことに対しても、賛否両論あるでしょう。
しかし忘れないでください。僕達は地球出身者です。その事だけは絶対に変わりませんし、それは受け入れているはずです。僕が敬愛してやまないマイケル・ジャクソンはそれを世界に主張してきました。僕も同じ思いです。僕のような子供も彼の愛は、今も確かにそこにあると信じています。
だからこれを全て読んでくれたあなた。今日この日から、全ての出来事、人、物を受け入れてみてください。
きっと世界は変わるはずです。
例えば勉強をもっとしておけばよかったとか、スポーツを頑張っておけばよかったとか、女遊びを沢山して、もっと冷静に大人になっていい恋愛をしておけば良かったとか。もしかしたら一切そんなことを考えなかった人もいるかもしれませんが、僕はそれら全てを後悔した。
僕はいじめられていたから満足に発言も出来なかったし、家に帰っても家族とは不仲だったから信頼出来る家族もいませんでした。僕は4人家族で母一人、男兄弟三人の次男として生まれました。兄貴には虐待で鉄パイプで殴られることが多かったし、弟には呼び捨てで呼ばれる始末。
後悔したって戻ってくるはずもないのに何気なく考えてしまいますよね。かと言って先生に恵まれなかったとか友達が一人もいなかったわけじゃないですけど。笑
先生は僕のためにとっても良くしてくれました。親友も出来ました。みんなみんな大好きな人達です。あの時は子供で自分のことしか見えていなかったけど、母の愛にも築ける瞬間があって。僕は幸運なことに白血病になり、それによって兄弟達も僕のことを心配してくれました。辛かったけど嬉しい。特に兄貴から心配されたのが嬉しかった。一度も見舞いに来たことは無かったけど、それでも愛を感じました。弟も心配してくれた。弟はよく僕の膝の上で病室に持ってきたテレビゲームで遊んでいました。今はその弟も高校生ですが、それも彼なりのコミュニケーションだったのだと思っています。
東京に出る時、母親から手紙を貰いました。これは僕だけの宝物なので公開することはしませんが、母から貰った言葉の中で一番嬉しかった言葉を一つだけ聞いてください。
「帰る場所はあります。」
この言葉に救われました。何度も何度も救われました。初めての一人暮らし。ホームシック。そんな中、布団も家具も何も無い、まっさらなワンルームでこの手紙を読みました。冷たい床でお尻が冷えても気にも止めず。あったかい気持ちで、あったかい涙をたくさん流しました。
東京で過ごして、今でもまだまだ母親に救われっぱなしのクソガキです。それでもこんなにも愛してくれる人がいる。こんなに嬉しくて、暖かくて、心強い愛があるでしょうか。
さて、これまで書いてきて自分の子供っぽさに顔が赤くなりますが、そんな僕がなにか語れる訳でもないのに、僕がもし先生としてクラスを持って、生徒達に何かを教えたいと思ったら何をしたいか。それを考えてみたのでよろしければ聞いてください。
まず、担任になったその日に、クラスメイトは家族だと思いなさい。と伝えよう。これからを共に生きる者として辛いことも楽しいことも嬉しいことも悲しいことも。みんなみんな共有する。今はスクールカーストなんて言葉もあって、イジメや差別が明確化している。それなのに先生は気付かない。こんなこと馬鹿げていると思いませんか?その中には暴力だってあるでしょう。もしかしたら暴力がメインかもしれません。
しかし社会に出てみるとどうでしょうか。仲のいい友達ならどうでしょうか。その人達に対して理不尽に暴力を振るうのでしょうか。仲良くしろとは言いません。かといって友達を作るなとも言いません。でも誰かを下に見て生きているだけで、それだけで人と人とは差別し合う。そんな気がします。実際、上だと思っている人をイジメたりしないでしょう。どちらかが上でどちらかが下。それが「イジメ」の現状です。でもなぜ同年代、同期、そして同じ位置にいる人間に、上下を決めるのか。
勉強ができる、スポーツが得意、人と話すのが得意、友達を作るのが得意、なんとなく過ごしていて心地よくなる、など、いろんな得意な分野の人がいるでしょう。それじゃあそれらすべてが苦手な人は一体どうなるのか?
得意な人たちがいる反面、苦手な人たちも当たり前のようにいて、それが出来ないから下になって、でもそれは違うと思います。苦手でもいい。出来なくてもいい。出来ないことも含めてその人なんだと思えれば。それだけで心は救われると思います。
今まで書いてきたことだけを見ると、ただ甘いだけだと言われると思います。もちろんその通り。努力してもできない人がいる。それは当然ですが、努力することをやめるのはもっといけないこと。もしそれがイジメのきっかけになっているんだとしたら、なおさら努力しないといけない。いじめられる側にも問題があるという人がいますが、それを感じる多くの人はこれを感じているんでしょう。そして僕はそれを否定するつもりはありません。実際僕も努力することから逃げてきました。
しかし思い出してください。最初に後悔したという話をしましたが、後悔していることの多くは努力しなかったことにあると思います。これは当然のことなのに、気付いていない人が多い。学生の頃にスクールカーストの上にいた人間も、下にいた人間も、同じように後悔する。いじめた経験がある人はある日気付くと思います。あぁあの時は人に対して優しくなかった。自分の子供がもしいじめられたら自分はどれだけ腹立たしいだろう。
いじめを受けた経験がある人はある日気付くと思います。あぁあの時はいじめを理由に努力をしなかった。あの時の自分に誇れるものを作れていればどれだけ幸せだっただろう。
これら全ては後悔です。この後悔があって人は強くなると現代の大人達は主張するだろう。でもなんとなくいじめはいけない。それだけの理由でいじめを否定する大人達。こんな大人達の言葉で次の世代たちが傷付く。しかし社会に出ればもっと大きな辛いことが沢山あると大人達は分かっているから、頑張れ頑張れと。
僕は努力しない人間も頭から否定する人間も間違っていると思います。
最初の家族だと思いなさいと言っていたところまで戻りますが、具体的な事を聞いてください。
まず僕はクラスで喧嘩しているところを見つけたら殴っている子には、殴られた子に、同じ回数分全力で殴られろと言います。その後にクラス(家族)全員でその事を共有します。その後、喧嘩した相手同士で順番に言いたいことや思ったことを言いたいだけ言わせます。そしてこの時、何も言われても反論はさせません。どれだけムカつくとか、死ねとか、殺すぞとか、嫌いとか言われても反論はお互いにさせません。これがどれだけ弱気で控えめな子であっても言わせます。何気なく死ねとかなら流石に先生が怒ります。
その後なぜお互いにそう感じたのかをお互いに話させます。結局は相手のことが気に食わなくて起こったことです。つまりどっちにも非がある喧嘩とはそういうものだと思います。中には無理矢理こじつけている事もあるでしょう。一般常識としておかしいこともあるでしょう。でも私はそういった主張もその子の大事なな体の一部なのかなぁと思っています。もしも間違っているなら先生が同じ目線に立って、道をサポートする。この時にまた上から目線になる大人が多い。これが次にまた同じことが起こる原因だと思います。
お互いの感じたことを話し合ったあとは、それをお互いに受け入れさせます。そして、お互いに認め合います。どちらか一方が悪いという状況にはしないこと。これも大切だと思います。
これまで色々と話してきましたが、最終的に僕が言いたいこと。それはきっと当たり前のことです。でも皆が案外分かっていないことです。
それは相手を認めて、それでも自分の意見を主張する。そしてそこに愛を込めること。一見臭い言葉かも知れませんが、これが出来ないから人との争いが終わらない。その最終の形が皆さんの知っている「戦争」です。これも当たり前のことですね。
しかし実際、相手のことを認めあわないから現在も戦争は終わらないし、宗教、経済、環境、人種、色々な面で見ても助け合うことをしないから。僕達は同じ元で生まれた同じ生物であること。それを自覚できる人間という種族なのに、誰も受け入れ合おうとしない。こんなにも簡単なことが出来ない。今書いてきたことに対しても、賛否両論あるでしょう。
しかし忘れないでください。僕達は地球出身者です。その事だけは絶対に変わりませんし、それは受け入れているはずです。僕が敬愛してやまないマイケル・ジャクソンはそれを世界に主張してきました。僕も同じ思いです。僕のような子供も彼の愛は、今も確かにそこにあると信じています。
だからこれを全て読んでくれたあなた。今日この日から、全ての出来事、人、物を受け入れてみてください。
きっと世界は変わるはずです。
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