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03.わたくし、見覚えがありますわ
しおりを挟む楽器の練習は十分にしたので大丈夫。
参内したら、実敦親王と、なんとかお会いできる機会を作って……せめて指先だけにでも、触れてみたいわ。
そんなことばかり考えて居たら、中宮さまに怒られてしまいそうだから、出来るだけ平静を装って。
折角お誘い下さった中宮さまに恥をかかせるようなことがあってはならないわ。
「母様……、参内のお土産は、何を持って行きましょうか」
お招きを頂いたのだから、勿論、手ぶらというわけには行かないので、お土産を持って行く。
中宮さまは、実敦親王のご母堂様でもあるのだから、できれば、趣味が良いって言って頂きたいわ。だから、お土産は、さりげなくて、重々しくなくて、少し物珍しいようなものだと最高なのだけれど。
「まあ、お土産のことを気に掛けるなんてあなたも、気がつくようになりましたね。やはり、結婚を控えた姫は、しっかりするものだわ。母は、安心しましたよ」
母様が相好を崩して、手放しに褒めて下さる。
「中宮さまは、装束の色の取り合わせなどを考えるのがお好きな方だから、丁度、素晴らしい反物があるので、それを持って行って差し上げれば良いでしょう」
わたくしは、中宮さまのお姿を思い出した。確かに、華やかな装束、色とりどりを着こなしていらっしゃって、周りの女房形も皆、花が咲いたように艶やかだった。
「きっと、喜んで下さるわね」
「ええ、喜んで下さるわ」
母様が、断言するので、きっと、素晴らしい反物なのだと思う。準備は、着々と整っている。私は、参内するのが楽しみで、もう、夜も眠れないほどに胸が高鳴っていたけれど……、衣を返して眠ることにした。
衣を返すと、愛しい人の夢を見ることが出来ると言われているから。
結局、衣を返してみても、実敦親王は、わたくしの夢には出て来て下さらなかった。
(残念だわ……)
だけど、待ちに待った参内の日ですもの。やっと、お会いできるのだと思って、気分が落ち着かない。
最後にわたくしが実敦親王のお姿を見たのは、いつだったかしら。それを思い出せないほどの昔だったけれど。
実敦親王と、兄君である東宮殿下が並んでおいでで、東宮殿下は冠に桜の枝を付けていらして、華やかな装いで目を引いていたけれど……。東宮殿下は私や、実敦親王よりも大分、年嵩だし。
私は、派手派手しく着飾った東宮殿下よりも、ひっそりとしていらした実敦親王のほうに引きつけられた。
お二人を比べたら、まるで太陽と月のようで。わたくしは、太陽は眩すぎて、苦手だわ。月のしたで、ゆっくりと語らい逢うような方が良い。
わたくしの住まう二条の邸から、御所までは、牛車で向かう。今日は、わたくしは、参内するのに女房(侍女)の宇佐を連れて、お土産をたんまりと用意した。勿論、非常識にならない程度の量で。
中宮さまは、気に入って下さるかしら。
中宮さまの前で、失敗をしてしまわないかしら……。
わたくしは、そればかりに気を取られていて、御所に入ってから、中宮さまの殿舎である麗景殿へ行くまでの道のりを、良く覚えていなかった。御所に上がるのは初めての事ではないけれど、実敦親王にお会いしたいという、小さな冒険心を秘めての参内は、胸の鼓動が異様に早くなってしまう。
麗景殿は、中宮さまや女御さまがお住まいになる場所で、広々とした殿舎だった。
半蔀は跳ね上げられていて、簀子(高欄の付いた濡れ縁。廊下にあたる)の内側には、廂と呼ばれる間があって、その奥に、やっと御簾が掛かっているお部屋がある。
普通、客と部屋の主は、廂に女房を置いて、部屋の中に主人がいて、客は、簀子にて対応するのが普通だけれど、中宮さまは、格別にわたくしを親しく思って居て下さるご様子で、廂でもなく、わたくしを部屋の中へと通して下さった。
「まあ、良く来てくれたわ。急に召し出してごめんなさいね? ……管絃を催したいと思ったの。丁度、藤の花が美しい季節だから」
そう仰せになる中宮さまの御衣装は、唐衣を省いた簡素な姿で、白の単に五衣が淡い紅梅、紅梅、白、淡い青(緑)、緑と重ねた『菖蒲』の襲で、その上に、鮮やかな黄色の表着を併せた華やかな姿だった。
中宮さまは御年四十四歳。
十五歳で入宮してそのまま寵を得て、あっという間に中宮に登ったという希有な方だ。勿論、実家である二条関白家の後ろ立てというのは凄かったのだろうけれど。
にこりと微笑んでわたくしを迎えて下さるその可愛らしい美貌は、入宮したばかりの乙女のように輝いている。
「お招き下さいまして本当に嬉しいです」
「そう言ってくれるのならば良かったわ」
中宮さまが相好を崩した時、わたくしは、一人の女房に釘付けになった。
四十四歳の中宮さまのお側仕えにしては、少し若い女房で、おそらく、三十手前くらい。中宮さまに似た雰囲気の女房だけれど、どことなく、中宮さまよりも、冷たい感じがする。
紫色の表着の、その女房に、わたくしはなんとなく、見覚えがあった。
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