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101.わたくし、秘書じゃ在りませんわよ
しおりを挟むどうやら、火事で焼けた御所は超特急で改修されたとのことで、秋が来る頃には、作り直した御所への引っ越しがあるとのことだった。
これで心底ホッとしているのは、わたくしの二条関白家。
なぜならば、主上のご滞在中、主上の御身に何かあれば、間違いなく、二条関白家は失脚する。そうなったら、おそらく、わたくしが香散見さんへ嫁ぐのは、立ち消えになるということ。
正直、香散見さんは「あ、そーなんだ!」で終わりにしそうだけれど、わたくしは、そうはいかないわよ。
一応、現在、そういうことは、したわけですしね。ちゃんと、責任は取って頂かないと! という所ですわよ。
とにかく、無事に御所に戻ることにはなるので、一安心だ。
わたくしも、きっと、主上のお側仕えから解放されるはず!
別に気むずかしい方ではないけれど、やっぱり、主上ともなったら気を遣うし、主上命! の父様が、始終顔を出してくるのも鬱陶しいところだったから丁度良い。
主上は、二条関白家に居るときは『非常時』ということで、気軽なお召し物でいることが多い。主上ならば常の御衣装は、引き直衣のようなものが普通だけれど、ここでは、
『仕度も面倒だろうから』
という理由で(理由になっているのか、なっていないのか)直衣をお召しだったりする。(しかも、父様の使っていたものの、お古。父様は歓喜乱舞して、階から落下。全治二ヶ月の重症になった)
「御所は完成したと関白が言っていたよ」
主上は、書類に目を落としながら、不意に仰せになる。わたくしと蔵人(秘書のような側近)の小槻家の某が顔を上げた。
主上が書類を御覧になるときには、裁可を行ったり、資料をお出しする都合もあって、わたくしと蔵人は必ずお供にいる。その他、関白や大臣が混じることもあるけれど、山と積まれた書類は、一日に百件を超えているので、主上は多忙だった。
失礼を承知で申し上げるけれど、わたくし、どう考えても、香散見さんが、こんなことを出来るとは思えない。
主上のお仕事ぶりを近くに拝見するにつけ、その思いが濃くなっていくのだから、これはわたくしが悪いのではなく、香散見さんが悪いのだと思っている。
だって、あの方、わたくしのお部屋で寝転がって、小説読んでるだけですからね!
本当に、涙が出そうです。
「主上……次はこちら書類でございます。播磨守からの陳述書で……」
「陳述書?」
主上が、眉を吊り上げた。書類を出す前に、ざっと内容を確認しなければならないというのもあるので、本当に、一瞬も気が抜けないのよっ!
「はい……昨年の大嵐で、刈り入れ前の米がやられたのだとか。そのことで救済を賜りたいとのことです」
「ふむ……では、これは姫、そなたに任せる」
また、大事なことを……と私は思いましたけれど、口には出せませんわよ。でも、わたくし、こんな重大なことは裁可したくありませんわっ!
致し方なく、書類は『検討中』の箱の中に入れておく。
と、その時、こほこほ、という小さな咳の音が聞こえた。主上は、どうも、空咳が続いておいでのようだった。
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