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90.わたくし、怒鳴られましたわ
しおりを挟む一瞬。
耳がおかしくなるほどの静寂に包まれたと思ったら……。
「ぶっ」と小さく吹き出した声が聞こえた。
主上が、御身を屈ませて、笑っておいでだった。
「主上……そんなに笑いますと……」
「いや、なかなか、面倒な東宮を足蹴にするとは、剛胆なことだと、思ってな。さすがに、あの関白の女だ」
目の端に浮かんだ涙を拭ってから、主上は仰せになる。
「息子が、足蹴にされて、なんで、笑ってるのよっ! 大体、高紀子っ! アンタも、良くも蹴ってくれたわね! しかも、この姿、バッチリ見られたじゃない!」
「そういう格好をしているそなたが悪い。高紀子に非はあるまい。……第一、なにゆえ、そなたは命を狙われていることを余にひた隠しにする」
ぎろっと、香散見さんがわたくしを睨む。当然、私以外に、真相を話す者は居ないのですものね。
あとで、香散見さんから、とんと、お説教されそうだわ。
「だってぇ……かっこわるいでしょ? 親戚に命狙われてるって、バカじゃないのって思うわよ! ちゃんと、家族付き合いしなさいって!」
「そなたは、バカか。今まで、どれだけ親戚で殺し合ってきたと思って居る。同母の兄妹でさえ殺し合うのは当たり前だった。……それで、お前が気にかけているのは、二の宮か」
「高紀子っ!」
「……高紀子から聞くまでもない。何の為に、二の宮を出家させると思っている。アレが狙っているのは、そなたの命だけではないぞ」
「えっ?」
香散見さんにとっては、寝耳に水だったらしい。
「……あれは、余の命も狙っている。それで、今、出家の手はずを整えていたのだが……」
と、ここで問題があったらしい。
「実は、二の宮は、出家する寺のある方角に、重い障りがあるということで、二年の間は、出家できないと言うことになった。コレを占ったのが、陰陽師の惟任家。ところが、秦家が異議を申し立てた。
そして、この二家で、お互いの主張を披露する泥仕合になって、結局、二の宮の出家は延期したままだ」
主上が、ふかぶかと溜息をお付きになる。
「チッ」
香散見さんが舌打ちするのも、仕方がない。そして、顔を上げてから、主上に問うた。
「主上は、どちらの言い分が正しいと思し召しますか」
わたくしは、ちょっと、緊張しましたわよ。主上が、一体、どんなことを思っておいでなのか。
「占いの結果などどうでも良いから、とっとと寺へ行けと思っている」
身も蓋もないことを仰せだった。
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